おっさん、迷子になる
夜の帳が下りる。満月が雲の隙間から見え隠れする中、青色の炎が倒壊した建物から巻き上がった。
まるで蛇がとぐろを巻くように建物を囲んだ炎は、その中心で苦悶の雄叫びを上げる怪人を責め立てていた。
『ぐぁぁああ!?』
アスファルトやコンクリートでさえ容易く溶けてしまう温度に晒され、みるみるうちに溶けだしていく怪人の外皮。
さほど強くない有象無象程度の強さだが、腐っても怪人だ。普通ならばこのように一方的に攻撃され、尚且つ死にかけていることなど起こりえない。
そう、普通ならば。
青色の炎が怪人を焼いているその頭上、赤と青色が混じったコートに身を包み、立ち姿に似つかわしくないステッキを持った女性がいた。
「うるさい。もう少し黙って悲鳴あげて」
凍てついた眼差しで胡乱げに怪人を見つめ、片方の耳を抑えて文句を垂れる。もっとも、当の怪人は身を蝕む熱と痛みで聞こえるはずもないのだが。
『痛い痛い熱い熱いぃぃ!!!!』
「はぁ、黙ってって言ってるのに」
一向に絶叫を止めない怪人に片眉を上げ、ため息を吐いた。
少女は手に持ったステッキを軽快に振り回すと、怪人に向かってその先を向けた───瞬間、空へ届かんばかりの火柱が闇を割いた。吹き上がる青い炎がコンクリート、アスファルトの境をなくし、溶けだした溶岩のように流れていく。
「これで静かになった」
跡形もなくなった溶岩地帯を一瞥し、怪人を倒したという証拠を示す“ライブ機能”を閉じた。
原則として魔法少女は現れた怪人の特徴や被害、どのようにして倒したかなどを報告する必要があるが、中でも配布されたカメラを用いたライブ配信による状況報告が一般的である。
かく言う少女も例に漏れず、ライブによって一般市民と情報を共有しながら怪人を圧倒していた。
彼女が宿す『権能』は赤く燃えたぎる炎を超え、蒼く透き通った神聖な炎を自在に操るというもの。愛用のステッキと共に炎を身に纏い、怪人を骨の髄まで焼き尽くすことから人々は彼女のことを───『蒼炎』の魔法少女、“エンバースカイ”と呼んだ。
「仕事はめんどう・・・」
黒い夜空を背景に、ゆったりと地面に降り立つエンバースカイ。やがて彼女は消えゆく炎のように、その存在を消した。
───
──
─
「ふぁ・・・もう朝?」
エンバースカイと呼ばれる魔法少女の朝は遅い。
可愛いらしい人形達に囲まれた部屋で時計が八時を指し、越えようとした時に目を覚ます。当然、彼女が通う高校の登校時間には間に合わない。
だがそれでも、彼女は許されてしまうだけの美貌と実力があった。魔法少女をこなしながら、学業においても優秀な成績を収める彼女はまさに才色兼備。
彼女の名は───
「朝から
さて、そんな彼女だが一つ欠点があった。
それは異様なまでに面倒くさがりであるということ。
彼女は昨日倒した怪人に関する報告をしないといけないのだが、それすらも面倒くさがっているのだ。青色に輝く瞳は眠気を訴えるように瞼に覆われては開きを繰り返しており、依然としてベッドの上から出ようとしない。
「・・・行くか」
数十分ほど時間が経ち、瞼が完全に開いた穂乃火はベッドから下りる。その後も特に慌てることも無く服を着替えて朝食を摂り、ゆったりとした動作で家を出た。
「きれい・・・」
「アイドルか?」
「うわ、オーラが凄いわ」
ただ歩いているだけ、それだけでも彼女の容姿は注目を集める。青緑色の髪と澄み切った青空のような瞳は、見たものの視線を釘付けにしてしまうようだ。
そうして歩くこと数十分、足を止めた穂乃火の目の前には見上げても尚あまりある大きさを誇る巨大な建造物が聳え立っていた。魔法少女のみが持つ力である魔法少女ぱわーを用いないと入ることはおろか、見ることすら困難な建物。
そこへ慣れた足取りで入っていく穂乃火はいつものようにドアを開け、中に入ろうとする───が、彼女の歩む足を止める者がいた。
「・・・あの子、もしかして迷子?」
