喰べてみればいいんじゃない

「アンタらしくないわね、雪季?」


 繁華街の路地裏に座って何をするわけでもなく一点を見つめていた雪季に、声をかける女がいた。


「何が」


「獲物を逃すなんて。知ってるでしょう?」


 女は妖艶な目つきで雪季の耳に口を寄せ、


「デッドイーターって結構美味しいのよ?」


 と囁く。


 夜の路地裏、月の光すら微弱な翳りの中で女はただ微笑をたたえ、雪季は無表情でその艶っぽい目を見返すだけだった。


「食べたことないし、食べようと思わない。そっちこそ何しに来たの? 最近はあなたの周りを嗅ぎ回ってるリーパーが多いらしいけど」


「うふふ、そうね。最近は喰べすぎた……。 雪季は、アタシがリーパーに捕まるかもと心配してくれているのかしら?」


 女は雪季の頭をそっと撫でようとするが、雪季はその白く細い腕を振り払った。


「そんなわけないでしょう。もういい? 今日は気分が悪い」


「シオンに会ったから?」


 雪季はじろりと女を睨んだ。アメジスト色の瞳が光を放つ。


「鈴村さんを知ってるの?」


「うーん、どうかしら。シオンは知ってるけれど、鈴村紫苑は知らないと言うべきかも」


 雪季が眉を怪訝な形に歪めていくと同時に女は口角を上げていく。


「何を言ってるの? 鈴村さんは鈴村さんでしょう?」


 女は意味ありげに微笑むだけで、雪季はますます意味が分からないという顔をした。

 シオンと鈴村紫苑。女の言う意味はより難解へと歩みを進めていく。


「さぁ、どうでしょうね? 彼女の過去を知ればその見解は変わるはずよ」


「過去……あなたは知ってるの?」


 雪季の問いに、女は笑みを失くした。その問いに答えるのを、躊躇うように。


「ええ……ええ、そうね。知っていると言っていいのかしら。今に至るまでの彼女の人生の最も壮絶な部分は知っているわ。だけどアタシは、現在の彼女を知らない」


「あなた……鈴村さんのなんなの? ただならぬ関係のようだけど、鈴村さんはデッドイーターで、あなたはアンデッド。喰うか喰われるかの関係にある。そんな悠長に彼女のことを語る余裕はないはずだけど?」


「……あら、どうやら興味を持ったみたいね。知りたかったら、あの子を喰べてみればいいんじゃないかしら? 記憶もろとも、味わってみるのがいいわ」


 雪季は不機嫌そうに眉をひそめて、目尻を吊り上げた。


「だから、喰べるつもりないって言ったでしょう? だいたいどうしてそんなことを勧めるの? 鈴村さんの知り合いなんでしょ?」


「言ったじゃない、アタシは現在の彼女を知らない。鈴村紫苑は、アタシにはなんの関係もない人物だって」


 雪季は納得もできないが反論もできず、ただ黙った。


「まあ、いいわ。喰べる喰べないは置いといて、また彼女について知りたいことがアタシのところへいらっしゃい。シオンについてはそれなりに知っているの」


 女の桜色の瞳が月明かりに照らされて怪しく光るのを、雪季は静かに見つめていた。

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