その言葉が、一番あいつを傷つける

「そしてあの夜、俺は気を失って倒れていたお前をあの施設から連れ出した。それ以降、何度電話をかけても彼女には繋がらなかった。向こうからの連絡も一切ない。安否は分からないままなんだ」


 紫苑は顔面蒼白になって、俯いていた。


「そんな……それじゃあ凪沙さんは、私を助けるために犠牲になって」


「それは違う」


 紫苑の言葉を、蓮が遮った。そしてもう一度、「それは、違う」とはっきり伝える。


「違わないよ……凪沙さん、きっと研究所の人間に見つかったんだよ。私を逃がすために、凪沙さんは……」


「自分を責めるな、紫苑。あいつは、お前に自責してほしくて研究所から脱出させたわけじゃない。お前にも、言ったんじゃないのか。外の世界を教えてあげたいと」


『アンタはここにいちゃいけない。もっと外の世界を知るべきなんだ。だから今は、黙ってついてきて。アタシがこの監獄から連れ出してあげるから』


 彼女はそう、紫苑に言った。


「だけど……私がいなければ……」


 紫苑の目から溢れた涙が頬を伝ってカウンターの机に落ちると同時に、蓮の拳もカウンターに音を立てて落とされた。


「ちがう、それだけは言うな。その言葉が、一番あいつを傷つける」


「ぁ……」


 紫苑は蓮の顔を見上げた。蓮は、眉尻を下げ、だが優しく哀しい顔で笑っていた。そして机に落とした手を、紫苑の頭の上にそっとのせる。


「お前が今、ここに居る。あの監獄から外に出て、こうして世界を知りながら生きている。それだけでいいんだ。他には何もいらない」


「蓮さん……」


 紫苑は涙を拭い、そっと頷いて微笑した。




 美弥乃は一人、都内のありふれたカフェに来ていた。店の一角である人物と待ち合わせの約束をしているからだ。時間より五分早く着いたが、約束の時間を三分ほどすぎても相手は現れなかった。

 先にコーヒーでも頼んで待っていようか、そう考えたときちょうど、待ち人が姿を現す。


「お待たせしてすみません、美弥乃さん」


「いえ、そんなに待ってないわ。……久しぶりね、朝奈」


 走ってきたらしい様子の女性に美弥乃は微笑みかける。その女性が首から下げているネームプレートには、「アンデッド対策本部被害相談センター 堀朝奈」とあった。


「急にお呼びだてして、ごめんなさい。伝えたいことが」


「いいの、店は蓮に頼んだし、もうとっくに閉店している頃だから。飲み物、コーヒーでいい?」


「あ、えっとじゃあ……ホットのカフェオレで」


 朝奈は行儀よく膝に手を置いて、美弥乃に伝える。


「ふふ、そんなに畏まらなくていいのよ」


 美弥乃の言葉でようやく肩の力を抜いた朝奈は、ふぅ、と一息ついた。


「すいません、ホットのカフェオレを二つ」


 かしこまりました、とウェイトレスが完全にその場を去るのを執拗に見つめてから、朝奈は美弥乃に顔を向ける。


「本当に、ごめんなさい。仕事が忙しくて、こんな時間にしか会えなくて。わざわざお呼びだてしたのは、どうしても伝えておかなければいけないことがあるからなんです」


 朝奈は申し訳なさそうに眉尻を下げて、俯く。


「気にしないで。話って、なに?」


「……狙われてるんです」


「え?」


 声を抑えて言う朝奈に、美弥乃は再び聞き返す。


「その……美弥乃さんが狙われているんです、アン対に」


 その言葉に、美弥乃は目を見開いた。


「アン対……?」

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