そっちは十年黙ってた

 二人とも「早退する」と言った手前教室にも戻れないので、ならそのアジトへ、という話になった。


 紫苑は自転車を引きながら暁斗の後ろをついていく。

 偶然にもその道は紫苑がいつも通学に使っている道だった。


 だから、どこまで一緒なんだろう……と思っているうちに暁斗が歩みを止めた場所で、紫苑は驚愕を隠せなかった。


「ここ……」


「ん? もしかして行きつけの喫茶店だったりする? 今日は定休日だしちょうどいいだろ。オーナーいるかな……」


 いる、というか毎日見ている。なんならここに住んでいる。

 暁斗が指差したその店は、美弥乃が経営する喫茶店だった。


「ここ、私の家」


「は?」


 暁斗は訳が分からないという顔をするが、紫苑もまた訳が分からなかった。

 ここがアジトということは。それは美弥乃、あるいは蓮までもがデッドイーターである可能性すら示唆している。


「ここに住んでるの、私」


 低い声で紫苑はぼそりと言葉をこぼした。


「おま、えっマジで? マジか、全然知らなかった……俺、たまに店に顔出してたんだぜ?」


「普段は店の奥の部屋にいるから……」


 偶然だなあと暁斗が呑気につぶやく。その時店のドアが開いて、彼も彼女も見知った女性が顔を出した。


「紫苑!? 学校から連絡が……。え、どうして暁斗くんがここに……? 二人は知り合いなの?」


 美弥乃が驚いた様子で紫苑に近寄り、彼女と暁斗を交互に見た。学校からの連絡はおそらく先生に事情も言わず早退したことについてだろう。


「色々あって。ねえ美弥乃さん。もう私に隠さなくていいよ」


「え?」


 美弥乃は不安げな表情で紫苑を見る。


「私……私も、デッドイーターだから」


 美弥乃が見せた反応で、紫苑の猜疑は確信に至った。美弥乃もまた、デッドイーターだ。


「そう……なの。あなたもなのね」


 囁くように言葉を落として、美弥乃は疲れたような笑みを見せる。


「とりあえず店に入って。話は中でしましょう」




 紫苑は冷静な顔つきでコーヒーを飲む。

 美弥乃は机に両肘をつき、手を顔の前で組み合わせる。

 そして暁斗は同じ席につきながらも、どちらが話し出すのか、それよりも自分から話を始めた方がいいのかと一人落ち着かない様子だった。


「紫苑は」


 やがて、美弥乃によってその重い沈黙が破られる。


「紫苑はいつ、自分がデッドイーターであると気づいたの?」


「たしか……四月の頭かな」


「そう……一ヶ月も黙っていたのね」


「そっちは十年黙ってた」


 二人の間には明らかに確執が生まれていて、暁斗はただならぬ雰囲気にただ身を縮める。


「黙ってたって……はぁ、そうね。あなたの言う通りだわ。でもそれはあなたを守るためよ」


「そんな苦しい言い訳はいいよ、聞きたくない」


「紫苑」


 紫苑は、若干裏切られたような気持ちにもなっていた。何より、自分の知らない美弥乃がいたということに対するショックが大きかった。


「……黙ってたのは謝るわ。でも、迂闊に関係のない人間を巻き込むわけにはいかなかったの。知らないのなら知らない方がいい。あなたがデッドイーターであることが分かった以上、そうも言ってられないけどね。お互いこの話はもうやめましょう。それより今日暁斗くんとここに来たのは、何か事情があるんでしょう」


 話を強引に終息へと向かわせ、美弥乃は暁斗を見る。


「あっ……そ、そうなんです。うちのクラスメイトに『藤代雪季』っていう女子生徒がいて、そいつがずっと学校を休んでて。得られた情報から判断するに、アンデッドになっている可能性があります」


 暁斗が一息に情報を伝えると、美弥乃はコーヒーを一口飲んで嘆息を吐いた。


「なるほど、つまりその子を生かしたいのね。分かった、なら鮮血を手配するわ。そのためにもまずは、彼女の身柄を」


「待って」


 暁斗と美弥乃が話を進めようとするのを、紫苑が制する。


「考えたけど、やっぱり私は組織には属さない。だから彼女を助ける方法も、私一人で模索する」


 紫苑の放ったセリフに、暁斗は血相を変えた。


「紫苑、何言ってんだよ。一人でアンデッドに立ち向かうって言うのか!? 藤代が話の通じる相手である可能性は絶対じゃないんだぞ!」


「分かってる、でも。あなたたちと協力する気にはなれない」


 そもそも紫苑は組織についてよく知らないし、美弥乃がデッドイーターであることすら知らなかった。同じ目的のために行動を共にしようとはとても思えなかった。


「美弥乃さん、暁斗、この話は忘れて。あとは私がやるから」


「そんな無茶な……!」


「いいわ、暁斗くん。紫苑が言うなら、そうさせてあげましょう」


 身を乗り出す暁斗を美弥乃が抑えて、紫苑をじっと見返した。


「けれど、手を出すなと言われた以上、私たちは本当に何もしないわよ。万が一あなたが喰われても、動かない。それでいいのね」


「構わない。それじゃあ私、もう行くから」


「紫苑! 考え直せって!」


 暁斗の叫びを聞き入れず、紫苑は大好きなコーヒーも残したまま店を出て行ってしまった。


「んだよあいつ、拗ねてんのか?」


「私のせいなの。私が、デッドイーターであることを黙っていたから。あの子、怒るときはあんな風に静かなのよ。今はそっとしておいてあげましょう」


「でも美弥乃さん、もしあいつの身に何かあったら……」


 眉尻を下げる暁斗に向き直り、美弥乃は口を開いた。


「暁斗くん。お願いがあるんだけど、いいかしら」

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