第5話 流々舞みたいなもんだね、つまりは
「で、次の質問は、『あの後どうなったのか』だな。これはあれか、イレギュラーモンスター相手にしたときか。そのときはまあハウンドウルフ2体とウッドパペット1体と、後はロックマウントの片腕もぎ取った辺りでドラゴンゾンビが本気出してきて、上半身ガブッと行かれて終わった。流石にドラゴンゾンビは瞬殺されたわ」
アレはよほど丁寧に死にながら覚えて対策を練らないと、一般人ボディで相手するのは困難だろう。
:その痛覚感じてんだよな
:むしろあの群れからそれだけ持っていけただけでも凄いというか
:あれ、ヌルってもしかしてそれなりに強い?
:命捨てる覚悟があればまあそれぐらいは行く、のか?
:いや、命捨てるとしてもイレギュラー相手に複数体仕留めてるのは凄い
俺の水準はもう深層で戦っているような人たちの水準と離れてから久しいから、彼らのその感想が俺にとっては新鮮である。
実際、イレギュラーモンスターや、トラップのモンスターハウスなどで群れの相手をするなら、探索者側も数を揃えなければならない、というのが常識だ。
そんな中でソロで打ち破れる者たちは英雄視されるし、そういう者たちだからこそ今の深層の最前線に行くことが出来る、というのが、今のダンジョン探索の状況だ。
そこは俺が数年前に通った道なのだが。
「次、『結局ヌルはどれぐらい強いの』。マネさん、これ本気で言っていい感じ? それともごまかした方がいい感じ?」
自分では判断が出来なかったので鳴海に判断をあおぐ。
だっていきなり、イレギュラーモンスターの群れに呑まれて分身とはいえ死んでいたような探索者が、深層を突破してそれよりも遥かに先の層にいる、だなんて。
聞いたって誰も信じてくれはしないだろう。
だがとはいえ事実はそれである。
故に事実を言うべきかごまかすべきか。
マネージャー:ごまかす方針で。次の配信で説明するから
:何、なんか含みもたせるじゃん
:何かあるのか?
「了解。てことで、一応下層も探索できる程度、ってことにしておいてくれ。それより先は、もっと先の俺の配信で、ってことらしい」
まあ確かに俺が籠もりから戻ってもう2週間ぐらい経つし、次の籠もりに入っても良い頃合いだろう。
「それで最後、今後どういう配信をするのか。これについては基本的に、俺の鍛錬と実際のダンジョン攻略が1:2ぐらいの比率でやることになると思う。他のダンチューバーの人がやってるみたいに解説とか初心者向け、みたいなのは多分あんまりしない」
:おー
:企画とか何もせんのか?
:今どきその王道系で人気取るのはきついぞ
:ミノリちゃんとレイラちゃんだって初心者向け動画とか出してるし
:まああそこまでを求めないなら良いんじゃない? 妹さんのためやろ?
コメント欄は賛成多数、と見えるが、これはまあどっちでも良い、興味が無いという者たちが大半だろう。
しかし、これで大方話さないといけない部分は終わった。
ならば後は、今日もまた鍛錬に行く様子を配信で流すとしよう。
「さて、それじゃあ鍛錬をするとしますかね」
そう言いながら撮影場所の壁際に魔法陣を複数設置してその中に座り込む。
:ん!?
:見えなくなったぞ!?
:消えた!?
:消滅してて草
と、そこで妙にコメント欄がざわついた。
俺が見えなくなった、と言っているが……。
「あっ」
慌てて俺は魔法陣の中から外に出る。
:おっ、出てきた
:今の何、スキルかなんか?
