おっさん、頭を撫でられる

「・・・なんで俺がこんなことを」


ため息を吐きながら、少し汚れた廊下をモップ掛けする。呆れるほど長い廊下は幾重にも枝分かれしていて先が見えない。


いったいいつ終わるんだ・・・。


吐き気のしそうな仕事量に辟易してモップを持つ手を止めそうになるのを抑え、俺はゆっくりと時間をかけてモップで廊下を綺麗にしていく。

お陰で来ていた制服に汗が籠って非常に蒸し暑い。


「陽音のやつ、話が違うじゃねぇか」


滴る汗を拭いながら、に来る原因となった元部下のことを思い出す。


アイツの話で俺は魔法少女達が集う学園へ行くことになっていた。そして実際に今、件の学校であるユーゲント学園に赴いているのだが・・・何故かこうしてモップ掛けをさせられている。


俺の予想では、同じ魔法少女達(自分が魔法少女であると認めるのは癪だが)と一緒に授業を受け、魔法少女の何たるかを教えて貰えるのだと思っていた。

そのついでとして、陽音の目的や俺の運命についても分かるのだと。


しかし蓋を開けて見れば、学園長からユーゲント学園の清掃についての話が始まり、ポイ捨てや喧嘩などの問題、所属している魔法少女達の危機管理などエトセトラ・・・いやな、おかしいとは思ってたんだよ。


渡された制服も小さくなった俺にピッタリな可愛らしいものだったが、他の子が着ている制服と比べて微妙に意匠が違うし。

教室に案内されると思って学園長について行けば、数多くある教室を素通りして用務員室みたいなところに連れていかれるし。

挙句の果てには「はいこれ」と当然のようにモップとバケツを手渡されるし。


「くそっ、全然終わんないじゃないか!!!」


あーイライラする!主に騙された自分の不甲斐なさに!


考えてみれば、純情な少女たちと汚れきった大人である俺が、同じ学び舎を過ごせるわけが無い。そう考えていた俺がおかしいだけである。


大人である以上は、取引や条件の中にある真意に気付かなければいけない。それに気付けなかった時点で相手の術中に嵌っているからだ。大人には行動の一つ一つに責任が伴う・・・だからこそ慎重に物事を見極めるべきだが。


「・・・年下にやり込められるとはな」


流石はかの有名な魔法少女委員会WGBの会長サマだ。

まぁでも?次は?逆にやり込めるつもりだがな?


とはいえ、なかなかこの作業も大変だ。

魔法少女に変身して、綺麗になっちゃえ!と願えばすぐに綺麗になりそうではあるが、学園にいる間は変身して欲しくないと陽音は言っていた。


俺の魔法少女ぱわーが強力すぎて、他の魔法少女達が怯えてしまう可能性があるらしい。いやなんだよそれって話だが、黒白の『逆転』を使って普段から魔法少女ぱわーが漏れないようにしても、微弱ながら漏れてしまうらしい。


全力でやれば抑えられるが、魔法少女サヴェンダーとして怪人怪獣を倒せる余力を残すとこれが限界とのこと。


まぁ俺は自分の魔法少女ぱわーなるものもよく知らないんだけどな。


「やったぁー!昼休憩だぞぉー!」

「こら、走ると危ないよ?」

「ふふん。お腹空いてるのに悠長に歩いていられるか!」


半分にも差し掛かっていない廊下を遠い目で眺めていると、やたら騒がしい少女二人組が歩いてくるのが見えた。


大魔法少女に覚醒したお陰で、遠く離れていても会話は聞こえる。そこから察するにどうやらもうお昼時らしい。かなり長い間掃除をしていたようだ・・・お腹減ったなぁ。でも購買の場所とか分からないし、そもそもここから離れてもいいのか?中途半端にやって放置するのは気が引ける。


部長・・・納期・・・徹夜・・・うっ、頭が!?

危ない、若い頃に体験したトラウマを呼び起こすところだった。


過去の忌々しい記憶を封印するように頭を振ってモップを握る手の力を強めた時、前から歩いてきた少女二人のうち一人が声を掛けてきた。


「む、見ない顔だな。もしかしてお前、新しい用務員か?御苦労様だな」

「へっ?あ、あぁこんにちは。君の言う通り新しく配属された用務員だ。宜しくね」

「うむ、くるしゅうない」


やたら偉そうなガキンチョだが、学校で働いている用務員の顔を覚えているのは素直に凄い。俺の時なんか偶に担任の先生の名前すら忘れていたのに・・・。


「新しい用務員さん?それにしてはやけに小さいような・・・もしかして迷子ですか?」

「オホンッ!何か言ったかな?」

「ひぇっ、ごめんなさい!」


今の俺に小さいという言葉は禁句だ。

確かに見た目は幼いかもしれないが、れっきとした大人(ここ重要)である。それを分からせるために、偉そうにしているガキンチョのそばに居た大人しそうな子にありったけの笑顔で聞き返すと、涙を浮かべて怯え始めた。


訂正しよう。この程度のことでイラッと来ている時点で、俺もまだまだ子供のようだ。


女の子を泣かした罪悪感がとんでもない。やはり仲良くなるためにも、ここは謝っておくべきだろう。


「す、すまない。こう見えても俺は立派な大人なんだ。とっくの昔に成人しているし、君たちよりも二回りほど歳を重ねてる」

「えぇ!?こんなに小さくて可愛らしいのにですか!?」

「ふむ、驚いたぞ。てっきり私も幼女に用務員をさせているのかと思っていた」


「幼女・・・ぐふっ」


ぐさりぐさりと体に刺さる鋭い刃に泣きそうだ。アラフォー間近のおっさんである俺に対して、今の言葉全部がクリティカルヒットだよこんちきしょう!


