第12話 深淵でのレベリング

 先手を取ったのは亡霊騎士だった。

 にらみ合いを無用と断じたのか、すぐに俺に走って接近して来る。


 一方俺の方は、それを観察しながらも足を動かさなかった。

 俺が以前学んだ亡霊騎士の剣は、良くも悪くも王道。

 激しく足でかき回すでも、地に根を張ったように動かないでもない、適度に足を踏み変え、立ち位置を変えつつ、その場で戦う事を基本とした王道の戦い方だ。


 故に激しく突っ込んでくる相手に対して俺が取ることが出来るのは、その場での迎撃のみ。

 もちろんこちらからも相手の攻撃に紛れて反撃を返しカウンターを持って敵を仕留める技も存在しているが、それはあくまでカウンターであり、苛烈に攻めたてるようなものではない。


 亡霊騎士の一撃目は、ほぼ下段に構えていた剣を、俺の目の前に到達し体勢を整えると同時に、回転させるようにして右肩の上に上げた剣による斜めの袈裟斬り。

 そしてそれを俺が防御すると同時に、打ち合わせた剣を噛み合わせるのではなく、引きつつ振り下ろすことですぐさま剣を体まで引き寄せ、今度は袈裟斬りのルートをなぞる様に下からの振り上げ。


 これも俺は防御して、お返しとばかりに斬撃を放つが、これは相手に見事に受け止められてしまう。

 そして亡霊騎士はそのままひねる様に俺の剣を弾き、俺に向けて突きを放つ。


「シッ!」


 俺はそれをパターンの1つと予想していたので、剣を引き戻して突きをそらす。

 だが突きがそれたところで亡霊騎士は対して動きを崩すことはなく、俺がカウンター気味に振り下ろしたはずの剣に、亡霊騎士の振り下ろした剣が噛み合って一瞬鍔迫り合いに陥った。

 そして同時に互いを突き放し、1度距離を取る。


 ここまでの動きである程度わかると思うが、この亡霊騎士は基本的に丁寧な立ち回りとか堅実な立ち回りとかではなく、苛烈な攻めをこそその剣の特徴としている。

 亡霊騎士から剣を学ぼうと決めたときの俺には、『まずは基礎から』という考えがあったのでこの個体以外の亡霊騎士を見て剣を学んだのだ。


 だが、そうやって王道の剣ばかりを学んだ結果、俺の戦い方はモンスター相手だと少しばかり受け身なものになってしまっている。

 自ら仕留めに行くのではなく相手が動いてからのカウンターで仕留める。

 これは上の層で一般人ボディで鍛錬をしているときもそうだが、俺は基本的に自分から攻め込む、苛烈に攻撃をする、というのが苦手なのだ。

 堅実と言えば堅実だが、消極的だと言われればまさにそうだとしか言いようが無いのが、今の俺の剣術だ。


 より具体的に言うならば、自ら攻め込んで仕留めるまでの洗練された動きという引き出しが、今の俺の中にはない。


 もちろん相手が先刻のゴブリンソルジャーやナイトぐらいであれば自分から攻撃して仕留めきることは難しくない。

 それはレベルの差による身体能力もろもろの差でもあるし、あれぐらいの戦闘技術ならば俺の攻撃でも仕留めることが出来るからだ。


 しかし、今この深淵第7層の敵を前にして分かる通り、このレベルの相手になると、俺は受けにおいて凌ぎ耐える能力には長けているが、攻めにおいて決めきるための剣術を、技を持っていない。


 これまではそれでも良かった。

 大抵のモンスターはこっちを見つければ攻撃してくるし、その攻撃の際に相手から接近してきたり大きな隙を晒したりしてくるので、そこをついたり、あるいは敵の攻撃を紙一重で交わして反撃したりと、敵を仕留めることはカウンター主体の戦い方でも難なく出来た。