訝しげに見つめる彼女の視線の先には、建物へ入るドアの前でオロオロと挙動不審にうろつく少女の姿が覗く。中学生くらいだろうか?穂乃火と比べると十センチ以上の差がある。
ちょこちょこ動き回る様子が非常に可愛らしい。
「くそぅ、なんで俺だけここに来ないといけないんだよ」
銀色の髪と金色の瞳が不安そうに揺れ、大人ぶった口調で悪態をつく姿。
「可愛い・・・」
不思議と穂乃火は自身の心拍数が跳ね上がったのを感じた。否、不思議というには少し違うのかもしれない。
炎城穂乃火という女子は可愛い物好きだ。人形に囲まれた部屋などからも分かる通り、可愛いものを見つけると“集めたくなる”という収集癖も持っている。
とはいえその矛先はあくまで無機物。
彼女が通う学校も制服が可愛かったから受験したに過ぎず、同じ魔法少女はおろかクラスメートとも馴染むつもりはなかった。
その、はずなのに。
「黒白のやつめ、遅刻しやがって。こんな広い所に一人とか・・・ち、ちょっと怖いじゃねぇかよ」
目の前の少女から目が離せない。
不安そうな顔も、不機嫌そうな言葉も、ビクビクと震えている情けない姿も、その全てが可愛らしいと思ってしまった。
だからふと、声を掛けてしまう。
「君、迷ってる?」
「へっ?い、いや別に迷ってないが」
「そう、それにしてはさっきから挙動不審。もしかして新人の魔法少女?」
「魔法少女・・・ぶ、部分的にそうだ」
何を言ってるんだろうかこの少女は。と、穂乃火の脳内を駆け巡る疑問。
びくびくしながら右往左往しているのに迷ってないと言い、新人かと問えば部分的にそうなどと宣う。
穂乃火の優れた頭脳でも、少女が何を言いたいのか一切分からなかった。
(“極微量”な魔法少女ぱわーを感じる・・・?でも注意しないと分からない程度の量。魔法少女と呼ぶには脆弱すぎる)
少女の身に宿る魔法少女ぱわーは、平均的な魔法少女と比べても下の下の下。『蒼炎』の名を冠する
しかし何故だろう、穂乃火は目の前の少女から目を離すことが出来なかった。
「貴方って不思議・・・目が離せない」
「は、はぁ?」
穂乃火の方が少女よりも身長が高いため、若干上から見下ろすような立ち位置。煌びやかな銀髪の少女は、困惑と少しの恐怖が混じった眼差しで穂乃火と対峙する。
(可愛い。威嚇してくる仔犬みたい)
効果 は 抜群 のようだ ! ! !
彼女の好みドストライクな可愛さを誇る少女の眼差しは、更に穂乃火を暴走させる歯車と化した。
怜悧な顔とは裏腹に、少女を愛でたいという不純な動機を持った穂乃火は手をワキワキと動かし、ジリジリと少女に歩みよる。一方でにじり寄られている少女は顔を青くして逃げ出そうとするが・・・後ろは壁である。
トン、と優しい衝撃が背後に走り、背後が壁であることに気付いた少女の顔はまさに絶望した表情であり、追い詰められた哀れな草食獣と似た雰囲気を醸し出していた。
「もっと顔見せて?」
「っひ!?お、おいちょっと!何するんだよ!?」
「だめ、動かないで」
「ひゃい・・・」
少女───もといアラフォー間近のおっさんは、自分の半分も生きていないような女の子に完・全・敗・北した。
年齢に直せば、おっさんが高校生に言い寄られているという非常にインモラルな光景。姿が少女じゃなければ普通に事案である。
そんな少女相手に顎クイし、壁ドンまで決め込んだ穂乃火はじっくりと間近で顔を観察する。プルプルの頬っぺと真っ白な肌に手を滑らせ、見るものを虜にする金色の瞳と見つめ合うこと数分。
満足した表情を浮かべて心ゆくまで堪能したした穂乃火は、されるがまま無抵抗になっていた少女から身体を離し、電話番号が記載された魔法少女IDと呼ばれる名刺のようなカードを取りだして少女に手渡す。
「困ったことがあったら言って。力になれるかは分からないけど、手伝うから」
「ど、どうも?」
呆気に取られた少女だが慣れた手つきでしっかりとカードを受け取り、頂戴しますと穂乃火に告げた。
(面白い。この子、まるで社会人みたい)
