またどこかで会うような予感がする

「頼まれたのは牛乳と砂糖と……なんだっけ」


 翌日、美弥乃に頼まれた買い出しの内容を思い出しながら、近くのスーパーへの道を紫苑は歩く。


「君……おい、そこの君。ちょっといいかい」


 その時、紫苑とすれ違った男性が振り向いて彼女を呼び止めた。


「何か……?」


「君、今その店から出てきたね。店の従業員か何かかな」


 ネクタイの結び目を執拗に触りながら、男はじっと紫苑を見下ろす。


「違いますけど……」


「今日、店は定休日のはずだ。客が出入りできるはずがない。つまり君は従業員……そう思ったんだが、違ったかな」


 紫苑は悟った。この男は、店の周辺を嗅ぎ回っている。彼女の目に、男はいっそう怪しく映った。


「二階に居候させてもらっているだけですけど。それで、用件はなんですか? 用がないならもういいですか」


「まあそう警戒しないでほしい。全く彼女にそっくりだな」


 男は目を細めて両手を胸の前で振り、否定の意を表した。


「店主は、いるかな」


「……」


 紫苑は目の前の男を信用するか否か、その目をじっと見つめたまましばらく黙っていた。

 店主は今、急用があるそうで店にはいない。だがそれを男にそのまま伝える義理もない。何より誰とも知らない人に美弥乃の行方をあれこれ話すことはできかねた。


「店主は今、店にはいません」


「ほう。どこに行ったか分かるかな」


「知りません。それに誰だか分からないような人に、彼女の居場所を教えるつもりもありません。大体彼女の知り合いなら、直接連絡をとればいいんじゃないですか?」


 紫苑は語気を強めて、目の前の男を睨む。


「はは、店の関係者は全員そんな、狼のような目つきなのかい? だがそれもそうだね、君の言うとおりだ。日を改めて、また来るとしよう」


「あの。名前を聞いても?」


 去ろうとする男に、紫苑は凛と鋭い声を放つ。


「……ふむ、いいだろう。なんだか君とは、これからまたどこかで会うような予感がする。一度しか言わないからよく聞きたまえよ」


「いいから早く言いなさいよ」


「コホン。僕の名前は」




「無事だったの? どこも怪我はない? 触られたりとか」


 店に帰ってきた美弥乃は、紫苑からその男性の名前を聞いて慌てた様子で紫苑の体を執拗に調べ始めた。


「えっ、ちょ、美弥乃さん? どうしたの」


「あ……やっぱり」


 美弥乃の手には何やら小さな黒い機械が握られている。


「え……これは?」


「盗聴器よ、あなたの首元に仕掛けられていた」


「え、ええ!? こわ……!」


 紫苑は自らの両腕を抱いて身震いをした。盗聴器を仕掛けられていたとは、まさか思いにもよらない。


「やっぱり朝奈の情報は正しいのね……」


「美弥乃さん……平気なの? 何か危ないことに巻き込まれてるとかじゃないよね?」


 紫苑は考え事をするかのようにどこか一点を見つめる美弥乃の視界に無理やり入って彼女の瞳を覗き込んだ。


「大丈夫よ、紫苑の心配には及ばないわ」


「でも……」


「いいから。買い出しありがとうね、助かったわ」


 詰め寄る紫苑をそっと手で制して、美弥乃は店の奥の厨房へと姿を消してしまった。


「どうしてここが分かったのかしら……あいつらの目に気づかなかったなんて、私も廃れたものね」


 厨房に立ちすくんで独りごちると、美弥乃は手の中の盗聴器をそっと握りつぶした。

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