なかなかやるじゃん
五月も半ばになり、紫苑は夜、街中をふらつくことが多くなった。
「ちょっと出かけてくる」
「紫苑、どこに行くの?」
「散歩だってば、心配しないで。なんかあったら逃げるし助けも呼ぶ」
美弥乃が心配そうに見つめる中、紫苑はそそくさと店を出て夜の街を歩き出す。
美弥乃には黙っているが、紫苑はこのところずっと、アンデッドと接触していた。
理由は単純で、強くなりたいからだ。
デッドイーターの能力値は死んだ命を喰べれば喰べるほど増していく。
いわばそれは、ゲームでのレベル上げと大差ない。デッドイーターにとってレベル上げの効率がいいのはもちろんアンデッドだ。だからアンデッドを喰らうべく夜には街を散歩するという名目で実際は狩場へ赴いていた。
人気の少ない路地を歩いていると、夜の闇に紛れうずくまる男性の影が見えた。紫苑に気づいて振り向いたその口元には、赤い血がこれでもかと塗りたくられていた。彼の膝元にぴくりとも動かない人間の死体が転がっている。
「っ……誰だ、貴様!」
「……デッドイーター」
アンデッドは一瞬だけ目を見開くが、すぐにそれを細めて言った。
「てめえが最近ここら辺を彷徨いてるって噂の……はっ、ただのガキじゃねえか」
紫苑は空中に手を掲げると、どこからともなく片手剣を出現させた。これは暁斗から教わった能力だ。
普通の刃物ではアンデッドの体に傷ひとつつけることはできないが、デッドイーターがその生まれ持った能力で術式を付与した武具はアンデッドに太刀打ちできる。
暁斗から受け取った片手剣を鞘から音高く引き抜くと、鋼の刀身が冷徹な目と焦燥の目とを表裏に映す。男は目を怪しげに光らせ、両手の指先から先端の鋭利な凶器をニュッと生やした。
夜、繁華街の路地裏にて。月明かりの下に対峙した両者は、一斉に間合いを詰めた。
一方は時代錯誤も甚だしい鋼の剣を。もう一方は毒々しい赤色の爪を光らせ、お互いに自らの武器を振りかざす。
「っ……!」
紫苑の剣は迷わず相手の首根を捉えその一点に引き寄せられるが、寸前で躱される。
「甘いな、ガキが」
まっすぐ突きを繰り出したことで紫苑の体は隙だらけとなる。その隙を、アンデッドが見逃すはずもない。
「……そっちがね」
しかし紫苑には、ある程度予測できる展開だった。軽々と身を翻し、無防備だったはずの背中は影へ身を潜める。驚いた顔でいるアンデッドを、その表情ごと左足で蹴り飛ばした。
「ぐはっ……!」
アンデッドの眼球は天を向き、口から赤黒い血が吐き出される。
そして彼女の握る刀身は、なんの迷いもなく彼の脳天を鋭く貫いた。
「へぇ、なかなかやるじゃん」
アンデッドの鮮血を浴びて真っ赤に染まる紫苑に、暁斗が背後から声をかける。
「いたなら手伝ってくれてもよかったのに」
「それやったら弟子の成長を邪魔しちゃうだろー?」
アンデッドの頭から片手剣をずしゅりと抜いて、紫苑は暁斗の方をじろりと振り返った。
「……おい、そんな怖い顔すんなって。血を浴びてるから余計怖いんだよ」
紫苑と暁斗がこういう日々を送るようになったのは、一週間ほど前からだ。
紫苑は暁斗に、「戦い方を教えてほしい」と直談判した。暁斗は紫苑を厳しい目で見つめていたが、「まあ俺がついてる時ならアンデッドと戦ってもいいだろ」という楽観的な判断でその進言を了承した。
以来二人は夜になると街に潜むアンデッドを狩り歩いていた。
「それにしても、一週間でよくこれまで戦えるようになったな。俺が見てない時に何かしてるのか?」
道端に転がる死体をじっくり眺めて暁斗は言った。
「美弥乃さんが見てない時に、店の外に出て片手剣を振り回してる」
「ちょ、おいおいおい。それ、一般人に見られたら通報されるやつだぞ!」
「え、そう? でもまだ通報されてないよ?」
「絶対頭おかしい奴だと思われてんじゃんそれ……」
暁斗ははあ、と頭を押さえた。が、紫苑は気にしていないらしくまだ呑気に片手剣を振り回している。
「お前それ……ハマってんの?」
「なんかゲームみたいで楽しいから……」
紫苑が瞳を輝かせるのに対し、暁斗は苦笑いで返した。
「お前なぁ……アンデッド狩りは、遊びじゃないんだぞ?」
「分かってるよ。今から喰べる」
紫苑はようやく片手剣をぽんっと異次元へと葬り、アンデッドの死体の前に片膝をついた。両手を合わせて目を閉じ、心の中で念じる。——いただきます。
そしてアンデッドだった者は紫苑の体に取り込まれていき、死へと至った。
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