第3話 救われた人々の想い

 私はエレクトリア男爵家で働いているメイドのカナデだ。15の時に男爵様からお声が掛かり、ノコノコとついて行ったらとても酷い労働環境で、何度も辞めたいと申し出たが、辞めれば家族の住む土地を没収すると脅されてここまできた。殴る蹴るは当たり前。罵声だって毎日のように浴びせられる。地獄のような場所で、日に日に精神的に疲弊して自分がやつれていくのが分かった。


 それでも家族を人質に取られているせいで逃げ出せず、家族に迷惑がかかる事を考えれば死ぬことも許されない。まさしく八方塞がりの時に、私たちメイドに一条の光が差したのだった。


 それは男爵様の付き添いで王都まで出向いた時に奥様の頼まれていた茶菓子を入手できなかったことを、頭ごなしに責められ暴力まで振るわれていた時だった。普段は受動的で自発的に行動を起こさないルーク様が、奥様に向かって私たちの解雇を提案したのだ。


 ルーク様は幼いながらにも賢く手がかからない上に、私たちにも高圧的な態度をあまり取らないから、彼の担当になった日は当たりの日だと言われるほどだった。


 しかし彼は普段、自発的な行動を起こさず、ただ言われた事をこなすような子供だった。不憫に感じたことも多々あったが、自分たちメイドも追い詰められていたので、何か手助けするようなこともせず、彼に関しては静観を決めていた。


 だと言うのに、彼は奥様に自然な形で私たちメイドの解雇を提案した。何もしてあげられていない私たちに、救いの手を差し伸べてくださった。その日、解雇を言い渡されたメイドたちは、晴れやかな表情で屋敷を出て行き、実家へと帰っていったのだった。


 それから奥様は頻繁にメイドたちを解雇にしていった。しかもルーク様は奥様の怒りが暴力的になる前に先手を打ち、解雇を進めるという、慈愛としか言いようがない行動を繰り返していた。


 両親に溺愛されているルーク様は、その両親からの歪んだ愛憎を受け、とっくに闇堕ちしていても不思議じゃなかった。だと言うのに、私たちに救いの手を差し伸べ、最近では村の子供たちすらも幼馴染の手から救い出したと聞く。


 なんて素敵な人なのだろう!

 なんて慈愛に溢れた人なのだろう!


 私も昨日、ようやく奥様から解雇を言い渡され、この家からお暇することができることになった。もうすでにこの屋敷内にはほとんどメイドがいない。だが、金稼ぎばかりに気を取られ家のことに興味を持たない男爵様と、他の貴族家の奥方にどうマウントを取るかしか考えていない奥様は、屋敷からメイドがほとんど消えていることにまだ気がついていなかった。


 彼らが今後、どう家を回していくのかは分からない。でもルーク様だけは路頭に迷った時、私たちが全力をもって恩を返さなければならないと、そう自然と思うようになった。


 私たちが彼に出来ることはなんだろう。解雇されたメイドたちを集めて、幾度と話し合った。その結果、ルーク様が独り立ちする時に備えて、メイドとして、暗殺者としての力を手に入れるべく、お金を出し合って王都に向かい、王城のメイドになって修行を積み始めるのだった。



+++++



 私はルミナ。とある村で長閑に暮らしていたが、数年前からエレナという豪商の娘と、ルークという貴族の息子が来てから、状況が変わっていった。


 エレナという少女は人を殴り泣かせるのが趣味みたいで、私含めたこの村の子供たちは幾度となく殴られて泣かされた。大人たちもエレナとルークの親が怖くて強く出られず、さらにその遊びとやらは助長していった。


 その日、いつものようにルークを伴ってエレナがやってきた。そしてまた殴られた。唯一の救いは、男子であり力の強そうなルークが殴ってこないことくらいだ。彼はいつも嫌そうな顔をしてこの村に来ては、私たちが殴られているのを静観していた。


 彼自身は何もしていないのに、止めてくれないことに少し苛立ちを感じていた。別に彼が私たちの味方かどうかも分からないのに、勝手に助けてくれないことに腹を立てていたのだ。


 だが、その日はエレナの気まぐれか、ルークに殴ることを提案した。それを聞いた私たちは絶望したが、少し嫌そうな顔を見せたので、ほんの少し希望を見出したのはあったと思う。


 なのに、その直後、何かを思いついたような表情で拳を握りしめた時は、本当の絶望感を味わうことになった。彼は巷でも文武両道の才人だと聞く。彼に殴られたら泣かされるどころではないのではないか。そんな想像が私たちの頭によぎった。


 しかし!

 彼は私たちの想像を良い意味で裏切ったのだ!


 ルークは私たちを殴ることはなく、その握りしめた拳はエレナの右頬にめり込んだ。その時の彼女の驚きの表情と、その後の悔しそうな痛そうな表情は、私たちは一生忘れないだろう。


 その後、エレナは尻尾を巻いて逃げていった。ルークは私たちの英雄だ。村長さんが沢山もてなしていたが、それだけでは足りないと子供心ながらに思った。


 この恩は一生をかけて返す必要がある。なんだか自然とそんなふうに思った。


 だから私は──私たちは、ルーク様の隣に立てるように、厳しい訓練を積んでいく事を決意し、村人たちが出してくれた路銀を握りしめて騎士団に入団すべく、王都に向かって旅立つのだった。

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