彼女が何を望むか

 アンデッドは、既に死んでいる。生きるためには人の生命を喰らうしかない。断食を選べば待つのは死のみ。

 デッドイーターが喰らったとしても結果は変わらない。アンデッドは仮の生命力を全失して骸となるだけだ。


「それじゃあ、藤代さんはもう助からないの……?」


「彼女が何を望むかにもよるがな。生を望めば彼女にとっての救いとは生命力。死を望めば、彼女にとっての救いとは俺たちが彼女を喰らうことだ」


 紫苑は俯き、強く唇を噛んだ。デッドイーターがなんだ。結局何も救えないじゃないか。


「俺たちデッドイーターの存在意義は、人喰いの怪物を殲滅すること。そこにアンデッドとなった者を救うなんていう曖昧で不確かな目的は含まれない。デッドイーターであるからには、生前の人物がどんな人間だったかなど関係なしにそいつを喰らう。そういうもんだ」


「……」


「気に入らなきゃ選択を放棄する手もある。デッドイーターはある種の資格だ。それである必要はない。まあ、ただでさえ選ばれた人間だ。デッドイーターが多ければ多いほどたくさんの命の安全が保証され、逆もまた然り。分かるだろ」


 そうだ、知っているはずだ。この死が日常化した世界では、人間も、アンデッドも、デッドイーターも、生き方を決められている。窮屈で残酷な世界。


 この世界を作ったのが神ならば、紫苑はアンデッドよりもデッドイーターよりも、神を恨まずにはいられなかった。

 この狂った世界、間違った世界の創造者。死人が生き返るなんていうのは、神の悪戯でしかない。興に飢えた神の気まぐれ。そんなのはふざけている。そんな世界に生かされていることに、吐き気を催しそうだった。


「それでも藤代を救いたいか?」


「……!」


 紫苑は俯けていた顔を咄嗟にあげて驚愕の表情で暁斗の目を凝視する。


「そうか。……なら、俺と手を組もう」


「どういうこと?」


「藤代が人を喰わずに生き残れる道がひとつだけある。彼女を助けたいなら、俺が組織を紹介する」


「組織って……。藤代さんが助かる道が、本当にあるの?」


 紫苑には、暁斗がつまらない嘘をつくような人間には見えない。だが先ほど聞いた話から考えれば、藤代が助かる方法を見出すことなどできそうになく、脳がフル稼働して熱を帯びているのが分かる。


「簡単な話だよ。アンデッドは生命力さえあれば生きられる。それは別に人肉じゃなくたっていいんだ」


「そうか……少量の血液さえ吸血すれば、ある程度の生命力は得られる」


「気づいたな、俺が属している組織はそういうとこだ。人とアンデッドが共生する道を手探りで模索している。藤代を助けたいんだろ? お前も組織に入ればいい」


 そもそも藤代が死んでアンデッドとなっているのはひとつの可能性にすぎない。アンデッド化の可能性が今のところいちばん大きいが、いちばん望ましいのは藤代の身は安全でただ学校を休んでいるだけという状況である。

 だからいくら暁斗が属しているとはいえ怪しい組織にひとつ返事で入りますとも言いかねた。


「ま、さすがに組織に入るかどうかは今決めなくていい。藤代がアンデッドになっていない可能性もあるしな。とりあえず、今日来てみるか?」


 暁斗は逡巡した紫苑の様子を感じ取ったのかそんなことを言った。


「来てみるかって、どこへ……?」


「組織にはアジトみたいなのがあんだよ。表向きはその街に溶け込んだ普通の建物だがな」

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