おっさん、部下と対話する

「ふふふ、どうしたんですか。そんなに警戒するなんて・・・私、課長あなたの部下ですよ?」


温和な笑みを浮かべた鞍墾が底の知れない視線を俺に向ける。いつもは見る者を笑顔にさせてしまう微笑みが、今はまるで別物だ。


どういうことだ、何故鞍墾がここにいる?


脳内で浮かんだ疑問が燻り、変な冷や汗が浮かぶのを拭う。


「説明はしてくれるんだろうなぁ?」


知らず知らずのうちに声を張り上げていたらしい。自分ではさほど大きな声を出していないつもりだったが、部屋に木霊した声量に少し反省する。


だがそれとこれとは別だ。


自分の部下が魔法少女のお偉いさんを勤めていて、何故か俺が魔法少女になってしまったことを見抜いている。いや、知っているの方が正しいか。

仕事仲間だからこそ警戒するのは当然のことで、会社内の鞍墾とは違う彼女の怪しい雰囲気に気圧されていた。


「課長はせっかちさんですね。私の送ったメッセージはテキトーに返すのに、自分は適当な答えを欲しがっている。不公平だと思いません?」

「っ、それは悪かった。だが説明してもらわないとこの状況は変わらない。俺もお前に変な警戒を抱いたままなのは、精神的にストレスなんだよ」

「うふふ、それもそうですねぇ・・・じゃあ交換条件です!」

「・・・条件次第だが、言ってみろ」


話している最中に感じるじとっとした視線。全身を舐め回すかのような嫌な感触が身体を駆け巡る。


なんだろう、ものすごーーーく嫌な予感がするぞ。そしてこういう時の嫌な予感は大抵よく当たるものだ。


「それじゃあ課長、ちょっとこっちに来てください」


ちょいちょいと手招きする合図につられ、荘厳な椅子に座っている鞍墾に近付く。


自身の書面でも見せるのだろうか?


そう思った瞬間───ガバッ!と凄まじい勢いで抱きしめられた。


「はっ?」


・・・ど、どういう状況だこれは?なぜ俺は今、鞍墾に正面から抱きつかれている?


呆けた声を漏らす俺に構わず、潰されてしまいそうな程力強く抱きしめ続けている鞍墾。訳が分からない。

こうしている間にも黒白は外で大人しく待っているんだろうな、なんて意識を他に逸らそうにも、女性特有の柔らかい感触や耳を擽る吐息が現実を突き付けてくる。


あっ、何かいい匂いもする・・・って待て待て、俺は変態じゃない!


「い、いったいいつまで抱き着くつもりだっ!?」

「いつまでもは駄目ですか?」

「うぐっ、あ、謝るから!適当に返信したのは謝るから!勘弁してくれぇ・・・」


じたばた身体を動かしてみるが、大人である鞍墾に容易く抑えられる。挙句の果てにはより強く抱きしめられてしまった。


年齢=彼女いない歴の俺からすれば、この状況は非常に気恥しい。


女性の、しかも部下の女の子に抱き着かれるってどんな状況だよ。しかも魔法使いを極めて大魔法使いになりそうなくらいなのに、簡単に手玉にとられている・・・くぅ、こんな辱めをうけるとは。


「ふぅ、堪能しました。一度こうして課長を抱き締めたいと思ってたので、役得ですね」

「・・・お前が普段俺に対して、一体何を考えているのか議論する余地が出てきたな」


暫く抱き締めた後に漸く満足したのか、するりと腕を離す鞍墾。その間も蠱惑的な笑みと意味深な舌なめずりに少々身の危険を感じたので少し後ずさる。


怖い、めっちゃ怖いっ!


「そう怖がらないで下さい。寂しいじゃないですか」

「怖がってない!身の危険を感じただけだ!」

「もう・・・まぁいいです。私も大人ですので約束を守りましょう」


残念そうに眉を歪めた鞍墾は一呼吸置いて、自分の事情を話し始めた。


「まず私は───鞍墾 円香という名前は偽名です。全てはこの魔法少女委員会WGBで活動する上のカモフラージュに過ぎません。なので課長達の働いている会社に提出した年齢以外の全ての情報は、鞍墾 円香もう1人の私を形成する偽物ガセです」

「やはりか・・・でもそれなら、なぜうちの会社に就職してきた?情報を偽装できるのなら態々働かなくてもいいはず。しかも数ある会社の中からうちを選んだ理由もわからない」


考えれば考えるほど、コイツがうちの会社に来た理由が曖昧だ。しかもずっと会社に居座っているのだから、なにか目的があるとしか思えない。


「ええそうです。鞍墾 円香もう1人の私の戸籍を用意するのも、生きてきた履歴軌跡を用意するのも簡単でした。別の会社でも良かったですし、何なら働いていないということにしても良かった。しかし、 私はこうしてあの会社に出勤し、顔だけ見せて程々に帰っています。その理由、分かりますか?」