受け取り方も拝見の仕方も、どことなくサラリーマンが名刺のやりとりをしているような作法で思わず笑ってしまう穂乃火。きっとクラスメート達が見れば、その可憐な表情にノックアウトしかねないだろう。
「それじゃ、頑張って。新人魔法少女さん」
今日はいいことあった。
軽快な足取りで建物の中を進んでいく穂乃火は可愛らしい少女のこと思う。不思議な子だったが、きっと悪い子ではない。
もしも次会う機会があるのなら、その時は仲良くなりたいなと想像に胸を膨らませるのだった。
「俺ってロリコンじゃないよな・・・?」
対して純粋無垢な少女の毛皮を被ったおっさんは一人、自分がロリコンではないと自己暗示を必死にかけていたらしい。あとから合流した黒髪の少女がブツブツと言葉を呟き続ける彼女に気付いて悲鳴をあげるまで、自己暗示は続いていたという。
☆★☆★☆★
「もう!救世主様ってば、もう早速タラシ込んだんですか?」
「んなっ、失敬な!命の危機を感じたんだぞ」
「あいたっ!?」
遅れてやってきたのにも関わらず失礼なことを口走る黒白にデコピンをかまし、魔法少女の登録をするという場所まで足を進める。
今現在俺は、
タラシ込んだとか抜かす黒白の発言はさておき、建物が巨大すぎて迷子になりかけていた時に話し掛けてきた女の子が、実はあの有名な『蒼炎』だと知ってビックリしていた所だ。
何でも彼女は、他者との関わり合いが極端に少ないらしい。
そんな子がいきなり俺に積極的に話しかけた挙句、連絡先まで教えてくれたと説明すると俺以上に驚いたのが黒白である。疑問に思うのは何故彼女が話し掛けてくれたのかという点だが・・・まぁ、たまたま気が向いていたとかだろう。
思春期女子の心情を考えろとか、アラフォーのおっさんである俺には到底正答出来ない問題だ。
「参考程度に聞くが、魔法少女の登録ってどんなことをするんだ?」
「んーとね。偉い人と会って話を聞いて、自分の能力についてしっかりと造詣を深めて・・・終わり!」
「え、そんだけか。想像より早く終わりそうだな」
もっと力の制御方法とか、大いなる力には大いなる責任が伴う的な話を延々と聞き続けるのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
まぁ、まだまだ青い蕾の子供たちに責任云々は早すぎる。
そういうのは大人が責任を負うものだ。見た目子供の俺が言っても説得力は皆無なんだがな。
「ん、着いたよ!ここに
その後も他愛ない世間話をしていると、大きな扉の前で黒白の足取りが止まった。
どうすればいい?と顔を見つめれば、目線だけで「中に入っていいよ」と促される。どうやら俺一人で入らなければいけないらしい。
「やべぇ、なんか緊張してきたぞ」
まだ若々しかった頃に挑戦した会社の面接時の様な緊張が走る。恐る恐るトントンと扉を叩いて待っていると、「どうぞ」と女性のソプラノボイスが聞こえてきた。
浮き足立つ気持ちを抑え、扉を開けて中に入る。
落ち着け俺、こういうのは冷静沈着に済ませばいいんだ。難しいことじゃない。何より緊張で話せない方が、目の前で豪華な椅子に座った女性に悪印象を与えかねない。
そう思っていたのだが───。
「こんにちは、魔法少女“ヴァージニティー”さん」
気のせいだろうか?
俺はこの心地よいソプラノボイスに聞き覚えがある。会社に出勤すれば聞かなかった日はないし、俺の係の部下として、何度も何度も聞いたことがある声だ。
・・・いや、そんまさか。こいつがここにいる筈がない。
脳内を駆け巡るおかしな考えを自嘲しながら頭を振って、部屋の中心に置かれた椅子に座った。
だがそんな考えをよそに、目の前の女性は顔を上げて俺にニッコリと微笑んだ。
「いえ、こう言った方が親しみ深いかもしれませんね───課長?」
「───嘘、だろ?なんでお前がここにいるんだよ・・・」
「なぁ、鞍墾」
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