第7話 勝手に広まるルークの名声

 リンガル王国の王城。そこで働くメイドの二割が元々エレクトリア男爵家で働いていたメイドに入れ替わっていた。みな優秀で、やる気に溢れているので、徐々に王城内で話題になっていく。『エレクトリア男爵家は優秀かもしれない』『前当主は無能だったけど、ご子息のルーク様は優秀らしいぞ』と。メイドたちがルークに恩を感じ、そういう噂を意図的に流布しているのもあるが、それが実績を伴って広まっているのは、メイドたちの献身的な努力のおかげだった。


「……まあ。今日の紅茶、とても美味しいわね」


 その日は隣国アガトス王国のレーア王女殿下が、リンガル王国のミレーナ王女殿下に会いに来ていた。昼下がり、中庭で二人がお茶会を開いていると、ふとレーア王女がそう呟いた。


「二年前に、辺境のエレクトリア男爵家からメイドがたくさん流れてきててね。彼女たちの腕がとても素晴らしいのよ。今日の紅茶も彼女たちが淹れてくれたのよ」

「へえ。さぞ優秀な当主なのかしら? でもなんでそんな優秀なメイドたちを大量に手放したの?」

「まあ……前当主がとても無能な方でね、彼女たちの優秀さに気がつかず、無能だと追放しまくったらしいのよ。でもそんなメイドたちを最後まで見捨てなかったのが、今の当主で、彼に恩を返すために王城で頑張っているらしいのよね」


 ミレーナ王女の話を聞いて、レーア王女は少し眉を上げた。


「その現当主のお名前はなんて言うのかしら?」

「ルーク・エレクトリアよ。まだ十二歳だから、彼の有用性に気がついてない人も多そうね。でも二年後の学園入学で知れ渡ると思うわ」

「そうなのね……」


 考え込むレーア王女。

 そんな彼女にミレーナ王女は静かに微笑んで言った。


「もちろん、渡すつもりはないわよ? あれは私たちのものだからね」

「むう……分かってるわよ」


 口を尖らせるレーア王女にミレーナ王女はただ微笑むばかりだ。おそらくうちでは優秀な子供が育っているのだと牽制の意味を込めて話したのだとレーア王女は憶測する。だがこの情報はかなり使いどころがありそうだ。少し優秀な彼に接触したみたい気になるレーア王女だった。



   ***



「ルークさんですか? そんな辺境の男爵様が強いというのですか?」


 ここはリンガル王国の騎士団の最上位、零式騎士団の宿舎だった。そこの少女の騎士の一人が騎士団長サーシャと雑談をしていた。少女騎士は二年前に王都にやってきて、メキメキと頭角を現し、仲間たちとともに零式騎士団に入団した腕利きの騎士だった。この国で誰が一番強いかという話題になったとき、その少女騎士がぽつりとこぼした『この国で一番強いのはおそらくルーク様です』という言葉に、騎士団長のサーシャは眉を顰める。彼女は自分がこの国で一番強いと自負していたからだ。


「え、ええ。たまに実家に帰って両親から話を聞くと、ルーク様が《ブラッディ・オーガ》を一瞬で倒したとか、超級魔法スキル《ファイア・ストーム》を片手間で発動したとか、そんな話ばかり聞かされるんです」


 普通 《ブラッディ・オーガ》を倒すとなると、零式騎士団の一小隊が必要となる。普通の騎士団とか兵士とかだと、一大隊いても勝てるかどうかと言ったところだ。それほどまでに恐ろしい魔物を一瞬で倒すなんておかしいとサーシャは思った。それに超級魔法スキルを使えるってだけですでに貴重なのに、片手間で発動するなんてあり得ない。あれは高い集中力と長い詠唱が必要となるのをサーシャは知っているからだ。


「騙されてるんじゃないですか、貴女の両親は」

「う〜ん、あのテンションの上がりようはそんな感じしませんでしたけどね……」


 サーシャの言葉に首を傾げる少女騎士。その反応にサーシャは思わずモヤモヤしてしまう。それから徐々に彼女の思考はルークとやらの化けの皮を剥ぐことに向いていった。


「そうですか。それなら次の休暇、貴女の実家にお邪魔してもいいですか? ルークとやらに会ってみたいので」

「いいんですか!? ルーク様には恩がありますので、会っていただけると喜んでくれると思いますし、こちらからもお願いしたいです!」


 そう言われ、次の休暇に零式騎士団長のサーシャがエレクトリア男爵家の領地にむかうことに決まったのだった。



   ***



 エレクトリア男爵家の領地の隣の領地。ダン伯爵家はエレクトリア家の当主が馬鹿な行動で首が回らなくなって逃げ出し、十二歳の息子に当主を譲ったことを執事から聞かされていた。それを知ったダン伯爵はにやりとあくどい笑みを浮かべ、こう言った。


「ふむふむ、なんて馬鹿な前当主なんだ。まあ、あいつらが愚かなことは分かっていたが、ようやく俺が正当性を持ってあの領地を支配するときが来たのかもしれぬ」


 ダン伯爵はなにも知らない十二歳のガキを騙し、経営を手伝うと称して手数料をガッポガッポ取るつもりでいた。いきなり攻め込み支配するのは管理などが面倒なので、そこら辺は全部ガキに任せ、自分は後方から手数料だけを搾取。旨みがなくなったら切り捨てればいいと考えていた。


「おい。早速そのガキにコンタクトを取れ。できるだけ親身にな」

「かしこまりました。すぐに手配いたします」




 こうしてルークを巡って、ゲームの世界が動き始める。

 それが正規ルートにつながっていくのか、どうなるのかは、まだ誰も分からないのだった。

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