第3話 とはいえ映像に残ればネットのおもちゃになるわけで

 イレギュラーモンスターのせいで分身が早い段階で死亡してしまい、微妙に時間が残った俺は、今日はもうあがることにして、邪魔してくれた意趣返しにイレギュラーモンスターを細切れにしてから帰途についた。


 ダンジョンから出てからは、ダンジョン入口を覆うゲートの一部に設置されたギルド本部へと向かう。

 ダンジョンの出入り口からギルドまでの距離は、天井付きの通路を通って100メートルほど。

 これほど余計な空間を使っているのは、時折モンスターがダンジョンから溢れ出すダンジョン災害、通称D災があるため、その際に最低限ギルドを保全しつつ戦える空間を作るためだ。

 そのため、ゲートの出入り口から半径100メートル程は施設は何も設置されない空白の空間となっており、その外側に頑丈なフェンスが設置されている。

 ここは新宿なので地価も高くこんな広さだが、北海道の方のダンジョンとかだと半径500メートルとかいう規模の防衛エリアがあったりもするらしい。

 1度見に行ってみたいものだ。


 ちなみにギルドへ行く目的は、ダンジョンからの退出手続きと魔石の換金をして貰うことだ。

 後者は別に他所のショップでも良いが、前者はしてもらわないとダンジョンの入口を囲うこのフェンスの外に出ることができなくなる。

 いくら法の外にあるダンジョンとは言え、いや、だからこそ、入退場だけは厳密に管理がされているのだ。

 

 魔石以外にドロップしたアイテムだが、他の素材系のアイテムとかポーションは欲しければいつでも手に入るし、流石に数が多くてめんどくさかったのでその場に放棄してきた。

 ぶっちゃけ金には多少どころではない余裕があるので魔石も持って帰る必要は無かったのだが、魔石はちょっとばかり放置するのに都合が悪かったのと、何か稼ぎが無いと同居人にどやされると思って持って帰ることにした。


 ちなみに放置してきた素材系のアイテムだが、数時間もたてば魔力に溶けて消える。

 そのため、特に放置していても何の問題にもならない。

 それに今はイレギュラーモンスターのせいで、ダンジョンの状態がコンディション・レッド(ダンジョンへの立ち入り全面禁止)かコンディション・イエロー(低レベル探索者のダンジョンへの入場禁止、及びその他探索者への警告)になっているので、イレギュラーモンスターの情報と合わせて中層のあの位置にまで入っていこうという者はいまい。

 

 そしてそうやって時間がすぎればアイテムは消滅する。

 便利なものだ。


 ギルド本部に入ると、イレギュラーモンスターの発生ということで内部はひどくごった返していた。

 その中で受付に行き、俺は持って帰った魔石を換金してもらえる様に取得アイテムの籠に乗せる。


「退出と魔石の買い取りお願いします」

「はい、かしこまりました。探索者証を出してしばらくお待ち下さい」


 ちなみにギルドで買い取りをしているのはこの魔石のみで、それ以外のアイテムはこのフェンスの外側にある、無数の探索者向けの店の中に存在する素材買い取りショップで買い取ってもらう事になっている。

 ギルドで魔石のみを買い取っている理由としては、魔石は規格があってある程度値段も決めやすく買い取りやすいのに対して、他のアイテムはかさばるし1つ1つ鑑定が必要だしで買い取りに時間がかかるからだ。

