第6話 死にゲーをしてると必然的に長期戦になる

 最初のハウンドウルフを倒して以降も、順調にモンスターを倒しながら進行していく。


:言ってることがガチなら、一般人の身体能力で中層歩いてるんだよな

:歩いてるどころかモンスター倒してる。

:化け物かな?

:普通に考えてやばいことしてるよな


 配信のコメント欄から、だんだん俺に対する批判から俺がやっていることへの関心へと視聴者達が移っていくのが見て取れる。

 まあ自分で言うのもなんだが、分身が死んだらその苦痛が跳ね返ってくる分身スキルでここまでアホなことするのは俺ぐらいものだろう。

 他の者達は、使っても短距離の捜索ぐらいだろう。

 とにかく『痛覚の共有』という弱点が、《分身》というレアスキルを大して使えないものにしてしまっているのだ。


「まあ、中層ぐらいはな。下層になると一気にきつくなる」


:下層行けたら化け物や

:でも生のヌルは下層行けるんやろ?

:それは流石に嘘くせえ。いややってることは凄いんだが

:下層と深層はまた世界が違うよ、ほんとに


 そんな話をしながら、モンスターを倒しながら。

 配信をしながら歩いていると、ちょうど第5地区との境目となる小川についた。

 ここから先が、俺が幾度も敗れているコボルトの領域。

 武器を持つコボルト達が多数出現するエリアだ。


「よし、それじゃあこっからは──」


 『ちょっと集中するから、コメントへの反応鈍くなるわ』。

 そう続けようとした俺は、新しくコメント欄に送られたコメントを見て言葉を止めた。


高森レイラ:なるほど、分身スキルによる鍛錬ですか。先日は事情も知らずに罵って配信で晒すようなことになってしまい、申し訳ありませんでした。

:レイラ、ちゃん!?

:なぜこんなところに

:ふぁっ!?

:なりすましかよーと思ったら本物来てて草

マネージャー:あちゃー


 そこには、昨日俺が偶然にも助ける形となり、かつ俺の名前が広がることになってしまったイレギュラーモンスターへの特攻事件の当事者である高森レイラさんが、コメント欄に来ていた。


「こんにちは。この度ヌルという名前で配信を始めさせていただきました。今回の炎上というか晒しにおいて、当方が被った不利益が今の所ないため、特に謝罪等は求めていないので、お気になさらないでください。こちらの行動も紛らわしかった部分もありますし」


