第5話 税を取り立てにきたのに……

「はははっー! これで俺は悪虐の限りを尽くしてやれるぞー!」


 俺は誰もいないがらんどうになった屋敷で高笑いをしていた。メイドも執事も両親も、みないなくなってしまった。だがそれでいい。これこそが俺の望んでいた環境だ。誰にも縛られず、武力だけで弱者から搾取し続けられる環境。前世では弱者として様々な人から搾取され続けた。今度こそ、俺が搾取する側だ!


 というわけで、俺は早速悪虐の限りを尽くそうと村のひとつにやってきた。前にエレナが遊びをしていた村とは違う村だが、うちの領地の村々は大体どれも同じくらいの規模感だ。村に辿り着くと、どういうわけか騒々しく、あちこちから悲鳴が聞こえてきていた。


「きゃぁああああぁああ!」

「ブラッディ・オーガが出たぞー!」

「みんな、逃げろぉおおぉおおお!」


 ふむ、ブラッディ・オーガか。ゲーム時代では中盤の難所と呼ばれた魔物だ。だが転生してからの二年間、俺はなにもしていなかったわけじゃない。ちゃんと悪役として活躍できるように、レベルを上げまくっていた。この領地には絶好の狩り場【スライム迷宮】があるからな。【スライム迷宮】はその名の通りスライムしか出ないダンジョンだが、一日に十五匹メタルスライムが出現するようになっていた。ゲーム時代は無数のプレイヤーたちが今か今かとリポップを待ち構えているせいで運良く一匹でも狩れれば御の字だったが、この世界では【スライム迷宮】は発見されていなかったので、一人で毎日十五匹もメタルスライムを狩ることができた。


 そのおかげで現在の俺のレベルは786だ。カンストが999で、かなり迫ってきている。この世界の住人のレベル帯がどの程度かは知らないが、そこそこ強い方なのではないだろうか。ゲーム時代であれば、上位陣にやっと足を踏み入れた程度だったが。


 要するに、俺にとってブラッディ・オーガは敵ではないということだ。だが皆の反応を見る限り、村人たちにとっては脅威となる存在らしい。そこで俺は、こいつを一撃で仕留めれば、俺の武力を皆に見せつけ恐怖に貶めることができるのではないか、と思いついた。我ながら素晴らしい発想だ。天才的すぎる。搾取先のリソースを減らさず、恐怖だけ与えて圧政を敷く。こんな思いつきは誰でもできる訳ではないだろう。


 自分の発想力に酔いしれながら、俺は颯爽とブラッディ・オーガの前に立った。するとそれを見た村人たちは驚愕の声を上げた。


「なっ……! ルーク様!?」

「どうしてこんなところに!?」

「ってか、危ないですよ!」


 くくくっ、驚くがいい。そして俺の力に恐怖するがいい。俺は内心ほくそ笑みながら、右手をかざした。


「グォオオオオォオオオオオ!」


 ブラッディ・オーガが周囲の木々をなぎ倒しながら俺に迫ってくる。しかし恐怖はない。俺が恐怖の対象になるのだから、こんな程度の魔物に怯えては駄目だ。ここで怯えた態度を見せれば、俺が恐怖の対象になり圧政を敷くことなんて、夢のまた夢だろう。


「食らいやがれ、《ファイア・ストーム》!!」


 俺は超級魔法スキル《ファイア・ストーム》を発動し、辺り一面を火の海にしようとする。ゴォッと火の竜巻が天まで昇り、目を開け息をするのですらしんどいほどの熱気が辺りを包む。思わず目を細め、燃えさかる周辺の木々とその中心にいるブラッディ・オーガを眺めた。


「グガァアアアアアァアァア!!」


 ブラッディ・オーガの悲鳴が上がる。しばらくその悲鳴は続いていたが、ふと悲鳴すらも途絶えてしまった。さらにもう少し経って、魔法が途切れ、辺りの様子がはっきりとしてくる。そこにあった木々は跡形もなく消滅し、半径百メートルほどが焼け野原になっていた。


 流石は超級スキルだ。スキルには初級から神級まであるが、超級は上から二番目の強さだからな。このくらいの威力は出てもらわないと困る。


 しかし、ここまでやれば村人たちも恐怖してくれるだろう。そう期待して、俺は近くにいて魔法を見ていた村人たちの様子を眺める。


「こっ、これは……」

「なんだ、この威力は……」

「凄い……」


 皆、一様に驚いていた。くくくっ、これからすぐに恐怖に表情が歪んでいくのだろう。それを想像しただけで俺は歓喜で震えそうになる。しかし——。


「流石はルーク様だ! ルーク様だけは俺たちを見捨てなかった!」

「うぉおおぉおおおお! 俺たちのルーク様は、やはり俺たちを救ってくれる!」

「ルーク様、万歳! ルーク様、最高!」


 ………………え?

 んん? んんん?


 なんか、村人たちが凄く喜んでいるように見えるけど……? なんか、万歳とか最高とか、そんな言葉が聞こえてくるけど? 恐怖は? ルーク様、恐ろしい、怖い、みたいな畏怖の言葉は?


 どうして村人たちはみんな盛り上がってるの? 俺の魔法見なかったの? 怖くないの?


「ルーク様、本当に俺たちを見捨てないでくださってありがとうございます! 一生、貴方様に尽くします!」

「俺たちを救ってくださってありがとうございます! 両親ですら見捨てたこの領地を、ルーク様はまだ見捨てないでいてくださったのですね!」


 なんで感謝されるんだよ!? 意味分かんないんだけど! ヤメテヤメロ! 俺に感謝の言葉を贈るんじゃない! 俺は搾取しに来たの! 圧政を敷いて税を取り立てに来たの! なのになんで感謝されるんだよ! おまえらが怖いよ、俺は!


 思わず心の中でそう叫び頭を抱えてしまう。それでもさらにみんなから感謝され、真っ白に燃え尽きる。もしかして俺には悪役は向いてないのでは……とか後ろ向きな考えが浮かんでくる。……駄目だ駄目だ! ネガティブになるな、俺! 転生したとき、悪役になるって決めたじゃないか!


「おまえら! 俺に食いもん寄越せ!」

「はいっ! すぐにお持ちします! たくさん食べていってください!」


 もう本当にヤメテ!

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