 だが、今俺が行き詰まっている階層では、それで突破することが不可能だった。

 俺が自ら動き、能動的にモンスターを殺せなければ突破することが困難な場所なのだ。


 そのための動きを俺は身につける必要がある。

 だから、今再びこの亡霊騎士たちを剣の師として活用し、俺自身のレベリングとともに技術の向上も図ろうとやってきたわけであるが。


「良く考えりゃあ、これ生身でやるべきことじゃないな」


 俺はソロであるというのも相まって、基本的に本体は安全に、危険な部分は全てアバターでこなすという形でダンジョンの攻略をしてきた。

 ダンジョンを攻略しルートを見つけるのは分身で、その見つけた道を本体で進む。

 新しいモンスターとの戦闘なども全て分身でこなして敵の動き、ゲームで言うならばモーションパターンやAIの傾向などを推測し、ある程度固まってから本体でモンスターを倒した。

 ボスの行動パターンの予測などをするのは分身で、本体は完全に敵を見抜いた状態でボスモンスターを討伐する。


 1人でダンジョンに挑む俺には、それが必要だった。


 もちろんいくらわかっているところだからといって、何かしらのミスを犯したり不測の事態が起きたりで命の危機に陥ったことは幾度もあるし、敵を見抜くといってもそれはあくまで観察し続けたというだけで、本体でそれを攻略する際には本体も当然危険に晒されることになる。

 それでも、なるべく本体を危険には晒してもあくまで予測できる危険だけで、無謀な危険には晒さないように気をつけてきた。


 しかし、ちょっとノリと勢いでこの亡霊騎士が棲まう城塞都市までやってきてしまったが、本来彼らの相手をして剣術を磨くのは分身でするべきことであったかもしれない。

 それほどまでに、この城塞都市跡地に存在する亡霊騎士どもは強い。

 それはそうだろう、死して尚鎧に宿り、剣を振るう猛者どもだ。

 俺は更に下の階層まで至っているが、こいつら程に剣の道、武器の道を極めた存在は知らない。


 つまり、今この瞬間も普通に命の危険が結構ある。


「ふっ」


 敵のえぐるような一撃を、剣で受け止めカウンターを放つが、とても簡単に仕留めることが出来ない。

 こいつらを剣で仕留めるには、戦闘パターンを丁寧に組み立てる必要がある。

 決めきるまでの一連の流れと言っても良い。

 あらかじめ決めておいたそれに敵が乗ってくるまでは耐え、その形に嵌ったときは、仕留めるまでの流れを完遂する。

 そういうパターンを、俺はいくつも脳内に作るようにしている。


 だが、それだけでは駄目だ。

 こちらから攻め込むための戦い方を身につけようというのに、いつまでも受け身な戦い方では。

 そう思いつつも、結局俺はカウンター主体の戦い方をしている。


 相手から見て右袈裟の一撃をわずかに剣で側面にずらして足元に敵の剣が突き刺さると同時に、カウンターの左斜下からの斬り上げ。

 しかし敵もさるもので、その一撃をギリギリ引き戻した剣を合わせ、体の直前で受け止める。

 

 ならばと踏み込んで前蹴りを放ち敵を蹴り飛ばして追撃を行おうとするが、それよりも先に体勢を崩しつつも敵が剣を振り下ろしてくる方が早い。

 敵が攻撃偏重故の、こちらの攻撃機会の喪失だ。


 上段から来たその剣を受け止めそらして弾き、開いた体に向かって剣を振り抜くが、しかし敵は弾かれた勢いのままに1歩分後退しており、俺の攻撃はわずかに敵をかすめつつ空を斬った。


