おっさん、少女に看病される

「なぜこうなったんだ・・・」


「ふへへ、さすが救世主様だよ!」


尻尾を上機嫌に揺らす子犬のように抱き着いてくる魔法少女、サヴェンダー。土手っ腹に空いた傷は修復され、服も魔法少女ぱわーとかいう奴で勝手に治るため、何事もなかったように元気に飛び跳ねている。

真正面から抱き着かれているためかなり息苦しい。


端的に言おう。めちゃくちゃ懐かれた。


何故だ、俺は庇ってくれたお礼にお腹を治してあげただけなのに・・・まぁ治したというのも俺の力ではなく、魔法少女としての力の方が近いけどな。


───魔法少女、なれちゃったなぁ。


この姿を見て、俺の部下たちはどういう反応するだろうか?鏑木や鞍墾なら心配してくれる・・・いや、鏑木は興奮するだろうし鞍墾なら笑って弄ってきそうだ。


よし、あの二人には近寄らんようにしよう。特に鏑木、お前はダメだ。


「どうしたの?」

「いや、会社の部下にこの格好を見せる訳にはいかんなと」

「えー?でも見せないのは勿体ないよ!すっごく可愛いのに」


「ヴッ!?」


悪気のないサヴェンダーの一言で、胸元に強烈な一撃が入った。アラフォー間近のおっさんが可愛いとか、もし俺が他人なら吐き気を催しているに違いない。


確かに見た目は可愛いと思う。神々しく輝く銀色の髪と美麗な金色の瞳、くすみ一つない白い肌。魔法少女に変身している今は、よりその美しさに磨きがかかっていた。


あぁ可愛いのは認めるさ。だがそれが自分なのが納得いかん!!!


なんだこのフリフリした可愛らしいドレスは!バージンロードを歩くわけじゃないんだぞ!?しかも肩から首に掛かってふわふわ浮く羽衣?みたいな奴が擽ったくて仕方がない!


声に出さない不満が出まくりである。


「それにさ〜、可愛いだけじゃなくてとっても強いのも凄いよ?まさか私の身体を治しちゃう上に、怪人も簡単に倒しちゃうなんて思わなかったもん!これも運命なのかな〜」

「はん!中学生が運命とかカッコつけやがって・・・」

「む、私こう見えても高校生だよ?まだ一年生だけどねー!」


なんだって?信じられない言葉に思わずサヴェンダーの方を見れば、「本当だってば〜」と更に抱擁を強くされた。疑われたのが気に食わないらしい。


この際身長はいいとして、性格的にもまだまだ未成熟な中学生にしか見えなかった俺は面食らった。単純というか子供っぽいというか、普通は高校生になると思春期特有の純粋さがなくなってくるものなんだがなぁ。


まぁ高校生になっても尚純粋だからこそ、まだ魔法少女をすることが出来ているんだろうな。そうなると不純の塊の俺が変身出来る時点でおかしいが・・・何事も例外はある、そういうことにしておこう。


「なら悪いことを言ったな。高校生だとは知らなかった。いや、そもそも自己紹介すら済んでなかったよな?」

「そうだっけ?」

「あぁ、自己紹介する暇もなくいきなり連れてこられたからな。しかもいつの間にか女の子になってるし、確認もなく空中飛行させられるし、挙句の果てには俺を庇って死にかけるし。おっと、別に気にしてる訳じゃないぞ?」

「め、めっちゃ気にしてるじゃん・・・」


別に全く一ミリも気にしていないし、大人だから子供の間違いは笑って許すのが当たり前だしな。


「い、いふぁいよぉ!笑顔でほっぺもまなぃでぇ!」

「おっといけない、今になってまた怒りが」


涙目になっているサヴェンダーの頬から手を話し、簡単な自己紹介をした。

俺がアラフォー間近のおっさんであること、女性経験が豊富であること、部下がいること、女性経験が豊富であること等など。数分かけて話終えると、今度はサヴェンダーが自己紹介を始める。


「私は知っての通り、『逆転』の魔法少女サヴェンダー。本名は黒白クロシロ 明夏メイカ!そこら辺の高校に通ってる一年生だよ〜。ちなみに救世主様が気になってると思う彼氏はいません!やったね!」

