第二章 死を生きる者

助けてあげたい

 正しさとは何か。人を殺すことは一般に悪とみなされる。しかし、時にそれは正義にもなり得る。


 正しさとは、普遍的な価値観などではない。個人がその尺度もベクトルも決めるのだ。

 正しさは、法で制御できる倫理の範疇をとっくに攻略し飛び越えていた。


 だから彼らにとっては人殺しは犯罪どころか正義にすらなる。アンデッドの生きる道は、新鮮な血肉を喰らうことだけなのだから。


 なら、デッドイーターにとっての正義とは、一体なんなのだろうか。

 紫苑がぐるぐるとその思考だけに集中してから、早くも一時間が経過しようとしていた。


 雪季と路地裏で会ってひと悶着あったのち、紫苑は大人しく家に帰った。そこには美弥乃がいて、二人はいつもと変わらずただいまとおかえりを交わしたもののそのやり取りはどこかぎこちなかった。

 暁斗はというと、紫苑が留守の間に帰ったらしかった。


「紫苑、組織のことは忘れていいわ。それと……デッドイーターであるからと言って、無理にアンデッドと戦う道を選ばなくてもいいのよ」


 美弥乃が自分を心配してくれているのは、紫苑にはよく分かった。だが今は、どうしても素直になれない自分がいる。デッドイーターとかアンデッドとか、そういう情報の諸々を一挙に詰め込まれて処理しきれていないのもあり、美弥乃の言葉にうまく返事ができない。


「……分かってるよ。部屋行くから」


 自分でも嫌な性格だと心のなかで思ってしまう。だがもう少し、頭を冷やしたい気持ちがあった。

 しかし雪季に言われた言葉さえ脳裏にちらつき、脳内の考え事は一生終わらない。


『こんな世界で、アンデッドは正しくなんて生きられない。だいたいあなたはアンデッドを喰らう側でしょう? 救うって、何様のつもりなの!? 自分の身勝手な正義を振り翳して悦に浸るのはやめて、そんなのはただの自己満足で偽善よ!』


「はぁ……藤代さん、言うなぁ。あんな性格だったかな……。アンデッドになって、気が動転してるのかも」


 アンデッドの存在なんていうのは実際に目の当たりにしないと分からない。紫苑も自らの目でアンデッドの凶器を目視するまで、都内に起こるアンデッドと思しき事件は全て、趣味の悪い誰かが起こしている悪戯なのではないかとすら思っていたほどだ。

 それほどアンデッドは普段、その存在を悟られないよう巧妙に身を潜めている。


 だからこそ初めてその存在を見た時は鳥肌がたったし、ましてその当事者ともなれば恐怖や不安は計り知れない。雪季は今、そういう状況にいるのだ。


「助けてあげたい、けど……。身勝手な正義かぁぁ……。自己満足、偽善……言われてみればその通りなんだよね……藤代さんには私はただの中学の同級生だもん……助ける意味ないって思われてそうだけど、意味なんて今は言ってられないじゃん……」


 先ほどからずっと、一人でぶつぶつ思考を拡げている。今の紫苑にとって「正しい」選択など、分かるはずがなかった。

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