問い掛けられた言葉に思案をしてみるが、あいにく見当もつかない。


試されているような視線を向けられるても、ただのアラフォー間近なおっさん()だ。見た目は美少女だが、中身はおっさんである。

某探偵少年もびっくりするレベルで肉体と精神が乖離しているのは置いといて、天才でもなんでもない俺に分かるわけが無い、


「ふふふ、分かりませんよね。意地悪な質問をしてしまいました。それじゃあ答え合わせをしましょうか」


そう言うと鞍墾は屈み、俺と同じ視線で語り掛ける。


「答えは───貴女です」

「お、俺?」

「えぇ、貴女です。貴女がいたから私は戸籍を偽装してまで、あの会社に勤務していました。魔法少女委員会会長という怪人から命を狙われる立場の私が、命を賭してまで会社に行っている理由は貴女です」

「鞍墾の目的が・・・俺、だと?」


信じられない。

戸籍を作るのは簡単だと言っていたが、それでも手間は掛かるだろう。しかも命を狙われている立場なのにも関わらず会社へ向かう理由が・・・俺?


「信じられないのも無理は無いです。ですが───そうですね、これは運命と言っても過言ではないです。課長が生まれてから今も、この先も全てが運命であると」

「意味が、わからない・・・」


運命と言われても、俺はただ平凡に生きていただけだ。

モテない人生を送り、告白しても振られ、いつの間にかアラフォー間近。そんな俺のちっぽけな人生が運命の一つで片付けられるのは、何だか嫌だった。


俺の人生は俺だけのものだ。


「ふふふ、そんな顔しないでください」


いつの間にか頭に置かれた手が、ゆっくりと優しく動く。その度にくすぐったい感触が全身を駆け抜けた。


「っ、撫でるなよ」

「残念ですが私から全て教えることは出来ません。本名の下の名前なら全然大丈夫なんですけど」

「別に教えて貰わなくてもいいんだが。しかもなぜ下の名前?」


「私が呼ばれたいからです!それに課長ってば、上の名前しか呼んでくれないじゃないですか。だから下の名前で呼ばれたいなって」

「・・・はぁ、お前なぁ」


その言葉に強ばっていた肩から力が抜けるのが分かる。訳が分からないよ!と言いたい程の情報ばかりで頭がパンクしそうだが、幾分か冷静になれた。


こいつめ、これだけ意味深なことばっかり言っているのに、急に真顔で願望を言われても反応しづらいだろ。


だがまぁ、逆にこの状況は好都合だ。


俺が知りたいのは、俺が生まれたその先も運命であると言う鞍墾の目的と真意。別に名前だとかそういうのには興味がない。騙されたとも思わないし、大人である以上ある程度の嘘は必要だ。


対して鞍墾は、これ以上話すつもりはなさそうに俺を見つめている。つまり俺の出方によって対応を変えるということ。そして下の名前を知られたがっている・・・なんで?とは思うが、それも含めて探ればいいだけだ。


なら話は早い。


「よし、なら俺からも交換条件といこうか」

「あらあら、話は聞きますよ?」


案の定食い付いた。


「俺は鞍墾の下の名前を教えて貰って“あげる”代わりとして、お前の目的も教えて貰いたい」

「あげると来ましたか。ふふふ、いいでしょう。ですがそれなら、普段から私の下の名前を呼んでもらうことと、課長のことを伊織ちゃんと呼ばせて貰うくらいはして欲しいですね」


こいつめぇ!自分が圧倒的優位な立場にいるからと明らかに調子に乗っている。かといってここで断れば意味が無い。


・・・受けるしかないか。


「分かった。約束は破るなよ鞍墾」

「ええ。それと鞍墾ではありません。私のことは───陽音ハルネと呼んでください」


「・・・は、陽音ハルネ


「うふふふ!合格です!」


は、恥ずかしすぎる!

交換条件とは言え、自分より年下の女性を名前呼びするのは、顔に血が上るのを抑えられない。


くっ、アラフォー間近のおっさんだぞ俺は!?


火照る顔を隠しながら、指の隙間から軽く鞍墾・・・もとい陽音ハルネを軽く睨む。


しかしその張本人は何処吹く風とばかりに、嬉しそうに微笑んでいた。






「伊織ちゃん。貴女は魔法少女が集う学園に行ってください。そこへ行けばきっと、全てが分かります───あぁそうそう、制服はもう用意してありますから御安心を」


「は?」


何故か俺の身長とスタイルにピッタリあった制服を渡された。

俺は思わず陽音から三歩ほど距離を取って、身を抱きながら思い切り睨んだ。


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