第8話 チュートリアルを始めますか ▶はい

 さて、3日後である。

 この数日は、鳴海の『今見つかったら騒がしいことになるよ』という忠告に従い、ダンジョンに潜ることなく地上で過ごしていた。

 まあまたこれからしばらくダンジョンに潜ることになるので、その前の休息、といったところだ。


 そして3日目の今日。

 夜の配信に向けて、俺はいつもより少し遅くまで眠り、起きてからは配信に向けての準備を始める。

 持って行くものは、大体中の空間が拡張されたポーチ、通称マジックバッグに入れている。

 ちなみに俺の持っているこのポーチは高級品で、俺が自分で獲得したアイテムで作成しているが、普通に購入すれば数千万、場合によっては億の価値がつく代物だ。

 

 そんなポーチの中に入れているのは、数日分の水に乾パンやカロリバー等の簡単に食べれる食料。

 これらについてはダンジョン内で補給できる事を知っているので、持っていくのは最低限に。

 そしてキャンプ道具一式。

 テントに寝袋とカンテラ、ライトまで常備している。

 他にも鍋やフライパン、包丁など簡単な調理セットと、場合によってはダンジョン内に木が生えてないこともあるので多少の薪のストックもある。


 それら全てがポーチに入っているのを確認して、もう1つのマジックバッグを背負って、今日は私服姿で外に出る。

 私服といっても俺はこだわりも知識も無いので、全て鳴海が選んでくれたものであるが。


「じゃ、お兄頑張ってね」


 玄関で靴を履いていると、鳴海が見送りに来てくれた。 

 そして玄関に座る俺の前で、両手を広げて立っている。

 

 俺はそんな彼女にハグをしながら、別れの言葉を告げる。


「行ってきます」


 そんな俺を抱きしめ返しながら、胸元で彼女も言う。


「行ってらっしゃい」


 以前俺が、ダンジョン探索で重傷を負って帰還した時。

 その当時から俺に懐いていた鳴海の焦燥具合は凄まじいものだった。

 それ以来、命の危険がある深淵に出向くときには毎回このようにハグを要求してくるようになったのだ。

 俺も彼女を不安にさせたくはないので、それに応じてハグをするようにしている。


 互いに片親で再婚した両親の息子と娘として義理の兄妹になった俺達だが、俺が彼女に気をかなり使っていたからか、若干この歳の女の子にしては兄に対する距離感がバグってしまっているとは思う。


 これがもっと凄い兄なら良いが、俺は社会に適応できる自信がなくてダンジョンに逃げ込んだ臆病者だ。

 ダンジョンでなら輝ける自信があるが、表の社会に生きる妹が憧れるほどのものでもない。


 そんな事を思いつつも、俺自身もこの遠征前のやり取りについては、『必ずここに帰ってこよう』という思いを強めてくれるのでありがたいと思っていたりする。

 それに純粋に、誰かとハグをするというのは落ち着くものだ。


 少しして鳴海が満足したのか、手を離して離れようとする。

 俺もそれに合わせて開放すると、少しだけ下がってこっちを見上げてきた。


「今日の配信でお兄はとっても有名になると思う」

「……ああ、多分、そうなんだろうな」


 配信の内容としては、世界初のことの達成だ。

 おそらく、きっと。

 俺達の予想では、とんでもないバズり方をするのではないだろうか、と考えている。

 そんなわかりきった事をあえて口にした妹に首を傾げる。


 すると、彼女は笑いながら言った。


「でもお兄は私のお兄だから」


 その笑顔に、思わず見とれてしまった俺は悪くないだろう。

 いつものいたずらっ気のある笑顔ではない、純粋な、美しい笑顔だった。


「配信のサポートも任せてね」


 直後には、いつものいたずらっ気のある笑顔に戻ってしまったが、彼女が初めて見せた大輪の笑顔は、俺の記憶に強く焼き付いた。


「ああ、よろしく頼む」


 それじゃ、と軽く手を振って、俺は家を出てダンジョンへと向かった。




******




 ダンジョンが世界各地に現れてから、各国はその対応に頭を悩ませることとなった。

 全く異なる空間、異世界、異界、なんでも良いが、地球ではない場所に繋がる危険な空間であり、放っておけばモンスターが溢れ出す危険を秘めている。

 一方で、そこで入手することが出来る物資もまた普通ではない。

 モンスターがドロップするアイテムや、時たま見つかる鉱石など、この世のものではない貴重な物資が手に入る。

 危険であると同時にとてつもない価値がある場所。


 さながら爆弾付きの宝箱のようなそれの対応に、各国は頭を悩ませ、軍を投入してみたり募集した人を投入してみたりした結果、今の一般人の中で希望するものが探索者となるシステムが作られた。

