第7話 次への布石を打つ二人

 配信が終わって帰宅した俺は、いつも通りシャワーを浴び、着替えてからリビングへと向かう。

 分身を使っていないので本体は疲れていないのではないか、と思うかもしれないが、存外汗というのはかくものだ。

 それに今回は自発的に分身を消したが、いつもならば分身を死亡によって喪失して、その後の痛みのフィードバックで悶えることになる。

 その際に吹き出す冷汗を含めた汗の量は尋常なものではない。


 そうした理由があって、俺は帰還してから毎回シャワーを浴びることにしている。

 ちなみにギルド本部にも探索者が無償で利用できるシャワー室が存在しているのだが、あちらは非常にごった返していることが多い。

 特に時間帯的に、仕事終わりに一狩り来た者たちや、一日潜り続けた者たちの帰宅の時間と被るので、今回も使用は見送った。


「ただいま。鳴海、サポートありがとうな」

「おかえり! ううん、私も色々経験出来てるから大丈夫!」


 鳴海にまかせている仕事はいわゆる配信者事務所における、配信者にとってのマネージャーで、配信中はそれに加えてモデレーターの役割をしてくれている。

 後半に行くほど配信の雰囲気が良くなっていったのは、視聴者達の俺に対する印象が良くなっていったのもあるが、鳴海が適度にアンチとか誹謗中傷になりそうなコメントを間引いていたからだ。


「アンチとか誹謗中傷って結構多かったのか?」


 パソコンを操作している鳴海に尋ねると、うーん、と彼女は首を傾げる。


「最初は普通にアンチというか、お兄に一言言いたい人たちが多かったみたい。それはお兄もわかるよね?」

「晒された映像を見ての説教とかだろ? 最初はそればっかりだったな」


 ソファに並んで鳴海が操作しているパソコンを覗き込む。

 ちなみに、歳が離れた俺達だが兄妹仲が良いので、小さい頃からのこういった距離感が、互いにこの年齢になっても続いている。

 お互いが血の繋がらない、義理の兄妹だからこそ構築出来た関係性、と言うことも出来るだろう。


「そうそう。後は、四葉ミノリちゃんっていう有名配信者に心配かけたっていうか、まあ命に関わる決断を引き起こさせかけた、っていうのが、ミノリちゃん推しとしては許せないって人が多いみたい。私もお兄じゃなかったら怒ってたし」

「……そうだったの?」


 わずかに妹から距離を取りながら尋ねる。

 すると、とても良い笑顔をした妹がゆっくりとこっちを振り向いた。


「当たり前じゃん。だって推しだもん。推しを悲しませるのは悪い人、だよ。まあ複数推しの1人ぐらいだったからそこまで怒っては無いんだけど。それにお兄が1番の推しだしね」


 なんと。

 今日までそんなことは一度も言ってこなかったので気づかなかったが、あのミノリという配信者の少女は鳴海の推しだったらしい。


 ああ、でも確かに今気づけばそうかも知れない。

 鳴海はあのとき彼女の配信を見ていたから、いち早く俺がミノリという配信者と関わったことと、その後の画面端に映っていた俺の戦闘に気づいたのだろう。

 あるいは、彼女が率先して切り抜き動画を作成して、俺の存在を周知させるように動いたのかもしれない。

 

 彼女は昔から、よくそういう俺を表に出す事をしようとする子だったのだ。


「あー、そりゃ、なんていうか、ありがとう?」


 しかしそれにしても、面と向かって俺が推しだなどと、よくまあそう恥ずかしげもなく言えるものだ。

 あ、いや、パソコンを向き直った頬と耳が赤いから実は照れているのかもしれない。


「ど、どういたしまして。それに、この件に関しては私はお兄が正しいと思うんだよね。ミノリちゃんの優しさは確かに美徳だし、見てて楽しいから見てるけどさ。……でも探索者って、命をかけて探索をするものじゃん。そこを割り切れないで心配しちゃうミノリちゃんは、そもそも配信以前に探索者が向いてないんじゃないか、って思うんだよね」

「そうなのか?」


 俺もこの数日で配信などいろいろ見てみたが、やはりトップクラスの人気を持つレイラさんとミノリさんの配信は、ダンジョン配信を見るのが初めての俺でもわかるほどに、視聴者の事を考えて戦闘したり会話したりしていて、非常に洗練されていると感じた。