 そのため、ギルドが多くの買い取りショップに許可を出すという形でアイテムを買い取るショップが運営されている。


 閑話休題。


 提出した魔石の量に職員さんが目を白黒させていたが、


「これまでずっと溜め込んでた分を一気に買い取ってもらおうと思いまして」


 というと納得した表情をしてくれた。

 まあイレギュラーを仕留めたとか1度に大量に持って帰ったとかなると変に目立ってしまうので、この辺は適当にごまかしておくに限る。

 別に人を害してるわけでもないし、申請義務もないのだ。


 それに、複数人のパーティーで長時間潜る人たちなら、全員集めて俺が今回持ち帰った以上の魔石を持ち帰ったりすることも普通にある。

 そんな事をいちいち尋ねていてはいつまで経っても終わらないので、ギルドもよほど変なことが無ければ特に気にせずに見逃してくれる。


「鑑定が終わりました。こちら全て売却ということでよろしかったでしょうか」

「はい、それでお願いします」

「承知しました」


 魔石の鑑定が終わった後は、そのまま売却し、お金は銀行口座に振り込んで置いてもらう。

 数十万から数百万単位の大金が動きがちなダンジョン探索なので、その辺りのシステムはきっちり作り込まれている。 

 ちなみに今回の魔石の売上も軽く数百万は行っている。

 質と量がかなりよかったらそれぐらいは平気で行くのだ。


「ありがとうございましたー」

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 手続きが全て終わった後は、ギルドの反対側にあるフェンスの外側への出口をくぐってようやく外の世界だ。

 ちなみにすぐ外には、ギルドが経営している大食いが多い探索者向けのレストランが複数展開されている。


 それらを横目に俺は駅へ向かう。

 そこからは電車を乗り継いで20分ほど。

 新宿にあるダンジョンから程良い距離にあるのが、今の俺の家である。

 ちなみにここは自分で借りた家で、実家は別にある。

 探索者としての俺の稼ぎはそれなり以上のものになっている、ということだ。


 そんな家には、俺ともう1人が今現在は住んでいる。

 玄関に手を当てると、鍵が開いているのでどうやら同居人は家にいるらしい。


 そんな事を考えつつ、俺は玄関の扉を開いて家へと入る。


「ただいまー」


 そう言って靴を脱ぎ、並べていると、ドタドタとうるさい足音が聞こえてきた。

 いつもはもっと静かに歩いているのに、何かあったのだろうか、そう思いつつ振り返りながら立ち上がる途中で、同居人の叫びが俺の耳を貫いた。


「お兄! お兄バズってるよ!」

「バズ、何? バズーカ? バズーカぶっ放したって? アムロが?」

「だから、バズってるんだってば! 凄いよ! ほら、このSNSの──」


 何やら妹が凄まじい勢いで言い募ってくるが、相変わらずこちらの話というか雰囲気を察さずに1人勝手に騒ぐ妹である。

 こうなると一旦止めないと俺が話に入れないので、一旦スマホを操作する妹をお米担ぎしてリビングに向かうことにする。


「あ、ちょっと待ってお兄! 私プリン食べたばっか──」

「吐くなよー」


 そんな適当な事を言いながら、妹を一旦リビングのソファに置いておいて、手洗いうがい。

 シャワーを浴びてダンジョン探索用のちょっと頑丈な服から家でのんびりする際に着ているジャージに着替える。


 それからようやく、リビングにいる妹の隣に座って彼女の話を聞く。 


「で、一体何があったわけ? バズったってのは何の略?」


 俺が尋ねると、スマホを操作していた妹がようやく落ち着いて説明してくれる。


「えーとね、バズるっていうのは、多分造語で、SNSとかでたくさんの人が見て良いねとか視聴回数が凄いことになってる状態を示すの。つまりネットで注目されてる状態ってこと」

「造語かよ。で、誰がその、バズるになったの? お前? なんかやらかしたりした?」


 俺が尋ねると、妹は再びスマホを操作しながら答えてくれる。


「バズるになるじゃなくて普通に『バズった』で意味通じるから。で、バズったのは私じゃなくてお兄、ほら」


 そう言って妹が差し出してくるスマホの画面。

 そこには、切り抜かれたらしき俺が女性の手を払ってモンスターに突貫する姿や、その後配信の後方でイレギュラーモンスター相手に苦戦している姿、そしてギルドで受付をしている姿等が動画で取られ、多くのコメントとともにSNSを駆け巡っていた。