 やはり、俺の攻撃の引き出しは少ない。

 もっと苛烈に積極的に、敵を仕留めに行く方法を身に着けねば。


 とはいえ、この戦闘はこの戦闘。

 まずはここを確実に勝たなければならない。


 ならばいくらでも、カウンターを叩き込んでやるとしよう。


 そして数度の打ち合いの後に機会が訪れる。

 先ほどとおなじように弾いた体勢の敵に俺が踏み込むと、敵が渾身の突きを放たんと崩れた体勢から無理矢理に腕を引き絞り、放つ。


 しかしそれは、踏み込みながらも攻撃をしなかった俺に釣り出された一撃だ。

 敵が渾身の突きを繰り出すと同時に、それにカウンター気味に突きを合わせる。

 首を傾けることで突きを回避しつつ、腕は敵の腕と交差するように。


 結果、敵の剣は俺の頬をわずかに切り裂き、俺の剣は敵の顔を貫いた。


 ここの亡霊騎士は全身に鎧をまとっているが、中身は一応腐ったというかミイラ化しているというか、なんかやせ細った肉体が入っている。

 そのため頭や胸を潰せばちゃんと死んでくれるので、そのあたりは亡霊みたいな騎士にしては優しいと思う。


「よし、階層変えよう」


 しかし、改めて生身で戦ってわかったが、やはりここはまだ俺が生身でレベリングが出来る程に優しい場所ではなかった。

 敵の攻撃から学ぶのではなく、命を守り仕留めるので精一杯だった。


 まだここでレベリング出来るほどの実力はない。

 ここに来るのは、1度別の階層でレベリングをして、その後分身で戦う技術を盗みに来るときが適当だ。

 そう判断した俺は、一足で飛び上がって城壁の崩れている部分を踏み台に、転移魔法陣の設置されている城壁の上へと飛び上がる。  


 そして城壁の上の魔法陣を使って、城塞都市跡地から撤退するのだった。





******




 亡霊騎士との戦闘の後。

 ダンジョンの階層の移動に時間がかかるとはいえ、深淵の各階層は上層から深層までの4層程に広大に広がってはいない。

 そのためある程度の時間、他の階層でレベリングのためにモンスターを狩ることが出来た。

 その際モンスターの素材を回収はしていない。

 するのが時間がかかって面倒だというのもあるし、いくら倫理フィルターをかけているとはいえモンスターを解体する映像は流石にグロいかと思ったからだ。

 ただ、1体分だけは映像を見ている視聴者には申し訳ないが、今晩の飯のために多少血抜きと解体をさせてもらった。


 加えて一応魔石だけは感知して引き出しておいた。

 なおこれらの魔石は流石に上質が過ぎるので、売りに出せず俺のポーチの中で死蔵している。


 さて、そして夜の時間だ。

 改めて配信をしようと、昨晩と同じキャンプ地に戻ってテントを張り、端末を見る。

 と、ちょうど良いタイミングで鳴海からの連絡が入っていた。


『お兄、なんかダンジョン省の偉い人から手紙届いているんだけど。お兄特定された?』

「ほーん……そういう事も出来るのか」


 ちなみに、探索者の個人情報だが、一応基本的にはその他の個人情報と同様に業務以外では扱わない、とは規約には書いているものの、場合によってはダンジョン関連の情報そのものが国家機密に該当する場合があるため、ダンジョン省が探索者を管理出来るように例外が設けられていたはずだ。

 おそらくその辺りと、俺の目撃情報や監視カメラの情報から、俺の住所を割り当てたのだろう。

 国のやることとしては若干どころではなくグレーだが、しかし今現在の世界におけるダンジョンの重要性について考えれば理解できないことはない。


「『なんて言ってる?』、と」

『ダンジョンの攻略深度について聞きたいことがあるから、都合のつく日付を記載の連絡先に伝えてくれ、だってさ』


 返信を返すとすぐに反応があった。

 なるほど、特に強制的なものではなく、あくまで要請程度のものか。

 それなら数日待たせても大丈夫だろう。


 いやしかし流石に国の機関には丁寧な対応をした方が良いだろうか。


「『1回地上に戻った方が良いか?』」

『うーん、戻ったら戻ったで勧誘とかうるさそうだけど、でも流石に国のこれは無視出来ないんじゃないかな』


 まあそれもそうだ。

 俺が完全に世捨て人となってダンジョン内でのみ生活するならまだしも、俺は地上に戸籍や住所を持っているし、納税だってしている。

 残念ながら国という大きな縛りから離れるほどの力は俺には無いのだ。


 大切な妹だって地上にいるし、向こうが穏便に手紙を送ってきている間に対応した方が良いだろう。

 まあこれが、鳴海がいなかったらどうなっていたかは俺にもわからないが。


「『わかった、一旦地上に帰還する』」 


 そうメッセージを送ると、最後に鳴海から警告じみたメッセージが届く。


『先に言っておくけど、お兄の配信めちゃくちゃバズってるからね。ちゃんと隠蔽か何かわからないけど、お兄だってバレないように帰ってくるようにしてね。じゃないと酷い騒ぎになっちゃうよ』

