ヤツの髪色は何色だった
「またですよ、『心臓』」
「これでもう六件目だ……今月はやけに喰うな」
浅井と伊藤はビルとビルの間にある細い路地に倒れ込む遺体を眺めながらつぶやいていた。
『心臓』。生きた人間の心臓だけを抉って喰らうアンデッドに彼らはそういった俗称をつけて捜査を行っている。
「『心臓』が心臓しか食べないのは、一体どういう意図なんでしょうか……」
「さあな。人肉を喰べる食感に耐えられず、最も生命力が集中する心臓だけをなんとか喰べる、とか。ここら辺は奴を捕まえないことには憶測でしか語れん。現場に残された奴の痕跡はくまなく捜索しろ」
「了解しました」
「伊藤さん、これを」
本来心臓があるはずの場所だけがぽっかりと空いた残骸を見つめていた伊藤に、浅井が声をかける。
「これは」
「現場に落ちていた毛髪なんですが……今まで『心臓』の捕食現場に落ちていたものとは違うんです」
浅井の手の上には一本の毛髪がのっている。『心臓』の毛髪は黒いがその手にのる毛髪は明るい茶色だ。
「被害者の女性は金髪……となると『心臓』と被害者以外に誰かがここを……おい。ヤツの髪色は何色だった」
伊藤が何か勘づいたような表情で浅井を見た。浅井はヤツが誰かわからず、首を傾げる。
「ヤツ……とは?」
「『暴食』だよ! あいつは滅多に痕跡を残さないが、以前毛髪が落ちていた事例があっただろ!」
「『暴食』……!? まさか『心臓』と『暴食』が居合わせていたと……」
「そうだね」
伊藤と浅井の背後にサングラスをかけた一人の男が立っていた。伊藤は振り返り、男を静かに見据える。
「なぜ一課のお偉いさんがここに……?」
男は伊藤のセリフに満面の笑みで返した。両手を顔の横に持ってきて、煌めく笑顔でピースをかます。
「プライベート!」
語尾に星でもついているんじゃないかと疑うほど、男は茶目っ気たっぷりに答えた。サングラスを上げて二人にニコリと笑いかける。
男の名は、
「篠宮……ハワイへバカンスに行ってるって聞いたぞ」
「最近この辺が物騒って聞いたんですよ。で、総司令に怒られて……だから泣く泣く帰ってきたんです。あ、お土産いりますー?」
「いるか! 帰ってきたなら仕事しろ!」
「上官に対してその言葉遣いはマイナス十点ですよー、伊藤センパイ」
篠宮の軽口に伊藤は歯ぎしりする。
篠宮透はかつて伊藤のバディで、捜査官歴わずか一年で一課に配属されてしまった優秀な捜査官だ。多少性格に難があるが、アン対本部のトップである総司令直々に一課への配属が言い渡されたということはそれだけの価値がある。
「それで、さっき話していた『暴食』の毛髪ですが。浅井捜査官の手にのっているそれ。間違いなく『暴食』のものでしょう」
篠宮の言葉に、浅井と伊藤は同時に息を吸った。
「……なるほど。お前確か、『暴食』とやり合ったことがあるんだったな」
「ええ、そうです。それはもうこてんぱんに、してやられましたけどね。いやあ、あん時は痛かったなあ。全治二ヶ月ですからね、班員は俺以外みんな死にましたが」
「笑って言うな、不謹慎だろうが」
伊藤が静かに諭すと、篠宮は面白くなさそうな顔をして肩をすくめる。
「あ、そうそう。バカンスから帰ってきたので、仕方なく労働します。この事件、おそらく一課と二課の合同捜査になるかと」
「ご、合同だぁ!?」
篠宮がニコニコ告げると同時に伊藤は目を見開いて声を荒らげた。
「またてめぇが手柄を全部持ってくんじゃねえだろうなぁ!」
「ご安心を、俺はそこまで向上心の塊ってわけでもないんです。熱血タイプの真面目な伊藤センパイには、遠く及びませんってえ、あはは」
「煽ってるつもりかぁ……?」
血脈が伊藤の額にぶちち、と浮かび上がった時、篠宮はにこやかでいながらも半歩後ずさる。
「あ、では俺はこれで」
「お、逃げんのかてめこのやろ!」
「伊藤さん落ち着いてください……!」
篠宮がそそくさとその場を離れ、伊藤が追いかけようとするのを浅井が食い止めるというありきたりな光景に、その場にいた他の捜査官たちは失笑すらできずに顔を引き攣らせていた。
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