「寝言は寝て言え。娘くらいの年齢の子供のことが気になるわけないだろ」


とはいえ天真爛漫な性格と端正な顔、秀麗な黒髪黒目をしているんだから同世代からはモテまくりだろう。

もし俺が高校生だったら告白して玉砕してたな。振られちゃうのかよ。


振られるという単語に学生時代のトラウマが脳をよぎるが、今はもう立派な大人である。見た目は完全な女児だし、よく分からん魔法少女に変身できるが大人である。


「ところで救世主様、話したくないならいいんだけどさ。どうやって私の傷を治してあの怪人を倒したの?」

「いやそれがな・・・俺もよく分からないんだよ。治れって思ったら治ったし、ぶっ殺すっておもってぶん殴ったら敵が吹き飛んでた」

「わ、わーお。一旦離れていい?」


そう言って俺から距離をとるサヴェンダー・・・否、黒白。かくいう俺自身も半ば無意識でやっていたことなので、自分が怖いというのが本音だ。


この力が“大”魔法少女に変身したせいなのか分からないが、頭にじんわりと浮き上がってくる『権能セレスティアル』はとんでもない性能をしていた。

その名も───『純粋チェリーボーイ』。ご丁寧にルビまで振ってある巫山戯た名前の権能だが、効果は強力無比だ。


「純粋さに応じて想い、願いをカタチにする、ねぇ」

「すっごい権能だねそれ。しかも桁違いの魔法少女ぱわーがある救世主様が持ったら、出来ないことはないんじゃない?」


いやはや、我ながらありえない能力である。純粋さに応じての部分が不安なのを差し置いても、使いこなせる気がしない。その証拠として怪人をぶっ倒した余波で、後ろの地面やら山やら大地やらが吹き飛んでいるからだ。


しかも上空には、何故か七色に明滅するオーロラのようなものがうねうねと輝いているし・・・本当にどうしてこうなった?


パタパタと虹色の空を浮遊する報道ヘリを見ながら、俺は頭を抱えた。


☆★☆★☆★


「もうこんな時間かぁ」


時計の針が時間を刻む中、自室のベッドの上で俺は力なく横たわっていた。あの後、黒白の協力もあって無事に家に帰れたのはいいものの、変身を解除した途端にとんでもない筋肉痛に襲われているのである。


曰く初めて魔法少女に変身する人にはありがちな事だと黒白は言っていたが、手を動かすのにも億劫なので頭に入らなかった。


「あ〜あ、会社に報告するの忘れるとは。俺の穴を埋めるために部署は大忙しか・・・とんでもない迷惑を掛けてしまった。鏑木と鞍墾にも悪い事をしたなぁ」


なんとか辛うじてスマホを懐から取り出しメールを確認すれば、会社以外にも鏑木と鞍墾から数件メッセージが来ていた。内容はどれも俺を心配するもので、早く返信して欲しいとのこと。


自分で言うのもなんだが、慕われてるなぁ俺・・・いや、さすがにキモイか?とはいえ連絡するにしても、会社の始業時刻はとうに過ぎている上に、朝起きたら女の子になってました!とか宣えば即お医者さん頭の行きだ。


ダメだ、頭が回らん。運動してないツケがこうまで回ってくるとはな。

あんまり嗜まないが、煙草や酒は控えたが良さそうだ。見た目中学生の女の子が煙草を吹かしたり酒を飲みまくってる絵面も避けたいしな。


ということで取り敢えず風邪を引いて寝込んでしまっている、と会社と部下達に連絡を入れた。


暫くして、コンコンと部屋のドアが叩かれる。


「救世主様、お部屋入るね〜!」


ドアが開く音ともに中に入ってきたのは、サヴェンダーこと黒白 明夏。その手にはお盆が握られており、簡易的なお粥が乗せられていた。

俺を危険な目に合わせてしまったという負い目を感じているらしく、お詫びとしてお粥を作ってくれたようだ。


「まさか年下に看病されるとは・・・」

「ふふん!見た目は完全に私の方がお姉ちゃんだけどね?」

「く、悔しいっ!」


身長は俺の方が高かったはずなのに、少女になってしまったせいで完全に逆転されている。悔しい気持ちを抱きながらもベッドの横に置いてもらったお粥を掴み、食べようとするが・・・上手くいかず失敗に終わった。


