第2話 悪役の友人も悪役

「ねぇ、ルークはいる!?」


 朝食を食べ終え部屋でのんびりしていると、突然扉が勢いよく開け放たれ勝ち気そうな女の子が入ってきた。誰か分からなかったので記憶を探ってみると、どうやらルークの幼馴染の少女みたいだ。彼女の名前はエレナ・ブルーノ。彼女の実家はうちの領地の筆頭商家で、父と手を組んであくどい商売をしているとのこと。


 ちなみにうちはリンガル王国に領地を持つ男爵家だ。小さめの片田舎の領地で、農村ばかりが目立つ、あまり栄えてないところだった。


「……どうした、エレナ」


 以前の俺はこいつが苦手だったみたいで、結構避けていたらしい。しかし彼女の押しの強さに負け、いつも遊びに付き合っていたみたいだな。まあ粗暴な性格で考えるよりも先に手が出るタイプの悪役なので、知的で策略知謀を巡らせがちな悪役のルークとは相性が悪かったみたいだ。


「またいつものに行くわよ!」

「ええ……嫌なんだけど……」


 こいつの言う遊びとは、立場の弱い農村のガキどもを集めて、一人ずつ殴っていくという単純なものだった。悪役としては素晴らしい遊びだが、正直安直すぎてつまらない。それにちょっとやり方が馬鹿っぽくて俺の目指す悪役とは違うタイプだった。


 だが渋る俺を無理矢理引っ張っていくエレナ。はあ……俺が転生してもやっぱりこいつのことが苦手なのは変わらないみたいだった。



+++++



 エレナに連れられてやってきたのは領地の農村の一つ。貴族がこんな気楽に歩き回っていいのかという疑問はあるが、まあ田舎の貴族なんてこのくらい適当なものなのだろう。農村に行くと、エレナは早速遊び回っていたガキどもをとっ捕まえて、自分たちの前に横並びに整列させた。


「はははっ! やっぱり人を殴るって気持ちいいわね!」


 ゴキゴキッ! と嫌な音が村の広場に響く。大人の村人たちも、相手が貴族の息子と豪商の娘だからか、静観するしかないみたいだ。ガキどもは必死に痛みに耐えるように、歯を食いしばっている。中には幼くて泣き叫ぶガキもいるが、そいつは余計にエレナに殴られた。


「さて、今日はルークも殴ってくれるそうよ!」


 殴るのに疲れたのか、唐突にエレナが言う。その言葉にガキどもはビクッと肩を震わせて、さらに怯えたように一斉にこちらを見つめてきた。俺は悪役なのでこいつらに可哀想だとかは思わないが、人に言われて弱い立場の人間を殴るのは思い描く悪役とはやっぱり違うな。


 ……どうするか。


 少し思考を巡らせた後、俺は考えを纏めて拳を握りしめた。そして――。


 ゴキッ!


 俺はを殴りつけた。思い切り、横っ面を殴る。うん、やっぱり悪役は誰にも縛られず、自由気ままにやりたいことをやらなければな。人に迎合する悪役は悪役じゃない。それにこんな頭の悪いやり方は好まん。


「…………がっ!?」


 俺に殴られ、エレナはきりもみのように回転しながら吹き飛ばされる。そして倒れ伏したままこちらを見上げ、怯えたような表情を見せた。


「なっ、なにするのよ、いきなり! あんた、こんなことしてただで済むと思ってるの!?」

「じゃあどうするんだ? ああ?」


 必死に叫ぶエレナに、俺は悪役らしく余裕ぶった表情で威圧した。すると彼女は悔しそうに歯噛みして、キッと睨み付けてくる。


「絶対に許さない、絶対に許さないんだから!」

「許さないって、どうやって俺にやり返すんだよ?」


 正直、考えなしにエレナを殴ったからこの後どうなるかなんてよく分からないが、やっぱり悪役に余裕って大事だよな。俺は不敵な笑みを浮かべて、エレナをニマニマと見下げていた。うん、凄く悪役っぽい!


「こうなったらパパに言いつけてやる! ルークなんかパパにギタギタに殺されればいいのよ!」


 立ち上がり、エレナは転がるように逃げ出した。ふっ……これぞ悪役。何の理由もなしに相手を一方的に殴るなんて、前世の俺では絶対に考えられなかった! 自分の成長に感動していると、村人たちがなぜかワラワラと寄ってきた。殴られていたガキも、村の大人たちも一斉にだ。


「……どうした?」


 俺は困惑して彼らにそう尋ねると、代表して一人の老人が出てきて言った。


「ルーク様、ありがとうございます。貴方様のおかげで、子供たちが助かりました。うちの領主様はあまりいい噂を聞きませんが、ルーク様だけは違うのだと、儂たちは皆にそう伝えていきたいと思います」


 ……え? 何で感謝されてるの?

 俺、悪役ムーブしてたよね?


「ささ、貴方様は儂らの村の恩人です。儂の家でご馳走でも差し上げますから、こちらに来てくだされ」


 それからというものの、俺は流されるままに老人――村長の家に呼ばれ、たくさんご馳走をいただいた。何で感謝されているのか、俺にはよく分からないが、ともかく悪役らしく、腹一杯で食べられなくなるまで遠慮なくご飯を食べ続けるのだった。

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