 一応相手が大物配信者ということと、敬語を使っているのでこちらも丁寧に敬語を使って対応する。 

 社会に馴染むことは出来なかったが、こういうことは出来る自分の頭脳がこういうときは本当にありがたい。


「えー、なんかとても凄い方が来ましたが、変わらずやっていきます」


:と言いつつ敬語が飛び出してる

:凄い丁寧な対応で別人かと2度見したわ

:流石に意識するわな

高森レイラ:急に来てごめんなさい。気になるので見ています

:まあ実際、普通に見る価値のある配信よ

:ここまで綺麗に中層のモンスターをしばく動画は見たこと無い

:動きがな。まじで身体能力が終わってそうだから俺達でも狙えば真似が出来そうなんよな


「あ、一応言っとくけど俺は人の命に責任は持たんからな。やるなら自己責任でやれよ」


:草

:反応一瞬で草

:保身強すぎるだろ

:実際難易度は高そうだけど、それが出来ると見せつけられると、俺にもやれるんだとなってしまうわけですよ


 そりゃあこういう宣言は早いうちにしておくに限るだろう。

 下手に真似をされて死んでしまってから俺が悪いと言われては堪らない。


 その後はレイラさんがコメントをしてくることはなく、特に大きな問題もないまま探索は続いた。

 そして2時間程かけてようやく、俺は第5地区にあるコボルトキングがいるボス部屋の前まで到着した。

 ちなみに本気で最短ルートを通っていくつかの地区を無視しているので、普通に順番通りに来れば倍は時間がかかるだろう。


 ダンジョンの構造として、現在公的に判明している部分では上層から深層までの四層に分かれているのだが、そのそれぞれの層がまたいくつもの地区に細かく分かれている。

 この地区を分ける際の基準となるのが、出現するモンスターや壁や天井などの環境の変化と、そしてこのボスモンスターが存在している大部屋の存在である。

 地区1つにボス1体。

 そうやって分けられていることが多いのだ。


「さて、それでは」


:おー頑張れー

:分身だと思うと安心して見れるな

:これで勝ったら素直に称賛するわ

:そもそも中層のボスをソロ狩りする時点で凄い

:普通はパーティーだもんな


 大部屋の中に踏み込むと、俺の存在に反応したコボルトキングがこちらを勢いよく振り返る。

 そしてそのままダッシュからの、跳躍を決め込んできた。

 跳躍の先は当然のことながら俺である。


 ここで後ろに下がると、跳躍してきたコボルトキングが殴り砕いた地面の破片を受けて負傷するか、場合によっては隙を曝け出してしまう。

 故に回避場所は後方ではなく、前方。

 コボルトキングの足元をすり抜けるように低い体勢でのローリングで回避、そしてすぐに反転。

 

 通常のコボルトは身長140センチ程の人間の子供程度の大きさだが、コボルトキングはそれより遥かに大きく、おそらく190センチはある身長と立派な体格をしたモンスターだ。

 とはいえ人間のように直立せず、わずかにガニ股で猫背なところはコボルトやゴブリンと基本的に変わらない。


 獲物は鉈のようなマチェーテのような荒々しい形状をした刃物で、刃渡りはそれなりに。

 腕の長さと合わせてリーチはこちらより上だ。


 そんな武器を、背中を取られたコボルトキングは反転しながら必ず横殴りに振るってくる。

 それを知っていた俺は、その下に潜り込みながらコボルトキングの胴体を一閃。

 しかし、コボルトどもなら仕留められたこの一撃も、体格が良く頑丈なコボルトキング相手では致命傷にはなり得ない浅い傷にしかならない。

 

 そのままコボルトキングが振り抜いた武器を今度はほぼ逆のルートを通しつつ斜めに振り下ろしてくるが、その時点で俺は既に更にコボルトキングの左側面へと移動している。

 そしてまた同じように胴体に一撃。


 更にこの後の攻撃では、高い確率で反転しながらの上からの振り下ろしが来る。

 ここはもう1度張り付きたいところだが、コボルトキングが地面を砕いたことで足場が乱れているので、1度斜め後方へと退避。

 直後に、コボルトキングの武器が地面に叩きつけられて新たに破壊痕を作った。


「ふー」


 軽く息を吐き、態勢を整える。

 戦いはまだまだ、始まったばかりだ。



******



 戦闘開始から30分近くが経過した。


 怒りをあらわにして更に襲いかかってくるコボルトキング。

 しかし、多数の切り傷による出血、モンスターなので出魔力によってもはやその体に力はなく、その剣は俺でも見切ることが出来る。

 しかし、一撃も貰っていないものの、30分も神経を神経を使う戦闘を続けた俺の方もまた、息が大きく上がりそうになるのを無理やり抑え込んでいる状態だ。

 体中が悲鳴を上げている。


 しかし、おかげで、30分かけてコボルトキングを追い詰めることが出来た。

 更に、首筋への複数回の斬撃によって、後一撃でその分厚い皮を破り、切断できるところまで追い込むことが出来た。


 そして最後の一撃。

 間合いにあえて1歩踏み入った俺に、コボルトキングは彼の右斜上から、こちらから擦れば左斜上から袈裟斬りを放ってくる。


 そしてその袈裟斬りから手首を返すように、左下からのすくい上げ。

 瀕死になったときにのみコボルトキングが出してくる、確実に相手を仕留めるための一撃だ。

 この最後の一撃を読みきれずに、以前一度負けてしまっている。


 しかし今の俺は、もう既にそれを知っていて、パターンの1つとして想像出来るようになっている。

 故に、振り降ろしからすくい上げるように振り抜かれたコボルトキングの剣は、俺の頭上で空を斬った。


 そして、全力で沈み込んだ態勢から、全身のバネを使って全力の突きをコボルトキングの喉元に放つ。

 いくども傷つけた喉の皮は弱っており、ついに剣の先端がその喉を貫き、コボルトキングに致命傷を与える。


 それでもなお動こうとしたコボルトキングだが、もはやその体に力はなく。

 突き刺さった俺の剣を左手で握りしめながら崩れ落ち、魔力へと溶けて消えた。


 同時に、俺も地面へと座り込む。

 それだけにとどまらず、ボコボコの地面に頭を打たない程度に勢いよく寝転んだ。


「ふーーーーーー。……疲れた」


:お疲れ

高森レイラ:お疲れさまです。素晴らしい戦いでした

:なっがい戦いだったな

:マジで精密な機械みたいな戦いというか。髪の毛だけ斬らせるとかどいうこと?