マネージャー:この人規格外なの忘れてた
うん、どうやら俺の仕掛けた隠蔽の魔法陣は、カメラ越しの映像すらも遮断してしまうらしい。
我ながらになかなかに便利なスキルを持っているものだ。
「悪い、俺の《分身》スキルの都合上、本体隠すために魔法陣敷いてるんだ。ちょっと先に分身出しておくか。《分身》」
一旦先に隠れるのをやめて、撮影用のドローンを手に握った状態で分身を出現させた。
立っている俺の横に全く同じ姿形をした分身が出現する。
同時に、配信の画面が分身の方にくっついて出現したドローンへと切り替わる。
このあたりは事前に調べていたことで、服や装備品まで再現される分身スキルならば、ドローンも再現されるのではないか、と実験をしておいたのである。
結果、ドローンまで再現されることがわかった。
それがわかったときには鳴海と2人で喜んだ。
そうでなかった場合、鍛錬配信の後は毎回分身が死んだ場所までドローンを取りに行かなければいけなくなるからだ。
そして分身に意識を移して、ドローンを放ってから改めて話し始める。
「今は分身で喋ってる。こんな感じで、俺の《分身》スキルって体は複製できるけど精神とか魂とかそういう系統のものが複製出来ないわけよ。だから、分身で鍛錬するときはいつも本体は魔法陣で隠しておいてるってこと」
:分身ってもっと普通に2人になるかと思ってた
:意識を移して操作できる人形的な?
:……それ本当に分身スキルか?
:俺の知ってる分身スキルじゃなくね?
だろうね。
俺も初めてのときそう思った。
でもこれについては、俺の口から説明するのはめんどくさいし、もっと良い説明材料がネットに転がっていた。
「それについては、日本の幸神博士の『ダンジョンにおけるスキルと想像力の可能性』っていう論文読んでみて。これはまじで、結構最近の論文なんだけど、なんで広まってないのかってぐらいに大事なことが書かれてるから。現役探索者とか、探索者を目指してる人は特に読め」
本当に、俺ももっと早く知っておきたかった論文だった。
そうすれば、俺のスキルにもっとより多くの可能性を見出すことが出来ていたかもしれなかったのに。
幸い、元々想像力が豊かなおかげでかなり理想に近いことは出来ているけども。
:あー、調べたら出てきたわ
:これが大事な論文なの?
:論文とか読む気が起きんわ
:それよりはよ鍛錬の内容教えろ
「じゃあこの分身の説明するけど、俺の《分身》スキルは仮のアバターを生成出来るものになってる。で、俺は鍛錬のときは基本的に、本来の自分の身体より遥かに弱い、一般人ぐらいの能力しか無いアバターを作成するようにしてる」
:なんで?
:弱い能力の体作ってどうするの?
:一般人並って、上層探索者より下じゃん
:探索者って身体能力跳ね上がるんだろ?
ある程度の知識が視聴者達にはある、と。
おかげで説明がやりやすくて良い。
「うん、そう、つまりこれは並の探索初心者よりも弱い体だ。俺はこの体で中層に挑むことで、判断能力とか戦う技術とか、そういうのを磨き上げようとしてる。弱い敵にいくら自分のスペックが高いからって、無双しても鍛錬にはならんだろ? 逆に、一発貰えばアウトな上に、常に相手の方が自分より格上、っていう状態で戦ったら、その分判断能力とか敵を観察する能力、より効率的に戦う技術とか身につくと思わんか?」
俺は思うし、実際そうやって俺の戦いは研ぎ澄まされ、洗練されてきている自信がある。
更に言えば、本体で戦うときにも、貧弱な分身の頃を知っていることでより無理の無い挙動を選び取ることが出来る様になっている。
もちろん逆に本体だからこそ出来ることもあるが、それを鍛錬によって使いこなせるようにするのはもっと深いところでだ。
今回の鍛錬は、弱い肉体で戦う練習をする鍛錬なのだ。
:えーえぐ
:なんか軽い気持ちで特攻野郎見に来たらガチで語ってるんだが
:本気でそんな真似を?
:じゃあなに、一般人の身体能力でイレギュラーモンスターに喧嘩売ったの?
