第4話 そして初配信へ
数日かけて配信に必要となる機材、新しいスマホにダンジョン内での通信を可能とするプランの契約、後は撮影用のドローンなどを購入した俺は、家でそれらの設定を行っていた。
ちなみに鳴海も俺の配信を手伝ってくれるということで、今は主にSNSなどで俺に関する情報の発信をやってくれているらしい。
「いきなり配信しても見に来てくれる人はいないからね。事前にお兄の名前を売っておいて、それから配信をするの。そうすればある程度は人が集まるから」
とのことだ。
まあ確かにいきなり配信を始めたところで、本当に偶然その配信を見つけた人しか入ってこないが、事前に宣伝しておいて、例えば『〇〇日の△△時に配信をします』という風に告知をしたほうが、多少なりとも人は集まってくれるだろう。
俺では思いついたとしても、めんどくさくなってすぐにやめてしまいそうなことだが、鳴海はそういうのが得意なのか、いわゆるSNSの運用というやつをやってくれているらしい。
ちなみに今更の話になるが、俺は今の年齢は28歳で、鳴海は18歳の高校3年生だ。
将来的にはダンジョン配信を行っている探索者事務所で運営に携わりたいらしく、俺のプロデュースというかマネジメントというか、まあそれも実績の1つとして有用に使えるかもしれない、らしい。
俺はそのあたりを考えるのが向いていないと思って探索者という実力が全てで実力さえあれば稼げる世界に入っているので、彼女のそういう姿勢を時々本当に凄いと感じる。
「あ、ちなみにお兄の名前、『イレギュラー特攻ニキ』だから」
「なんて?」
でもやっぱり、時々兄をおもちゃと思っていそうな妹には抗議したい部分もあったりする。
というかニキって……まだその単語存在してたの?
******
さて、全ての設定なども終えて午後7時頃。既にイレギュラー騒動も収まっていつも通りの様相を呈しているダンジョンの一角で、俺は初めての配信に向けて備えていた。
妹の鳴海曰く、平日のこの時間帯は、一般人が仕事や部活が終わる時間帯なので人が集まりやすく、また土日ほどには配信も多くないので人を集めるにはちょうどいい時間帯、とのことらしかった。
チャンネル名は、『イレギュラー特攻ニキ ヌル』。
これは鳴海のナルと俺の本名
別にナルのままでも良くないかと思ったのだが、『ヌルの方が聞いたときになんかくすっと笑えて良い』という妹の意見によって、このチャンネル名になった。
配信開始を予約している時刻の5分前。
待機中となっている人の数はおよそ数百人。
鳴海に言わせれば、初めての配信にしては圧倒的に多いが、俺のポテンシャルを考えればとてもこんなものじゃ足りない、といったところらしい。
それでも、派手に暴れたでも誰か有名人を救ったでもなく、一瞬有名な配信者の画像に映り込んだちょっと印象的、程度人間としては上等なものらしかった。
多分その中には、妹がSNSで色々と発信して人の興味を惹いてくれたことによって集まった人もいるんだろう、と思ったので、鳴海には毎日一回はありがとうと言うようにしておいた。
ら。
『そんな毎日お礼言わなくても良いから。私も仕事のつもりでやってるから。収益化したらお給料請求するからね』
と宣言されてしまった。
別に仕事でもお礼は言うものなんじゃないかと思ったが、そう言ったときの鳴海の照れた顔を見て、あえて言うのはやめておいたのを思い出す。
多分純粋に俺にお礼を言われるのが恥ずかしかったのだろう。
そして、配信開始の時刻が来る。
配信開始前から待機中の画面で数人チャットしている人達は居たが、ここからが俺の配信の本番である。
「皆さんはじめまして。イレギュラー特攻ニキのヌルです。こんばんはー。SNSの方はやってるのが俺じゃなくて妹なので、その内容については特に俺は知りませんので、俺と話したい場合はこっちでお願いしますー」
最初に予防線を張っておく。
SNSの方は俺はもう確認していないが、妹が日々色々と俺の様子を発信する、『俺のアカウント』じゃなくて『俺の解説アカウント』のようなことになっている。
どうもそれが一番受けが良かったらしい。
なぜだ?
:こんばんはじゃねえ
:お前どれだけミノリちゃんが心配したと
:特攻して何がしたかったの?
