食事を探してるの
「ねぇ、聞いた? 藤代さんの話」
五月になった。二つの机を向かい合わせて美弥乃特製の弁当を食べている紫苑に、咲織が声をひそめて話しかける。
「学校休んで、街を彷徨いているんだって。何してるんだろう……」
だが、二年生になった途端学校を休み続けるようになった。
紫苑の知る限り彼女は、理由もなく学校を休んで学生の本分を放棄するような人間ではない。
「……さぁ、具合でも悪いんじゃない?」
「ちょ、話聞いてた? 家に引きこもってるとかじゃなくて、昼夜関係なく街を徘徊してるのよ。卓球部の友達が言ってたんだけどね? 一度藤代さんと街で会ったことがあって、その時に『何してるの?』ってその子が話しかけたらしいんだけど……」
咲織は金色の瞳をちらりちらりと左右に泳がせて入念に周囲の状況を確認した。そして、紫苑に「耳を貸して」という合図を送る。言われた通り彼女に顔を近づけると、咲織は極限までボリュームを落とした声で囁いた。
「『食事を探してるの』って、言ったんだって……! ねぇ、なんか怖いよね? どうしちゃったんだろう、藤代さん」
紫苑は心臓が止まるような感覚をおぼえた。
「なんて……?」
「え? だから、『食事を探してるの』って言ったらしいよ」
口に出すのも恐ろしいというように分かりやすく身震いをして、咲織は体を起こした。
「『食事』……他、他に何か言ってなかった?」
「……? 何も言ってないんじゃない? 私は友達からそう聞いただけなんだけど……て、紫苑どうしたの? いつもこういう話題あんまり興味なさそうなのに、今日に限って」
最悪の可能性が脳内を侵食していく。中学の同級生が、あの温厚で穏やかな彼女が。
そうなっているなんて、信じたくない。
「ねぇ、その子はどこで藤代さんと会ったの?」
「えっ……えっと……たしか、ショッピングモール前の商店街って言ってたかな……。ねぇ紫苑? 急にどうしちゃったの?」
「私、今日早退する」
紫苑は席を立ち、食べ終わっていない弁当箱を手早く片付け始める。
「え……ええ!? ちょ、紫苑!?」
リュックに荷物をぽんぽん投げ入れて背負うと、紫苑は慌てた様子でその場を走り去った。
「先生に言っといて、事情は後で説明するから!」
「ちょっと!! 紫苑!? ねぇってば!」
一人取り残された咲織は、状況が理解できていない表情で「なんなの……?」とつぶやいた。
駐輪場で自転車のロックを開けてまたがると、不意に後ろから声がかかった。
「おい、紫苑! どこへ行く!」
暁斗だった。彼は慌てた様子で教室を出て行った紫苑を不審に思い、後を追ってきたらしい。
「藤代さんが、アンデッドかもしれない」
「は……? 藤代ってずっと休んでる……」
「私、助けに行かなきゃ」
紫苑が言うと、暁斗は顔色を変えて彼女の腕をつかんだ。
「っ……何するの? 離してよ!」
「お前に何ができる! 一旦落ち着け!」
「私はデッドイーターなんでしょ!? なら、私が彼女を助けないと!」
「待て、俺の話を聞け!」
切羽詰まった様子で叫ぶ暁斗の声に、紫苑は一瞬体の動きを止めた。
「お前、何か勘違いしてないか?」
「どういうこと……?」
「いいか。デッドイーターがアンデッドを喰うってことは、そいつの命が失われるってことだ」
紫苑は息を呑んだ。それなら、もう彼女を救う手段はないに等しい。
「じゃあ……藤代さん、は」
「彼女に残された選択肢は二つ。人を喰って生きるか、俺たちに喰われて死ぬか」
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