ふと、黒白から嫌らしい笑みを向けられる。


「なんだよ、何か付いてるか?」

「んーん?ただ食べれないなら食べさせてあげようかなーって」

「やめてくれ、恥ずかしさと情けなさで死にたくなる」


しょうがない、せっかく作ってもらったがお粥は一旦置いておこう。

筋肉痛で震える手を動かして、お粥をこぼさないように近くのテーブルへと移動させた。


そこへ突如、一本のメールが届く。


「んぁ?なんだよこんな時に・・・って鏑木じゃないか」


差出人は鏑木。何かあったか?と疑問に思いながらメールの内容を確認する。メール画面を開いた途端にそこそこの長文が見えて面食らうが、最初から読むべく一番上までスクロールした。


そこに書いてあった文面は───。


『先輩、お大事にっす!そんな先輩に朗報なんすけど、新しい魔法少女がまた現れたらしいんすよ!その名も純粋の大魔法少女、ヴァージニティーちゃん!銀色の髪と金色の』


俺はここでメールを閉じた。

メールにまで独特な喋り方を取り入れるなとか、誰がそんな名前ヴァージニティー付けたとか色々言いたいことはあるが・・・それよりも、何故俺の魔法少女姿が露見している?


あの場にいたのは俺と黒白、そして後からやってきた報道ヘリだけ。報道ヘリってあんなに離れた距離から俺の姿を撮れるのか?


いいや、だとしても純粋の大魔法少女なんて呼び名、黒白の前でしか名乗ったことが・・・いやいやまさかそんなわけないよな。黒白を疑うなんて俺も相当疑心暗鬼になっているようだ。冷静になった方がいいな。


燻る気持ちを抑えて深呼吸をする。だがそんな俺の行動も虚しく、黒白が決定的な発言をしやがった。


「あ、そうそう。私が撮影してた救世主様が活躍してる動画がすっごくバズってたよ!」


「っすぅーーー」


コイツだったわ。


バズる?とかいう単語の意味はよく分からんが、撮影者が黒白なのは間違いない。怒りに任せてそのまま頬を揉んでやろうかと思ったが、筋肉痛でそれどころじゃなかった。


あぁ、願うのなら黒白に天罰を。

そう願った瞬間、結構な鈍い音と共に足を抑えて蹲る黒白がいた。


「あいたっ!?な、なんで?今小指ぶつかる角度じゃなかったのに!」


なるほど、これが『純粋チェリーボーイ』の力か。使いにくいと思っていたが案外使い易いかもしれない。それはそれとしてめっちゃスッキリである。


「む、もしかして救世主様、魔法使ったね?」

「知らんなぁー?」

「ふふん、誤魔化すならこうするもん」

「っ、おい!上に乗っかるなよ!」


流石は強いと自称する魔法少女。『純粋』の権能による魔法の行使もバレてしまうらしい。腹いせとして上に乗っかられて圧迫される。しかもコアラの如く抱き締めてくるため、息苦しくて大変だった。


面倒臭いことこの上ないが、俺にも娘がいたらこんな感じなのかもしれない。想像したら怒るに怒れなくなった。解せぬ。

そうして暫く抱き締められていると、またもやスマホがなり始めた。


「あれ、スマホ鳴ってるよ?」

「多分俺の後輩だ。ってあれ、知らない番号からだな」

「どれどれ〜?・・・ゔぇ、まさか」


鏑木か鞍墾辺りを想像していたが、掛かってきたのは記憶にない番号。黒白の反応からして嫌な電話に違いないが、取らない訳にもいかない。

恐る恐る電話に手をかけ、通話ボタンを押した。


「は、はい。どちら様でしょうか?」


我ながら結構ビビっていたと思う。直感とでも言うべきか、この電話を取るべきではないと錯覚してしまうほど、スマホを手に取った手が重く感じた。


そして俺は、その直感が正しかった事を知る。


『もしもし、こちら─── 魔法少女委員会W.G.B.です』








☆★☆★☆★☆★☆★☆★



能力詳細


純粋チェリーボーイ

・“純粋な心”に応じて、自身の想いや願いをカタチにすることが出来る。


非常に強力かつ規模の大きい権能。純粋であればあるほど効果が増し、他の魔法少女の『権能』を再現することも可能。但し変身する条件が厳しく、魔法を使う度に膨大な魔法少女ぱわーを消費してしまう。変身者にも強いストレスを与えてしまう可能性あり。




こんにちは作者です。

分かりにくい設定を少しだけ説明致します。


魔法について。

権能の能力のことを魔法と定義しています。

例えば『逆転』の権能を使ったとして、逆転の力によって空を飛んだり場所を逆転させたりすること等々を魔法を使う、と言います。

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