 国はお金を払わずに、探索者達が自分で稼ぎながら探索を続ける。

 経済の流れ的にも国庫的にも、それが1番良かったのだ。


 その中でもやはり各国にとって急務となるのは、ダンジョンのより深い場所に関する情報。

 そしてそれを得るために必要な、強い力を有する冒険者の育成だ。


 なぜなら、ダンジョン産の物資で更に発展した今の社会では、ダンジョンに関する情報は、先に入手することで他国に対して優位に立つことが出来る切り札になり得るからだ。

 それだけでなく、より深い場所で見つかった物資に対する純粋な需要もある。


 各国は一刻も早くダンジョンを先へ先へと探索必要し、その謎を解き明かす必要に迫られ、今ではアメリカや中国、2カ国にわずかに劣るものの、日本や欧州各国の最高峰の探索者たちが、日々迷宮の第10地区辺りを最前線として探索を続けている。

 

 しかも各国に出現したダンジョンは1つではなく、日本で言えば東京の他にも大阪や東北は宮城の仙台に、九州は福岡の福岡市、北海道の旭川等、主要な都市部に複数出現しているため、絶対的に同一視は出来ないそれぞれのダンジョンの情報を獲得するために、多数の探索者の確保に各国が苦心していた。


 何処かの国が1つの地区を突破することに大ニュースになって、その探索者のスポンサーになっている企業関連の株が大きく変動したり為替相場が大きく変動したりするなど、今やダンジョン探索は経済にすら結びついている。

 それでなくても、高額で取引されるダンジョン関連の資源や開発物は、経済を大きく回していたりもする。


 軍事力よりもいかにダンジョンを攻略しているかで強い弱いが決まるようになってきつつある他国との力関係もまた、より深く、先への探索が求められる要因になっている。

 

 そんな最前線を、魔力で強化した足で軽く飛び越えた俺は、更にダンジョンの奥、深層の終着点に存在する扉へと向かって走った。

 今日の俺の配信は、ここから始まるからだ。


 配信開始時刻まであと5分ほど。

 必死になって前線を打開しようとしている探索者の皆さんに、それをやきもきしながら見ている国のお偉方には申し訳ないが、俺が一足先を行っていることを、今日の配信で証明してみせようではないか。

 

 なぜ先に表に出していなかったのかという声もあるだろうが、探索者には国に対する報告の義務などはない。

 これが探索記録を提出する義務でもあれば俺が最前線の更に先を行っていることも

国にはわかっていただろうが、流石に大量の探索者をそこまで確認し捌ききれないと判断した国が悪い。


 最前線付近を探索している者が申告すれば、給付金の他手続き面などで様々な特典が受けられるような制度を整えているようだが、もともと俺は家族さえいなければ世捨て人にでもなって誰にも知られずに死んでいた類の人間だ。

 わざわざそんなものを申告するはずもないし、その特典がなくてもアイテムの売買だけで十分に財産を築くことが出来ている。


 そんな俺を、妹である鳴海は何故か誇ってくれている。

 義理の兄妹とはいえ、あそこまで好かれる程何かを彼女にしてあげたというようなことは無かったと思うのだが。


 だが、彼女が俺を誇りに思い、そして表で輝かせようとするならば、俺はいくらでも輝いてみせよう。

 唯一俺をこの世界に、地上に縛り付けている彼女のためならば、人の社会の話題に上がるようなこともやってみせよう。


 そして世界に衝撃を叩きつけるのだ。

 深層これまでは、ただのチュートリアルでしか無かったのだという衝撃を。

 

 俺は、彼らの遥かに先を行っているという、その事実を。

 そして彼らを更にダンジョン探索の道へと駆り立てようではないか。

 それこそが、個人としての俺のやりたい事だ。 


 配信を始める時間になった。

 

「どうも、イレギュラー特攻ニキのヌルです。告知してた通り、今日も配信を始めていきます」


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