人を殺したことなんて一度だってない
「なんで助けたのよ……! 手出しするなって言ったわよね!? あのままでも私は勝てた!」
少女——
「お嬢様の命をお守りするのが、私の使命ですから」
答えたのは、白髪に白髭の初老の男性だった。物腰柔らかそうな雰囲気を漂わせている。
「お嬢様、お嬢様って、その呼び方もうやめてって言ったでしょう?」
「しかしお嬢様」
「執事……しかも元執事に助けられるなんて、こんな情けないことはないわ」
ゆうきは俯き、拳をぐっと握りしめる。
「佐々木……いつまで私を『お嬢様』と呼んで追うつもりなの。私はもう、貴方が仕える対象なんかじゃない。分かってるでしょ」
佐々木は、深々とひとつ頷いてから天を見上げる。
「……旦那様がこの世を旅立たれてから早二年になります。あの時、お嬢様はまだ十三歳でした。旦那様は逝去される直前、私にこう言いました。『娘を頼む』と」
「……」
ゆうきはハッと息を呑むが、すぐに目を伏せる。そう。彼女の父は亡くなった。正確には、同時にゆうきも死んだ。その夜、怪物として生き返ったのは彼女一人だった。
「もう死んでるようなものなのよ、私は。だから死んだらそれまで。アンデッドの人生って、おまけみたいなものなの」
哀愁の漂う目で、ゆうきは静かに語る。その目には微かな怨嗟が揺らめいていた。この世界、間違った世界への恨み。
アンデッドなど、いなければ。
自分がアンデッドとなる前もその思想を抱いてはいたが、アンデッドになってからはより思いが強くなった。
アンデッドなどいなければ、家族は今も生きていたはずだ。
「お嬢様。貴女はそのような思いを抱いていながら、なぜアンデッドとしての生命を生きるのですか」
「さあ……なぜかしら。分からないから、かも」
佐々木は静かに彼女の言葉の行く末を見守っている。
「分からないから、知りたい。あの夜、私だけが生き残った理由を」
「お嬢様……大人になられましたね。面影も奥様にそっくりです」
ゆうきは佐々木の目をしっかりと見つめて、薄く笑いながら赤い目から透明な涙をこぼす。その涙を見て、佐々木は「なぜ人間である私を喰べないのですか」とは聞くことができなかった。
「あぁ……なんていい夜。今夜はきれいな満月。同胞がたくさん生まれそう……!」
「や、やめろ……やめてくれ、殺さないでくれ! お前はアンデッドなんだろ? どうして人を喰わないんだ!」
ひたひたと歩みを進める女。それに合わせて尻を地面につけながら必死の形相で後ずさる男。冷や汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を歪め、男は恐怖の二文字をそのまま貼り付けたような表情をしている。
「殺す? そんな低俗なことしないわ。いい、アタシは人を殺したことなんて一度だってないのよ? だって……」
女は男の腕を肩からぶちりと引きちぎって、目を黒く染め月光の翳りの下で冷たく微笑した。
「生きているうちに喰べちゃうから……!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
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