:SNSがが面白かったから来ました
:まあ、とりあえず自己紹介したら?
:一応二人を助けてくれたことだけは礼を言っておく
そんな手荒いコメント欄の歓迎を受ける。
半分ほどが、特攻という行為をした俺を罵倒、説教するコメントだった。
これについては鳴海からも先に忠告を受けていた。
『多分、お兄の最初の配信はすごく荒れると思う。お兄の言う通り晒された感じになっちゃったからね。でもそういう人は飽きてすぐ他に行くし、お兄が凄いところを見せれば人は集まってくる。だから我慢してね』
と言われた。
まあ、心が痛いなんていうが、実際にゾンビティラノに噛み殺されることより痛いことなんてそうは存在しない。
それに俺は、何が起こってもダンジョン探索で稼いでいける自身と一生遊んで暮らせるぐらいの貯金は既にあるので、もう何が来ても基本無敵な気分である。
「はい、えー今回配信始めたのはですね。俺の妹から『お兄がダンジョンに籠りっぱなしだと心配になるし寂しい』と言われたからなので、その他文句とか色々、ある人いると思いますが、特になんか謝罪とかして差し上げようとか思ってるわけじゃありません」
まあ、俺が話し始めると基本的にこうやって丁寧に相手を煽っていくことになるわけだが。
なんか昔から掲示板とか動画のコメント欄で遠回しに人煽るの好きだったんだよな。
なんでだろ。
:なんか言い始めたぞ
:は? ミノリちゃんへの謝罪じゃないの?
:とりあえずことの経緯ぐらいは説明して。SNSでもしてなかったし
:なんかクソ煽ってくるなおい
:腹立つなこいつ
「ごめんて。昔からキレてる人見たら何故か煽りたくなる性分してるんよ。あ、敬語はこっからは無しでめんどくさいから。で、今から経緯話すから、その間に質問適当にコメントしておいてな」
鳴海に、『必要以上に敬語だと、文句が言いたいだけの相手に自分が上だと勘違いさせちゃう。配信なんだから、お兄が好きなところで敬語はやめていいよ』と言われていたのでこのタイミングで敬語はやめてみた。
実際は俺自身は敬語を使うのも普通に苦にならないのだが、下手に下手に出るのも行動としては駄目らしい。
まあ俺は俺の行動が悪かったとは1ミリも思ってないので当然そのスタンスで行くが。
「まあ経緯って言っても単純で、俺が《分身》スキルを使って鍛錬をしてたら、ちょうど目の前にイレギュラーモンスターに襲われた女の子2人組、あの人たち名前なんていうの? というか有名人だったりする?」
:レイラとミノリ。2人共チャンネル登録者数80万越えの超有名配信者やぞ
:配信してる人たちの中では最強格
:超有名人だぞ
:有名人に余計な気をつかわせてるから叩かれてるんだよなあ
:それぐらい自分で調べておけや
まあ知らないというのは嘘だが。
流石に晒されもすれば本人のチャンネルの確認ぐらいはする。
とはいえこの晒され具合的にそれなりに有名な人かと思っていたが、チャンネル登録者数80万は想像の更に上を行っていた。
せいぜい10万とかそこらかと思っていたのだ。
というか色々と配信を見てみたが、ダンジョン配信者がそんな大人気の配信コンテンツになっていることの方が俺は驚きである。
魔物は魔力で出来ているから切っても血ではなく魔力が吹き出すとはいえ、どちらかといえばやはり暴力的な内容の配信になるはずだ。
それでも見たい人が多い、ということは、皆このダンジョンでのバトルというものにエンターテイメントを求めているのだろうか。
「いやごめん、名前とか知らんかったから調べようもなくてな」
流石にこの階層で苦労するやつに興味はない、とか言ったら大荒れしそうだから言わないでおく。
ついでに、コメントも自分で全部に答えるんじゃなくて選んで答えるようにと鳴海に言われていたので、それも実行してみた。
全部反応していたら日が暮れるか早送りみたいになるかのどっちかだし、それは当然である。
「まあ、そのお2人がイレギュラーモンスターの群れを連れて走ってきたわけよ。分身使って鍛錬中の俺の前によ? そりゃ突っ込むでしょうよ」
:なんでそうなる
:そもそも分身使った鍛錬とは?
