目覚め
『…!?まっ…いっで…』
桜の中に消えゆく彼に手を伸ばせば、その反動でベッドから転がり落ちてしまった。
どた…と音を立て木の床に顔面から落ちれば、痛そうに顔を歪めて歯を食いしばる。こうすることで鈍痛を全身に逃がしているのだろう。効果があるかはわからないが。
『幸先悪すぎでしょ…う〜…いったいなぁ…』
鼻先を労るように手のひらで撫でれば、木製の簡易ベッドに片手を置いて立ち上がる。だいぶ古くなったな、と涙で霞む世界の中で呟けば、先程まで掛けていた朱い毛布を綺麗に折りたたもうと思いつく。元々そんな事をする柄でもないが、何故か今朝はやろうという意思に駆られた。
鼻から手を離せば、幾度洗ったかもわからない為毛が逆立ちゴワゴワになってしまった毛布を撫でた。産まれたときかた包まっていたものらしく、唯一の心の拠り所と言えるだろう。
端と端をしっかり掴みぴーんと伸ばせば、四角く折りたたむ。
毎日使っているから、店と自分の御香が染みつきふわりと漂う。いい香りだな…と自画自賛すれば、そこから更に三度折りたたんでベッドの真ん中に置く。
『よし、綺麗綺麗…あれ、なにこれ』
枕のそばに落ちていた、白銀色に輝く…鱗?魚にしては大きすぎるし…なんのだろう…と思考しても時間の無駄になるだけだ。
取り敢えず寝間着のポケットの中に突っ込んどけば、そろそろ着替えようと戸棚まで駆け出した。駆け出す…と言っても、戸棚は眼前にあるので走っても無意味だが。
『今日は何着よっかな…黄色とか…?あ、蒲公英色にしちゃおっかな』
そんなに種類の多くない服の中から一着取り出せば、蒲公英を纏う。
比較的動きやすいように作られた物で、庶民御用達の服だ。本当は王宮の姫君が着るような鮮やかで麗しい洋服が着てみたい…なんて、叶いもしない願いを口にはしない。何事にも前向きに生きる、それが彼女のモットーなのだ。
不意に、ずき、とうなじが痛む。産まれながらにして持っていた傷…五本の爪で引っかかれたような跡。これのせいで今までどんな境遇に立たされていたことか…
まぁいい、と吹っ切れれば服のホコリを払うようにその場でくるりと回ってみた。
百草霜の髪を高く結い上げ、近くの小窓を勢いよく開ければ朝日が自分だけに降り注いでくる感覚がする。それがまぁ、なんとも心地が良いもので。
『よし、今日こそ店にお客が来ますよーに!』
大きな声で空に向かいお願い事をする彼女こそ、調香師として名高い一族である【葉】の血を脈々と継ぐ、活発的でプラス思考の持ち主、
一族最大の配合センスの持ち主、と謳われていたこともあったが…今となっては昔の話。
朝飯をすっ飛ばし、さっさと今日のお香を考える。
その場を壊れたロボットのようにぐーるぐーると歩き回れば、床の木達がギシギシと不安そうに泣き始めた。
ふと、立ちどまっては顎に手を置き目をつむる。
『…あれ、今日なんの夢見たんだっけ』
すっかり忘れてしまったのだ、今日見た夢を、彼のことを。
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