一応言っておくが、俺の見た目は身長が低めな中学生くらいである。同じく低めな黒白と比べても低いが、小学生ではないという程度。

つまり幼女ではない、ではないんだが・・・そんなに幼く見えるだろうか?


「あ、ごめんなさい!別に傷付けるつもりはなくて・・・その、可愛らしいなって言うか・・・頭撫でてもいいですか?」

「いいわけないだろ」

「そこをなんとか!先っちょ!先っちょだけなので!!」

「・・・由良お前、もしかしてその気があるのか?」

「ちょっ、風夏ちゃん!?私はただ可愛い子を愛でたいって思っただけだよ!?」


まるでエロ同人のように頼み込む大人しそうな少女をジト目で見つめると、分が悪いと察したのか残念そうに眉を下げた。

何を以て撫でていいと考えたのか分からないが、年下の少女に撫でられる趣味は無いのでお断りさせて頂く。


「そうですか、残念です・・・」


断った瞬間、偉そうなガキンチョから由良ユラと呼ばれた少女はどんよりとした雰囲気を纏い始める。


ど、どんだけ撫でたいんだよ。


『蒼炎』の魔法少女といい、怪人達から社会を守ってくれている魔法少女達は、普段から何かを撫でたい欲求でもあるのだろうか。

だとしたら・・・ううむ。怖がらせてしまったようだし、ここは大人として子供の我儘を聞いてあげるのが正解なのでは?


よし、なら腹を括るか。


「あー、その。そ、そんなに撫でたいなら、少しくらいなら・・・いいぞ?」

「っ、ほんとですか!?」

「んな!?し、正気かお前っ!?」

「・・・少しだけならな」


これも大人の勤めである。

この子達もまだ幼いのに、命を懸けて俺たち一般人を守ってくれているわけだしな。


よく考えたら、これくらいしてあげるのが当然かもしれない。


「じゃ、じゃあイキますよ・・・?」

「ん、あぁ。いつでも来てくれ」

「痛かったら言ってくださいね」

「分かった。でも、あんまり乱暴にはしないで欲しい・・・」


「・・・何を見せられてるんだ私は」


ふわり、と頭に置かれた柔らかな手。

その手が迷いがちに労り撫でるように、頭の上から滑り落ちていく。そしてまた頭のてっぺんへと戻り、再び同じ動作を繰り返される。


誰かに頭を撫でられるのは小学生ぶりで、少し気恥しい。


「何故でしょう、こうして撫でているだけで何だか落ち着きます」

「そ、そうか・・・」


やはり魔法少女は何かを撫でたがる習性があるようだ。


何度も頭上を往復する柔らかな手に撫でられながら、暫く大人しくその手を受け入れてると、偉そうなガキンチョ───確か風夏フウカと呼ばれていた───が急にソワソワしだした。


撫でられ続けている俺と自分の手を見比べだし、意を決したように俺の頭に手を置いた。


「おぉ、これは確かに・・・」


ガキンチョ、お前もか。


とはいえクールで気が利く男である俺は敢えて何も言わない。それと魔法少女は撫でたがりという説がほぼほぼ確定したが、これを鏑木に伝えたらなんというだろうか?


アイツなら・・・尊いっす!って言って気絶しそうだな、間違いない。


「っと、そろそろいいか?」


時計の針が五分以上経過したのを確認し、上に置かれていた手を優しくどける。その時に聞こえた「あっ」という二人の声は聞かないことにしてあげた。


名残惜しいかもしれないが、俺だって目的があるしな。


「え、えぇ。ありがとうございました」

「・・・時間を取らせてしまったようだな。感謝するぞ」


「いやいや、普段から怪人相手に頑張っている君たちのためなら、これくらい仕方ないさ」


そう言って少し恥ずかしそうにその場を離れる少女二人に手を振りながら、俺は作業を開始すべくモップを手に取った。


恥ずかしがっている所は、友人から聞く思春期の女の子と一緒だ。やはり魔法少女と言えど、中身はただの人間に変わりない。

見た目や身体機能に差があろうとも、一人の年頃の少女なんだと思うと少し胸が温かくなった。








「で、楽しかったですかな?───大甘伊織さん」

「あっ、すぅーーー」


やっぱり仕事をサボるのは良くない。

アラフォー間近にして、不機嫌そうな学園長に睨まれながら俺は改めてそう思った。

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