幸福

後左衛 春散

幸福

 揺らぐ水面はあの頃を感じさせる。

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 クルマの駆動音、金属同士がぶつかる音、足音、、コーヒの香り、かすかな土の香り、石鹸の香り、、ライトブルーの晴空、赤い橋、カラフルな道、赤、黄、青の信号。

 いつもと変わらない、たった10分の散歩である。音、香りの全てが柔らかく、何より色鮮やかなパステル調の景色は私を心躍らせた。いや、この景色だけではない、何よりも彼女との散歩だからこそ踊りに踊っているのだ。

 彼女は散歩する時、きまってカットソー、ジーパン、帽子にサングラスを身につけている。サングラスは見えているかと不安になるほど暗く黒く。が、白を基調とするカットソーと使い古された青のジーパンが、その黒さを中和させ、妖艶な印象を周囲に与えるのである(もしかしたら魅了されているのは私だけなのかも..)。今日は桜柄の白のカットソーを着ており、いつもより華やかで、おのずと桜の香りが鼻に染みこんだ。

 そんな彼女は笑顔で私を手招いている。私は気づかないふりをして、ぼんやりと青緑色の川音に身をまかせる。夢中になってしまった、風鈴を楽しむ、そういう本能的なものなのか気がつけばぼんやりと川を眺めていた。少し疲れているのかもしれない。気力は強い方だと思っていたがと急に不安になった。が、流水音は心を和ませ、同時に心のスポットライトは彼女を照らした。どうしても諦めきれない、彼女と一緒に生きたい。子供は持てないけれど、2人で頑張りたい。私はそう心に誓い、冷静さを取り戻した。

 石鹸の香り。他の者に犯されることなく、ただその純粋な優しさを体現している彼女の香り。気がつけば彼女はサングラスを下ろし私の目の奥を除いていた。まずい、今のばれたか。共有モードOFFにしてたっけ...、してない。


ありがとね。


ん、急にどうしたの?


はは。共有モード切り忘れてたでしょう。ばればれだよ(笑)。このあいだの件は私もすごく悔しいし、悲しかった。唯一の理解者からも突き放されて...でも、あなたがそう考えていると知れて、なんだか勇気が湧いてきたの!


たいしたことじゃないよ。今が本当に幸せなんだ、でも今だけなんだ。君のご両親がおっしゃっていたことも理解している。第一、僕の寿命はもって10年だ。君を大切にするとはいえ10年しか君と生きられないんだ、もっとながく生きられる君を10年の檻に閉じ込めるわけにはいかないよ。


それでも良いの。私の人生なんてろくなものじゃかったから。学校でも、社会でも擁護の目でみられて、本当に嫌だったの。あなたは悪くないのよというあの目、あの目はさげすみと同じなの、結局はあなたはできそこないとう言葉なの。でも、あなたは私をいち人間として扱ってくれるでしょう?それが良いの。



 私は心が熱くなる。



へへ。そういわれると私も幸せものだね。なんかむかついてきたわ(笑)。聴覚障害の何が悪いんだってんだ。最もこの心共有システムを使えば、聞こえない・喋れないなんて関係ないのに、保守的な老害共はこのシステムを忌み嫌う。ふざけるな。これからはおまえらじゃない、俺等が動かしていくんだよ、社会を。


言い過ぎじゃない(笑)?ありがとね。


 

 私は共有モードをOFFにし、涙目の彼女と川をあとにした。

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 後悔はないね

 

 はい。お願いします。



 彼女は真っ白な手術室にはいっていった。

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 「○○さん?○○さん?聞こえますか?」

 私はゆっくりと目を開けた。真っ白な天井、まだ手術室なのだろうか。


 聞こえます。まだ頭がぼんやりしてます。


 「術後はみなさんそうなるんです。しばらくしたら解消されますよ。」


 あと、この部屋すごい匂いですね..少し吐き気が..


 「大丈夫ですか。もう少し休んでいてください。今は慣れない感覚で様々のことに敏感になっています。部屋の電気も消しときますのでゆっくりしてください。何かありましたら、心共有システムを使って私をお呼びください。」


 あの彼は?


 「部屋の外にいますよ。中にお入れしますか?」


 お願いします。


 医者はでてゆき、彼とふたりきりになった。私は喜びからか尻尾が左右にぱたぱたと動く。


 「手術成功、おめでとう。成功してよかった..」


 彼は今にも泣き出しそうな顔をしている。


 「もうそんなことで泣きそうになるなんて(笑)。」

 「これで君と一生をともにできる。僕は幸せだよ。」

 「私も。」


 彼は今後、人間と犬の通訳士として、私を支えてくれる。まさに人間と動物の架橋となるだろう。そんな彼と同じ姿形、種となって私は幸せを手に入れた。可愛い子供も欲しいかな。今までできなかったことができる、そういう気がする。

 私の未来はカラフルなパステル調、真っ白な室内はフィルム写真ように柔らかい色へと変わり、その中で彼が輝いていた。

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 赤い橋から見える川はあの頃と変わらない。ただ違うのはもう彼女が一緒ではないということだ。3人(匹というのがはばかられるので)の子供達ももう所帯を持ち、私はおじいさんになってしまった。もう体を動かすのも精一杯だ。寂しいな。

 川の流水音は、スポットライトの真ん中に彼女を浮かび上がらせる。

 人間の頃の彼女は言う。


 「本当に幸せな人生だった。あなたは、忘れていた関わりの幸せを教えてくれた。」と。


 犬の姿の彼女は言う。


 「本当に幸福だった。所帯をもって苦しいこともあったけれど、あなたは一緒にいてくれた。」と


 私はゆっくりと目を閉じた。


(完)

 

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幸福 後左衛 春散 @hikariatarashi

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