第11話 深淵へ
明けて真っ暗だが翌朝にはテントを畳み、更に下の階層へと向かう準備をする。
そこで鳴海からルインでメッセージが届いた。
『今日の配信どうするの? 私は学校あるから夜が良いけど、お兄に任せる』
「今の時間はそもそも何時だ?」
確認すると、今の時間は午前8時。
ちなみに周囲は午後8時扱いなのでもう真っ暗だ。
「やっぱりここ時間感覚狂うなあ」
さておき。
となると1日近く時間があいてしまうわけか。
しかしその間配信しないというのも勿体ない。
「『コメントとかに応えない、垂れ流しの配信ってどう思う?』っと」
返信を送ると、すぐに鳴海からのメッセージが返ってきた。
『配信タイトルにそれ書いておけば良いよ。お兄の昨日の配信でたくさん人が来ると思うけど。作業配信とかあるんだし』
なるほど、つまりそういう形の配信でも先に宣言してしまえば、見たくない人は見に来ないわけか。
作業配信というと何か作業している様子を公開するわけか。
ならば俺の配信は、鍛錬配信、あるいは攻略配信?
いや、もっと単純にレベリング配信で良いか。
早速スマホを取り出して、レベリング配信という題名で配信を始める。
ついでにタイトルの後ろに【コメント反応基本無し】とも付け加えておいた。
これで、俺がレベリングしている間もドローンが撮影を続けてくれるわけだ。
ちなみにこのスマホとドローンは、なんとダンジョン内に漂う魔力を電力に変えているので、実質充電無限だったりする。
技術者というのは本当に凄いものを作るものだ。
:おはよーう
:おはようございますぅ
:朝から配信?
:レベリングってことは戦闘が見れるってことか!
「おはよー。基本コメント欄見ないから、そういうつもりでよろしくな。それじゃ」
普段は幻影魔法の応用で視界に投影されている配信のコメント欄を、設定から操作して視界から消す。
これで俺も普通に戦闘をすることが出来る。
「さて、じゃあ潜りますか」
寝起きの体操を軽くしてから、ダンジョンの次の階層へと向かう。
ちなみにこの階層から次の階層へ繋がる場所は、入口から真反対の一番奥の高台の壁際に設置されている転移用の魔法陣だ。
それを踏むことで、下の層へと進むことが出来る。
間の移動は距離があるので、ちょっと速度を出して、森の中では木を蹴って飛ぶように走る。
3キロを軽く1分ぐらいで到着できるのは、流石は鍛えた探索者だと自分でも思う。
そしてダンジョンの壁際の高台に昇ると、そこには森の様子にはそぐわないゲートと、その先にある小部屋。
そして小部屋の床一面に描かれた魔法陣が存在している。
その魔法陣に乗ることで、下層に移動することが出来るのだ。
魔法陣に乗ったら一瞬の発光の後に、気がつけば1つ下の階層へ。
そこは1つ上の層に似て、森によって形成されている、上層から深層では考えることの出来ないダンジョンだ。
光源として、天井にはいくつもの光る鉱石が埋まっているのが見える。
魔法陣の設置されている小部屋から出て少し歩いていくと、前方に緑色をした、人間の子供ぐらいの体格のモンスターを発見する。
これはゴブリンだ。
上の方でも、上層の一番奥の方に出現して、探索者になりたての人たちに、人型の生物に敵意を向けられる恐怖や、人型のものを殺す感覚を教えてくれる、ある意味敵だが先生のような存在。
だがこの階層にいるそれらは、ボロ布に刃こぼれして錆びたようなナイフを持つみすぼらしい見た目をした上層のゴブリンとは全く違う。
腕など露出している部分はあるが革鎧や兜を纏い、その腕に持つ剣は人間のそれと比べれば少し短いが、確かな切れ味を有しているのがよく分かる。
そしてゴブリン本体も、細くガリガリな上層と違い、筋肉の詰まった腕をしているのが見て取れる。
ゴブリンソルジャー。
それが今俺の目の前にいるモンスターの名だ。
まあもちろん知っているのは俺だけなので、名前をつけたのは俺なのだが。
ちなみに上層最奥にはゴブリン種のボスがいるが、あっちはゴブリン(強化体)という正式名称を持ち、パワード・ゴブリンとかゴブリンマッチョとか言われているので、このゴブリンソルジャーとは全く別である。
そしてコイツラには厄介な点が1つある。
それは──。
俺がゴブリンソルジャー目掛けてダッシュで移動を開始し、一瞬で距離を詰めると、流石に索敵範囲の狭いゴブリンソルジャーでも気づいたのか、腰の後ろにある角笛に手をかけた。
そして俺がその首を飛ばすまでの僅かな間にその音が鳴り響く。
『ブゥフォーー!』
直後に、俺の剣が届いてゴブリンソルジャーの防御を許さずに、角笛ごとその首を斬り飛ばした。
