正しくなんて生きられない

「もうやだ……もうやだ、もうやだもうやだもうやだもうやだ」


 駅前に位置するショッピングモールから少し歩くと、細い路地がある。日の当たらないその路地で、少女が一人うずくまっていた。


「もう、食べるのは嫌…………」


「藤代さん……?」


 少女——藤代雪季は、ヒッと息を飲んで声の主人にメガネの奥の視線をギロ、と向けた。


「よかった、やっと見つけた。探したんだよ」


「こ、来ないで……! 殺したくないの……もう、食べたくないの……だから近づかないで……」


 雪季は金切り声をあげて涙を流しながら後ずさった。


「落ち着いて! 私、鈴村紫苑。中学の時一緒だった……」


「鈴村、さん……どうして、わたしをさがしてたの」


 紫苑は震えながら涙を流す雪季と目線を合わせるようにしゃがみ、肩に手を置く。


「あなたを助けたいの。藤代さん、アンデッドになったんでしょ?」


「はぁっ……」


 雪季の目の色が変わった。眼球が黒く染まり、瞳孔は金色に光る。その目が大きく見開かれて、雪季は俊速で立ち上がると紫苑の体に襲いかかった。


「うっ……」


「鈴村さん、あなたデッドイーターなんでしょう、そうなんでしょう!? それならさっさと私を殺してよ! 私を、喰らってみせてよ!!」


「藤代さっ……落ち着いて……!」


「私は落ち着いてるわ! 余計なお世話よ、助けたいって何、私はあなたたちに助けられないとまともに生きていけないの? そう言いたいの!?」


 紫苑を冷たい地面に押し倒して、両手首を握り潰さんとする勢いで雪季は迫る。紫苑の顔に雪季の黒く艶やかな髪が注がれた。


「藤代さん、聞いて! 私はあなたを殺すつもりなんて」


「なんでよ、デッドイーターでしょ? それなら殺して、早く私を殺して! どうして殺さないのよ、アン対に身柄を明け渡すって言うなら、今ここで私があなたを喰らうわ。あなたの心臓を抉ってやる!」


「心臓を……じゃあいつもニュースに出てくる心臓だけ抉って食べるアンデッドって」


 紫苑の気づきは確信に変わった。雪季は唇をきつく噛んで、目をギュッと瞑る。


「どうして……まともに生きられないの……」


 瞑った目から涙がこぼれた。紫苑の頬にぽたり、ぽたりと得体の知れない重みを伴って落とされる。

 雪季は紫苑の上から退いてまた路地裏の壁に寄りかかり両膝を抱えた。


「藤代さん」


「行って。今は食べる気分じゃない」


「藤代さん、アンデッドたちが普通に生きられる世界がきっと——」


「いい加減にしてよ! もうほっといて、こんな世界で、アンデッドは正しくなんて生きられない。だいたいあなたはアンデッドを喰らう側でしょう? 救うって、何様のつもりなの!? 自分の身勝手な正義を振り翳して悦に浸るのはやめて、そんなのはただの自己満足で偽善よ!」


 起き上がった紫苑を、いくつもの言葉の破片が貫いた。

 身勝手な正義。自己満足。偽善。


 自分は前提から間違えているのかもしれないと、雪季の苦しそうな表情を見て気づく。


「ごめんなさい、また来るね。でも、私は藤代さんを救いたいって思ってるのは本当なの。偽善と言われればそれまでだけど、でも、このまま苦しんでる藤代さんをほったらかしにするのは、嫌なんだ」


 雪季はチラリと紫苑の方を見て、すぐに顔を背けた。

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