高尚な人間ごっこ

「はい、こちらアンデッド対策本部被害相談センター」


 五十階建てのビルの中腹、建物の中で最も騒がしい電子音に溢れた場所。


「……繁華街の路地裏、アンデッドの目撃情報。…………はい? え、ええ。分かりました。人員を向かわせます」


 ほり朝奈あさなは怪訝な顔つきで受話器を戻し、慣れた手つきでテンキーを叩いて再び同じビルの別部署へ電話を繋ぐ。


『もしもし、こちら対策二課』


「都内の繁華街にてアンデッドの目撃情報あり。しかしどうやら……人間の死体だけではなく、アンデッドの死体も発見されたらしく」


『アンデッドの死体だ? どういうことだ。共喰いでも起きたのか』


「それが、遺体のどこにも捕食痕らしきものはないようで……とにかく、至急調査にあたってください」


『……了解、住所を送ってくれ』


 電話を切り、朝奈はひと息ついて右手の大きな窓を見る。


「……お姉ちゃん」


 独りごちて、対策二課宛てに住所を記載したメールを送信した。




「うわっ、こりゃひでえ。心臓だけ抉り取られてやがる」


「しかしこのアンデッド……何か匂いますね。死んだ人間を喰おうとしたんでしょうか? 生命力を得られるとは思えませんが」


 アンデッド対策本部、通称アン対。アン対の対策二課に所属する捜査官、伊藤と浅井は、繁華街の路地裏に転がる二つの死体を怪訝な表情で眺めていた。


「浅井、現場付近の監視カメラは」


「それが、この付近はちょうど死角になっていて……このアンデッドは、死角を狙って捕食を行っていたのだと思われます。それにしても、アンデッドを殺す人間が我々以外にいるのでしょうか」


 浅井は顎に手を当てながら呟く。


「馬鹿言え、普通の人間にアンデッドが殺せるわけないだろ。だいたい武器はどうやって調達した。普通の刃物で太刀打ちなんてできないんだぞ? 奴らの皮膚の硬度、お前だって分かってるだろ。奴らに対抗できるのは、俺らが所有する特殊な催眠ガスだけだ」


「そう、ですよね……ならやはり、アンデッドがアンデッド殺しを……?」


「どうだかな、人間サマの真似をして好き嫌いするアンデッドでもいたんだろ。他人が一度口をつけた食事は口にしない主義なんじゃねえか、そいつは」


「それはずいぶん、高尚な人間ごっこですね」


 浅井の軽口に、伊藤は大口を開けて笑った。


「はっは、全くだ」




 自転車に二人乗りした紫苑たちは無事遅刻の難を逃れたものの、別の事態に直面していた。


「なんでこいつと同じクラス……」


 紫苑と青年は、声を揃えて張り出されたクラス表を睨みつける。

 青年の名は、山田やまだ暁斗あきと。紫苑と暁斗は同じクラスの生徒であることが確定した。


「まあ、ごちゃごちゃ言ってもしょうがねえか。一年よろしく、紫苑」


「いきなり呼び捨て? ……まあいいか。よろしく暁斗」


 ようやく名前を確認し終えて互いに挨拶を交わすと、紫苑の名を呼ぶ少女がどこかから飛んできた。


「しおーんちゃーん!」


咲織さおり!」


「もー! 遅いよ、朝一緒にクラス表確認しようって言ったじゃん! わたし、ずっと待ってたんだよ!?」


 現れたのは、レモン色のボブヘアに金色の瞳をした、頭部だけではちみつレモンを体現している不思議な少女だった。


「で、なんでウワサの山田くんと一緒に登校してるの?」


 月島つきしま咲織は紫苑の奥に立っている暁斗をのぞいて首を傾げる。


「いろいろあって……ウワサって?」


「なんでもねえよ。聞くんじゃねえ」


 暁斗はそれ以上の追求を避けるようにその場を去って行った。


「行っちゃった……あ、紫苑何組だった?」


「三組……」


「やった、また一緒! 今年もよろしく」


 咲織と会話をしながらも、紫苑の視線は遠ざかる暁斗の背中に注がれていた。

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