:いやそれでもミノリちゃんの静止振り切ったのは駄目だろ
:あれでミノリちゃんが追従してたらどうするつもりだったんや
その話については、真面目に話しておきたいことなので、ちょっとふざけていた態度を真面目に戻して話す。
「真面目な話すると、ダンジョンって自己責任、って法律で決まってる場所なんよ。そこで危ない真似をするのは俺の自己責任。それを助けたいと思って自分も危ないところにつっこむのも、突っ込んだ人の自己責任。そこは、絶対に揺らがんよ。だから今回の件については、俺は何も自分に問題があったとは思ってない。自己責任の範疇で俺は分身を使ってイレギュラーモンスターに突っ込んでいった。それで誰かに群れをなすりつけたとかならともかく、そこ文句言うのは道理が通らんだろ。そのミノリって人が優しいのはその人の勝手だし、それでどうにかなるのも勝手。だからそれをこっちに転嫁するなよ。その子の選択だろうが」
実際、若干炎上気味に晒されている中で1番納得できなかったのがそこである。
いやまあ俺の事を炎上させて遊ぶことぐらいは別にどうでも良いのだが。
自己責任を謳っているダンジョンで、他者を気にする少女に気にされないような行動をしろって。
他者を気にすることすらも自己責任だろうに。
その結果死のうがひどい目に遭おうがそれはそいつの自己責任だろう。
それを俺に、彼女に救われたという他者に転嫁しよってからに。
その辺りが俺は苛立たしかったのだ。
:ぶっちゃけ正論
:正論だけどさ……気にする優しい人もおるんだよって
:はあ? 何好き勝手いってんののこいつ
:実際ミノリちゃんは人を気にかけすぎなところがあるからな。これに関しては特攻ニキが正しい
:あれ、もしかして結構怖い人? 圧がえぐい
:まあそう言われると言い返せんのよな
ああ、これぐらいの話ならば大半が理性的に受け止めてくれるのか。
それならば俺としても話しやすい。
こちらが論理的に話しているのに感情的に受け止める相手しかいないと話が伝わらなくて困るのだ。
「まあそんなわけで、気がつけば俺は鍛錬をしていただけなのにネットに晒されていた、というわけで。お話はおしまい。後は質問だな」
コメント欄を遡ろうとしていると、俺の配信を外部から管理するためにモデレーターという権限を付与しておいた鳴海のチャンネルからコメントが来る。
マネージャー:鍛錬って結局何?
分身スキルって怪我すると痛くなかったっけ
あの後どうなったのか。
結局ヌルはどれぐらい強いの?
今後どういう配信をするのか。
マネージャー:まとめるとこれぐらい
:マネージャーさんついてんのかヌル
:どっかの事務所?
マネージャー:リアルの妹です。将来探索者事務所で働きたいので、兄のチャンネルの運営を手伝って経験積んでます。
:まじ?
:意識高いな~でも兄妹のチャンネル運営ってたしかに良い経験になるか
配信を見ていた鳴海が、俺が話している間に流れていたコメントの中から質問を探してまとめてくれていたらしい。
一気にスクロールして人間離れして成長した視力で全部読もうかと思っていたので、これは本当に助かった。
「ありがとうマネさん。で、質問か。1つ目は『鍛錬って何?』か。これは後で実際にやるからちょっと後回しにする」
配信の後半で実際に俺の鍛錬を見て貰う予定なので、そこで細かく説明することにしている。
ので、一旦この質問は置いておいて。
ちなみに本名を出してしまわないように、鳴海にはマネさんという名前で呼ぶように言われている。
「で、2つ目は『分身スキルは怪我すると痛くないか』。普通に痛いぞ。怪我した時も死んだときも。もうでも慣れてるから、割と数分悶絶するぐらいで済んでる」
:……なんて?
:おっと、怪しい空気が出始めたぞ?
:元からイレギュラーモンスターの群れ見つけて「突っ込むしかねえ」って言い出す戦闘狂なんだよな
:痛みに慣れるほどて
:なんでそこまでするの?
なんでそこまでするの、か。
少し鳴海がまとめてくれた流れからはそれてしまうが、これぐらいなら答えても構わないだろう。
そんなもの決まっている。
「強くなって、このダンジョンの1番底まで降りていきたいからに決まってんだろ」
それ以外に、このダンジョンに俺が挑む理由などあるものか。
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