しかし、先程の角笛の音に反応して周囲の森がざわつき始めている。
そしてすぐに、数体のゴブリンソルジャーやゴブリンメイジが森の茂みを突き破るようにして飛び出してきた。
そう、ゴブリンソルジャーは、危険を察知するとその角笛を使って周囲の仲間を呼び集めるのである。
そして呼び集めた個体もまた、同じ様に角笛を吹く。
一度角笛を吹かれると、周辺一帯のゴブリンを殺し尽くすまで戦いが終わらない。
それがコイツラの厄介なところだ。
まあ当然のことながら、俺がそんな厄介なところを知っていて角笛を吹かせたのはわざとなのだが。
これはゴブリンと対等レベルの者だと相当に厳しいが、ある程度能力差が離れている俺からすれば、探す手間を省いてくれる便利な餌になるのだ。
集まってきたゴブリン達のうち、ソルジャーや他の前衛を務める連中が、隊列を組むわけではないがある程度一塊となって俺に迫ってくる。
その後方では、ゴブリンメイジとゴブリンアーチャーがこちらに遠距離攻撃である魔法と弓矢を当てようと狙いを定めてきている。
「ま、余裕だな」
だがこの程度であればまだまだ余裕だ。
ひどいときは、一方向に敵が集まるのではなく、周囲をゴブリンの前衛連中に囲まれ、その外側からは息つくまもないほどの魔法の弾幕が振ってくることもあるのだ。
それと比べれば、せいぜい十体いない程度のこの程度の群れならば、相手するのは難しくない。
まず手始めに、近くの木の陰からこちらの首を狙っていたゴブリンアサシンにあえて背中を向けて釣り出してから、踊りかかってきたところを空中で叩き斬る。
そしてそのまま前衛の連中に、武器を向けて突撃し、蹂躙する。
ソルジャーやナイトといった連中が武器を合わせようとしてくるが、それすらもさせない。
一太刀も切り結ばないままに、ゴブリンどもの前衛を始末した。
そして後衛を叩き潰そうと突っ込もうとした俺の顔に向かって、ゴブリンアーチャー2体による矢が2本、そしてゴブリンメイジからは炎の球が飛んでくる。
下手な探索者よりよほど良い技術を持っている攻撃だが、生憎とこの層はまだ俺が苦戦した層ではない。
ゴブリンの相手をするのもまた、俺にとっては慣れたことだ。
先に着弾する矢2発は姿勢を低くすることで交わしつつ接近する速度は落とさず、火球は剣の射程に入った瞬間に魔力を通した剣で叩き切る。
俺が通過した後で火球が形を失って炎へと拡散するが、その段階で俺はもう通り過ぎた後だ。
そして2射目を構えようとするゴブリンアーチャーを先に仕留めにかかる。
近接戦の手段の無いアーチャーに抵抗の術はなく、その後ゴブリンメイジも斬って、10匹ほどのゴブリンを相手にした戦闘は終わった。
いつもの癖で剣を振るって血を払い、その後鞘に収める。
「やっぱりもっと下だな」
確かに連携力や数は脅威なのだが、それはレベル100に満たないギリギリ深層を突破してきた探索者にとってであって。
俺のように更に下に潜っている探索者にとっては敵ではない。
ので。
コイツラの領域を駆け抜けて、俺は更に下の層へと向かって行くことにした。
今俺が困っている、行き詰まっているダンジョンは確かに多数の敵が出てくる場所だが、その敵がゴブリン相当ではないのでここで戦闘訓練をやっても旨味が少ない。
ついでに階層的には深層のすぐ下になるので、俺個人のレベルアップにもおそらくほとんど旨味が無い。
そんな状況の中でゴブリンソルジャーに仕掛けたのは、多少体が訛っていないか確認したかったからだ。
上の方で感覚を研ぎ澄ますための鍛錬の後は、いつも若干感覚が狂ってしまうのだ。
それを1戦程度で治せるならば、安いものである。
******
ゴブリンの群れがいる階層から更に数層下。
そこが俺の目的地である、深淵第七層。
俺が勝手に【城塞都市跡地】と呼んでいる階層だ。
この階層はエリア全体が巨大な城塞都市の遺跡のようになっており、その城壁の上や下、城塞の内部などを探索することが出来る。
内部に居住施設のようなものもあって、そっちの探索も出来たりする。
かなり複雑な地形で構成されたエリアだが、ここで登場するモンスターは一貫している。
それは、数多この地に沈んだはずの亡霊達。
無数の騎士たちが、朽ち果てたその身を鎧に包んで徘徊しているのである。
その数がまた配置としては非常にいやらしく、1体との戦闘をしていると大体早期に仕留めることが出来ない限りは、他の騎士が気づいて接近してくるのだ。
いいところと言えば、ゴブリンソルジャーや他のゴブリン達のように救援を自ら呼ぶようなことはしない、ということ。