:すげーもんを見た。収益化してたら赤スパ投げてたのに


 そんなコメント欄が視界の端で流れていくのを、息を整えながら俺は眺めていた。

 そして俺の思うところを語る。


「こういう、戦いを。経験してるってのは、この先未知のエリアを攻略するに当たって、めちゃくちゃでかいと思わねえ?」


 俺は思う。

 思うからこうやって、苦労してわざと弱い肉体で楽勝できるはずの相手に苦戦しながら倒している。


:そこまでやれば、そりゃ身にもなる

:自殺志願者という言うのはやめんが、確かに有効そうではあるな

高森レイラ:次は、本当のヌルさんの実力を見たいです。コラボとかも、良ければいつかしたいです

:ふぁっ!? いきなりレイラとコラボ!?

:ああ、俺も。これで本体のヌルはどれぐらい強いか期待感高まったわ

:もしかしたら深層いけるぐらいに強いかもな

:流石にそんだけ強ければ名前が知れ渡るだろ

:いやそれよりレイラちゃんがいきなりコラボ言い出した方が驚きなんだが

:強くないとわからない強さ的な?


 残念。

 俺はそれより先の誰もいない場所にいるので、名前は知れ渡らないんだなこれが。

 それにコラボか。

 それもまた鳴海と相談だが、俺の本来攻略している領域には、彼女は着いてこれないだろう。


「ここで、分身は終わりにするので、一旦カメラ乱れますね」


 そう宣言して、俺は普段は死亡によって消滅するアバターを、自分の手でシャットダウンするように消滅させて、上層の安全地帯に置いてあった本体に戻って意識を取り戻す。


「やー、長い戦いだった」


 立ち上がって隠蔽様の魔法陣から出て、大きく背伸びをする。

 座っていた体が固まっている、というわけではないが、分身と本体、移動した後にはこうやって軽く体を動かすことでよりしっくりくるというか、体に馴染む感覚がある。

 おそらく分身とのスペック差を脳みそや神経が調整しているのだろう。


:ほんとにな

:30分もあんな張り詰めた戦いが続くと思わんかった。

高森レイラ:すごかったです、本当に

:長くて途中でポテチとビール開けた

:あれ、てかドロップアイテムは回収した?


「俺は予想してたけどな。何回か負けてる中でも、勝負を急いだら殺しきれずにこっちがやられる相手だってのはわかってたし。後分身での鍛錬のときは基本的にドロップアイテムは持って帰れないから全部無視」


 いくら武器が中層相当とはいえ、振るうのは一般人並の身体能力しか無い俺の分身。

 ボスの硬い体表を容易く切り裂くとは行かなかった。

 そのために、長時間かけて幾度も攻撃をして、削って削ってようやく仕留めることが出来た。

 本体ならば一撃で方がつくが、それで鍛錬というのはおこがましいというものだ。


:勿体ない

:でも、あそこからまた危険な道のり帰る事を考えるとな

マネージャー:ヌル、そろそろしめの台詞よろしく


 そんな事を考えていると、鳴海からコメント欄を利用してメッセージが届く。

 しめの台詞というと、あれか。


「それじゃあ、今日の配信はここまで。次回は、。世界で唯一、深層突破者である俺が語ってやろう。乞うご期待っ、てな」


:……え?

:待てヌル、お前ほんとに

:まじかよ

:は?

高森レイラ:待ってください、それはどういうことですか?


「じゃあな。また次回。SNSで告知するからフォローよろしくな」


 コメントにあえて答えることはせず、俺は配信の終了ボタンを押す。

 これは俺のアイデア。

 衝撃的な事実を匂わせるだけ匂わせておいて、あえて何も語らない。

 これによって、次の配信にはそれが気になった視聴者達がまた来るようになるだろう。

 

 そんな俺に、ルインで鳴海からメッセージが届く。

 

『SNSが凄いことになってる。問い合わせ凄いわー。ダンジョンから出るときは気をつけてね』

「偽装用の魔法陣使うから大丈夫だろ、と」


 返信をしておいて、魔法陣を今度は空間ではなく自身にかけながら、俺はダンジョンの外へと向かって歩を進める。


 1度目の配信は成功裏に終わった、と言って良いはずだ。

 特に最後に、俺と鳴海しか知らない情報をぶち込んだおかげで、次回への期待値は必然的に高くなる。


 そんな事を思いながら、俺は鳴海の待つ家への帰途につくのであった。

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