 ついているコメントは大体こんな感じである。


『イレギュラーモンスターに特攻する勇者現る』

『こういう勘違いした冒険者にはならないようにしたい』

『初期装備で中層に行くとかイレギュラーモンスターに突っ込むとか、ほんとにものを知らんかったんだろうな』

『真性の馬鹿。生きてても碌なこと無い』

『これで人に助けてくれって言うの、もはや当たり屋だろ』

『その人普通に受付におるんだが』

『ええ……人違いやろ。あんな苦戦してた奴がドラゴンゾンビ含めて倒せるはずがない』

『ほな別人か……』

『いやでも服全く一緒だな』


 大体こんな感じである。

 そして俺も、ようやく状況を理解した。

 そして妹に告げる。


「鳴海、良いか、これはな、バズってるんじゃなくて晒されてる、っていうんだ」


 妹の鳴海ほどではないが、俺もインターネットとかちょっとやった人間だ。

 妹よりは少し古い人間である俺にとって、これはバズるというよりは馬鹿なことをした人間として晒されている、という評価の方が近いだろう。

 ちなみに鳴海には、俺がこういう事をやっているのは先に告げているので、映像でショックを受けたりはしなかったそうだ。


「まあ良いじゃん、バズったんだし。あ、そうだお兄、これを機に配信始めてみたら?」

「配信? WeTubeとかでやってるあの配信か? 何を配信するんだよ」


 ゲームの腕が特別良いわけでも頻繁にゲームをするわけでもない。

 他に思いつくとすれば雑談配信だが、晒された人間が雑談配信をしたところで人が来るだろうか。


 ……来るだろうな。古のネットの民達なら、全力で遊びに来そうだ。


 そんな事を考える俺を他所に、妹はまたスマホを操作して別の画面を表示する。

 それはWeTubeという大手動画投稿サイトのものだった。


「お兄知らないの? 最近流行ってるんだよ、ダンジョンでの探索の様子を中継する配信、その名もダンジョン配信! 結構面白いんだよ」


 そう言って妹が突き出してくるスマホの画面。

 そこでは、何人もの探索者が、自分が探索する様子をリアルタイムで配信していく映像が画面の中で流れていた。


「なるほど? 最近はそんなのもあるのか」


 つい数年前(実際は10年以上前)にやれVtuberがどうだの言っていたと思ったら、今度はダンジョン配信、言い換えるならばDtuberだろうか。

 世間の動きというのは早いものである。


「最近って言ってもここ5年以上だけどね。お兄はずっとダンジョンに行ってばっかりだったから知らないかもしれないけど」

「まじ? まーでも情報収集とかしたところで何の役にもたたないから俺のスマホただの携帯電話になってたしな」


 ここ数年は特に、俺はダンジョン攻略に力を入れていた。

 長いときは1月以上ダンジョン内に籠もりながら探索を継続したこともある。

 その分地上での情報収集は怠っていたので、少々一般のダンジョン攻略の最前線とかについては疎いところがあるが。


「それにさ」


 俺が考えていると、鳴海がそれまでの明るい声とは少し違う暗い声を出す。

 思わず視線を向けると、ちょっとだけ泣きそうな顔をした妹がそこにはいた。


「お兄がダンジョン入っちゃうと、連絡も出来ないし。配信してくれたら、私もそれを見て。お兄は大丈夫なんだって思えるんだけどな」


 そう言われてしまうと俺は弱い。

 確かに両親にもたまに電話したときに、探索者をしていることで結構心配になる、と言われたりもする。

 それに、俺が1人ダンジョンに籠もっていると妹はその間この家に一人で不安になってしまったりするわけで。

 

「ん……じゃあ配信始めてみるか。けどあんま凝ったことは出来ないぞ」

「わーい! やったね! お兄の配信配信~!」


 喜ぶ鳴海を抑えながら、俺はとりあえず夕食準備を始めるのだった。


 ちなみに。

 このとき俺は気づかなかったが、今ではダンジョン内との連絡も、そういう機能付きのスマホが普通に販売しているので、もう10年選手に近い俺のスマホを変えればそれだけでダンジョン内でも鳴海と連絡を取り合うことは可能だ。


 だが、鳴海はそれを隠して、俺にダンジョン配信者になるように示唆してきた。

 その理由は、後に鳴海曰く、「私もダンジョン配信見てるけど、お兄の話を聞く限りお兄が配信したら絶対バズるから配信者にさせたかった」とのことらしかった。

 それと付け加えるように、それを将来の自分の仕事の実績として探索者事務所の運営側として入社したい、とも。


 強かで照れ屋さんな妹を持てて兄は本当に嬉しい。

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