:無茶苦茶過ぎるわww
「まあ、見たほうが早いだろ。てことで早速行ってみよう」
一旦本体に戻って本体を改めて隠し、分身に乗り移って分身用のドローンを伴った俺は、階層直通の通路を通って上層から中層へと降りる。
「今回の目的は第5地区のボス、コボルトキングだ。もう4回ぐらい負けてるからな。今回こそは勝つ」
:負けって、その度に死んでるんだよな……?
:流石にジョークでしょ
:やべーやつになってきた
:やばい奴程面白い。これは良い配信者を見つけたかもしれんな
配信を見ながら中層を進んでいく。
そして出現したのは、やはりこいつら。
3体のハウンドウルフの群れだ。
「毎回コイツラが初戦だな。まあもう慣れたけど」
基本的に中層第1地区はこいつらの根城である。
他にも一部違うモンスターも出現するが、基本的にコイツラの相手をする必要がある。
「身体能力が低いので──」
解説をしつつ、いつもと同じ様に倒していく。
「基本的に迎撃が主体になる、けど──」
ただ、今回は配信をしているので少し急ぎになるため、敵の攻撃を待つのではなく、あえてこっちから動いて攻撃を釣り出し、敵の動きを予測して倒していく。
「今回は釣り出して狩る」
結局やることは変わらない。
相手の攻撃を誘って、カウンター気味に数を減らす。
そして1対1になれば、後は踏み込んで相手の反撃を避けつつ斬り伏せる。
どれだけコイツラを知っているか、そしてどれだけパターンを想像出来るか。
この後者が、同格以上の相手を初見で攻略する際にも生きてくる。
「まあ、こんな感じかね」
:本当にモンスターと比べて動き遅いな
:まあハウンドウルフは早い部類だからな。アルファントとかだともっと遅い
:なんか始めから敵の攻撃の来る場所がわかってるみたい
:決まり切った演舞してるみたいだった
:敵の攻撃全部見切ってんの?
なるほど、外から見ると演舞の様に見えるのか。
確かに今の俺は動きが遅いので、敵が動いてから反射で動くのではなく、敵の攻撃の兆候を見たり、あるいはそれより更に先に動き始めている。
その様は型が決まり切った演舞の様に見えるらしい。
「後で俺も映像見てみよ。演舞っての普通に気になるわ」
そう独り言を呟いて、映像を撮影しているドローンへと振り返る。
「こいつらとかは相当戦っているから相手の来るパターンが予測出来るし、どういう行動が攻撃の兆候かとかも知ってるから出来る動きではある。実際な。初見の相手に出来るかと言われるとそれは無理だ」
:ほーん
:初見で役に立たないなら意味なくね? 何でそれを鍛錬にしてんの?
:相手が攻撃するより先に動いてる場面もあったな
:普通にモンスターと戦えば良くない?
「求める要素よ、結局は。この鍛錬には、想像する敵の行動のパターンをどれだけ増やせるかと、如何に厳しい戦いの中で舞えるかを求めてる。で、本来の能力で鍛錬するときには、如何に早く動けるかとか、如何に強く一撃を放てるかとか考える。それぞれの鍛錬で求めてる能力が違うんだよな。まあ、これでも強くなるために色々やってんのよ」
本当に色々と取り組んでいる。
ダンジョンでのこうした死にゲー鍛錬の他にも、家で自分の動きを確認したり、あるいは全く別の方向から対抗策を考えてみたり。
たかが深層程度じゃない。
その先にまだまだ広がるダンジョンの層は多様で、今の俺ではまだ踏破困難なほどに厳しくて。
けれどそれでも、より先に、先にと、俺はあがいているのだ。
いつか見る、ダンジョンの最奥、その場所に何が待っているのかを見るために。
「さ、早く次にいこうか」
そう一言告げて、俺は再び歩を進めた
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