「『了解、っと』」


 さてでは、地上に帰還しようか、というところで、配信をつけっぱなしだったのに気付いた。

 地上に帰還するタイミングを悟られたくはないので一旦切りたいが、とりあえずコメント欄を確認することにして設定を操作する。


 途端に、視界に映ったコメントが大量に流れていくのが見えた。


:やっとコメント欄見たー!

:本当に1回も見ないで配信するやつがあるか!

:気になること多すぎるー、てかあの騎士バリ強くなかった?

:ワイバーン狩りでレベリング始めるとは思わなかった。

:ワイバーンの皮持って返ってこいよぉ……絶対大金出して買ったのに!

:こっちはあの騎士の鎧! マジックバッグあるなら持って帰ればよかったのに!

:ヌルは瞬殺してたけど普通にゴブリンの群れがトラウマレベルに強そうなんだけど。

:気になる資源が多すぎる……!

:あー株価高騰しちゃーう

:ワイバーンの巣の辺りにあった果物とか何なんだろうか。

:資源を、なぜ、持ち帰らない……!

:新しい鎧の構想練るのが止まらん……! って知り合いの革職人から電話かかってきたよ。ヌル、なんとかして、いやしろ

:騎士普通に殺してたけど中身人じゃないよね? モンスターだよね?


 阿鼻叫喚の様子である。

 大体は今日俺が戦った複数のモンスターに関する話題か、あるいは俺の探索してみせた新エリアで入手出来る資源、素材に関する話題が多い。


「いや、アイテム持って帰って売ったらこいつがヌルかってバレちゃうでしょうが。これでも自分の顔に認識阻害の魔法かけてるんだから。流石に身バレは気にしてるぞ。後騎士は中身アンデッドだから。とりあえず人じゃない。ゾンビというかミイラみたいなのを想像しといてくれれば良い。じゃ、俺は地上に帰るので配信切るぞー。地上で出待ちとかしてたら配信しなくなるからな。気をつけろよお前等」


:そんな無慈悲な!?

:確かに身バレするな……いやでも売ったら数千万とか億行くだろ!?

:ヌルが回収してた騎士の剣、絶対凄い業物だって

:ワイバーンの皮、皮……


 実を言えば、以前は幾度かアイテムを持って返ったことはあるのだが。

 そのときは、事前に複数回に分けていくつかの買い取りショップに足を運んで、信頼出来る店を探してから持っていったのだ。

 今でもそのショップの店長やそのバックにいる人達とは交流があるし、時折素材も持っていく。


 今回ももうちょっと数日レベリングを続けられれば最終日辺りにまたワイバーンの皮とダンジョンさんの果物とか鉱石とか持っていこうと思っていたのだが、お国から声がかかってしまったのではしょうが無い。

 今回は上質な魔石ぐらいで我慢してもらうことにしよう。


「じゃ、そういうわけでー」


:あまじで配信切るのね

:ちょまー!

:もうちょっと話してっても良いんやで


 引き止める言葉を無視して配信を終了する。

 さてと、地上に帰ることとしようか。




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面白い!

1話辺りが長くて読み応えがある!

そう思ったら、是非フォローと★評価をよろしくお願いします!


ぶっちゃけこの話文字数2話分あるけど、キリが悪いと読者が嫌がるだろ!

と思ってそのまま投稿してます。


よくやった! と思ったら★よろしく

後コメント付きの★もほしいです!

 

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