故に、下手に扱っても大体3人ぐらいまでしか同時に戦闘することにはならない。
その1体1体が達人どころか剣聖級なのが少々困ったところだが。
「遊びに来たぞ、師匠達よ」
そんな城塞都市跡地を徘徊している騎士の亡霊たちだが、実のところ俺の今の剣の師というのは彼らだったりする。
というのも、今でこそ剣の技術と魔法陣魔法、それに高い本体のレベルによって、世界でも一番前(俺みたいなのが他にいなければの話だが)でダンジョンを攻略している俺だが、初めてダンジョンに潜り始めたときはまだ剣のことも何も知らない只の武器を手にした男だったのだ。
それでも、早期に見出した《分身》スキルによる死にゲー式索敵と観察でダンジョンを攻略していったが、少なくともこの階層に至るまでの俺の動きは、とてもではないが美しいものではなかった。
もちろん、モンスターを幾度も分身で死を経験する中で観察し、最適解を追い求めた剣技は、ある種洗練されていた、ということは出来る。
だが、それでもその当時俺が握っていたのは剣ではなく、ただ何かの武器だった。
それは多分、片手斧でもメイスでも良かったのだ。
そしてこの城塞都市跡地に来て、俺は始めて本物の剣技というものを知った。
多くのモンスターとの戦いの中で見出した俺独自の理論を、軽く撫でるように斬り殺した亡霊騎士。
その姿に俺は殺されながらも目を奪われた。
武器とはあれほどまでに美しく振るうことが出来るのか、と驚いたのだ。
それからはまた《分身》スキルフル稼働で、騎士の亡霊たちに幾度でも挑み、そして彼らが持つ剣の技術、道を我が物へと吸収していった。
それまでの、死にゲー式戦闘で培った独自の理論や考え方、効率的な動き方を捨てたわけではない。
そこに、それとはまた別の形の究極として完成している亡霊達の技を吸収し融合させたのだ。
結果、身体能力の低いアバターを使うときには演舞のようだと言われるほどに洗練された動きを俺は手に入れた。
だが、正直に言えばまだ亡霊騎士の技術は学びきれていなどしない。
というのも、ここに徘徊する亡霊騎士、数がかなり多いのだ。
それこそ純粋な種類だけで100を越えるほどに。
中には剣ではなく槍やハルバードを使う騎士もいたりして、流石にそれら全部を身につけることはとてもではないが出来ていない。
故にその中でも特に基本的な、王道の剣を使う騎士を集中的に観察することで、今の俺の剣は出来上がっているわけだが。
「それだけでは、足りなくなったんだよな」
そう、それだけでは足りなくなった。
王道の1人から学んだだけの剣では、とてもではないが足りなくなった。
故に今俺のダンジョン攻略は、この階層から数個下の階層で止まってしまっている。
そんな中、転移魔法陣で城壁の上に転移した俺の眼下にちょうど1体の騎士が徘徊してくる。
その装備を見るに、盾は持たずバスタードソードを両手で操る、俺のスタイルに近い亡霊騎士のようだ。
亡霊騎士は1人1人甲冑の意匠が違うので、覚えれば見分けることが出来るのである。
しかもこの個体は、ちょうど俺が以前剣の道を亡霊騎士から学ぼうと思ったときに、最後まで選択肢の1つに入っていた亡霊騎士だ。
いやまあ剣を使う騎士が大半なので、盾持ちや違う武器種持ち、ショートソードや刀など剣は剣でも別な奴等を弾いても30種類程敵は残ったのだが。
結局この亡霊騎士ではなく、より丁寧に剣を扱う亡霊騎士を俺は参考にした。
その時無視した分、というわけではないが彼にはしばらく付き合ってもらうこととしよう。
頭上から飛び降りた俺に、亡霊騎士の中でも広めの索敵範囲で気付いた亡霊騎士は獲物のバスタードソードを勢いよく振り上げて来る。
そにれ対して俺も、抜剣して上段から相手の攻撃にかち当てるように振り下ろす。
空中と地上での一瞬の交錯。
亡霊騎士の暗い眼窩を一瞬睨みつけた俺は、直後に腕にかかっている力を抜き、代わりに体に力を入れて1つの塊とし、相手の剣に押されるようにして大きく飛び退る。
地上の物理法則的には敵をそのまま組み敷けてもおかしくはないが、ここはダンジョン。
単純な物理法則は通用しない。
少なくとも亡霊騎士の一撃には、俺を大きく跳ね飛ばすほどの威力と力がある。
そんな好敵手を相手に、俺はいつもよりなおさら昂るものを感じる。
それは今初めて生身で彼らと対峙している歓びか、それとも全力でかかっても勝てるかわからない脅威を前にした恐れか。
「さあ、亡霊騎士、俺にお前の剣を教えてくれ」
いずれにしろ、開戦のゴングは既に鳴らされているのだ。
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