「うん、なんとなくだけどね。まあそれで初心者向けの講座配信とかしてるのは凄いと思うけどね」 

「ほーん。まあ俺としては、そうやって命大事にして安牌しか踏まないから先に進めないと思うんだけどな。まあ分身使ってる俺が言うのは卑怯かもしれんが」


 だからいつまで経ってもチュートリアルを深層なんて大層な名前で呼ぶ羽目になっているのだろうに。

 しかしそれでも、安全マージンを取った探索しか普通の人たちは出来ないのだろう。

 全く悠長なものだ。

 《分身》スキルを持つ俺でも、自ら生身を危険に晒しているというのに。


「それでも死の苦痛はあるんだから、それに耐えてるお兄は凄いよ」


 俺が自虐的に、自分はズルをしている部分がある、とこぼしたのが気にかかったのか、鳴海はそれを否定してくれた。


「実際他に分身出来る人はいるけどお兄みたいな使い方はしてないじゃん」

「ま、それもそうだ」


 確かに、ネットで探索者が持ちうる能力、スキルをまとめているサイトはダンジョン組合公式のものから企業、個人のものまで複数あるが、そのどれにおいても、《分身》スキルは希少なスキルとして扱われているものの、有用性は低いとされている。

 その理由はやはり、分身の痛覚が本体にも来てしまうからだ。

 安全な無人機、無人ドローンで偵察しているのに、ドローンが破壊されたら自分がダメージを受けるようなもので、想定される使い道におけるデメリットが大きすぎるのだ。

 過去には、分身が残酷にモンスターに殺された際の激痛がトラウマになって戦えなくなってしまった人もいると聞くし。


 その点俺は、徐々に慣らしていった形ではあるが今では死の激痛すらも悶絶する程度で耐えることが出来ているし、本当にやばいときには痛みなく自分の首を跳ね飛ばすという器用な芸当も身につけた。

 使い道が無い、と放棄している《分身》スキル持ちと、デメリットを受けてでも使いこなしている俺では格が違う。


 自分でもそう思う。


「それより、SNSの対応大丈夫か? 大変そうなら俺もSNSぐらいはできるぞ?」


 多分俺が匂わせるような事を言ったので、多くの人からメッセージが届いたり、主に使っているSNSは文章がメインのツイッタラーなので、リプライが届いたりしているのだろう。

 それらに対応するのは1人では大変じゃないか、という俺の問いに、鳴海は首を横に振った。


「ううん、今はリプとか返してないから全然。DMも多すぎるから反応しない、って宣言したしね」

「……それガチで何も反応しませんよってことだろ? 大丈夫なのか?」


 俺が尋ねると、鳴海は力強く頷く。


「お兄が見せた札が強すぎるから大丈夫。その札を持っている限り、提供してあげるのは私達で知りたいのは他の人たち。私達が上に立ってる状況は変わらないの。だから今は、あえて反応しないでお兄の写真とかあげておいて、次の配信まで好奇心を掻き立てておく」


 時々妹がガチ過ぎて怖い。

 俺も軽く難関大に受かる程度には頭が良い方だと自負しているが、そういうのではない、人の心を操るというか、そういうのにおいて妹は本当にこの歳でよくもまあこれほど知っているものだと思う


 まあそれほどに大人びている部分のある妹だからこそ、多くの誹謗中傷などストレスに晒されることになる俺の配信の手伝いをやってもらっているのだが。


「それで、次の配信は3日後でいいのか?」

「お兄も持って行くものの用意とかいるでしょ?」

「言っても飯の用意ぐらいだ。それに、深淵なら狩ったモンスターを食ったりも出来るからな」


 俺の言葉に、妹が疑っている目で俺の方を見る。

 じとっとした目つきとか、本当に感情の表現がうまい奴だ。


「前から言ってるけど、信じがたいんだよね。本当にモンスターが食べれるの? ていうかモンスターってドロップアイテム残して消えるじゃん」

「だから、深層まではチュートリアルらしくて優しい仕様になってんだって。普通はモンスターなんて殺したら死体が残るものだろ? まあ、それについてはお前も今回の配信で初めて知るんだよな」

「うん。だから、私も楽しみにしてるからね」


 実際、妹がねだるのでダンジョンに関するいろいろな話を俺は彼女にしているが、彼女自身はダンジョンの中の様子を自分で見たことはない。

 他の配信者の映像で見たことはあるだろうが、それも次回の配信で俺が行く先は配信なんぞに一度も映っていない、未知の場所だと俺は確信を持って言える。

 

 故に、視聴者達とともに、鳴海にもまた、次回の配信は楽しんでもらいたい。


「次は、普通に視聴者として楽しんでくれても良いんだぞ?」

「それとこれとは別。ちゃんと私も将来のために経験積んでおきたいから、ついては行けないけどモデレーターは頑張るよ。探索者事務所のマネージャーさんなんて、自分が配信について行って配信の手伝いをするような人だっているんだから」


 しかし、それでも妹はサポートをしてくれると言う。

 本当に、良い妹を持ったものだと今更ながらに思う。


 

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