第三十二話 把握
意味不明であった。先程まで死が間近まで近づいてた阿黒賢一が今は余裕の笑みを浮かべている。反対に先程まで勝っていたであろう君塚渉が、今は血を吐いて苦しんでいる。
川名はモニターに映っている状況を把握出来ず、思考がままならなかった。
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「どういうことだ。」
別の部屋からこの勝負を見ていた桐口はたまらず叫んでしまった。先程まで勝っていた自身の組のギャンブラーが今では虫の息だ。
「どうなっているんだ。」
モニターから流れる音しかない部屋で一人の男の怒鳴り声にも悲鳴にも聞こえる声が響き渡る。
「どうなっている。」
それ以外の言葉が出ない。桐口も川名と同様に状況を把握出来ずにいた。
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先程まで静寂であった空間が今では一人の男の苦しむ声が響き渡っていた。
「なっ、何をしだのですがァ。」
先程まであった慈悲の表情は消え失せ戸惑いと焦りのようなものが顔にみえる。
「簡単なことだよ。」
苦しむ君塚渉とは真逆に余裕を持った顔つきになった阿黒賢一が答える。
「君塚さんはさ、毒と聖水がどういう順番で体内に入るか考えたことはあったかい。」
「まっ、まさがァ。」
君塚渉にはその一言だけで今起きている状況、今自身が何故このように苦しんでいるのかを理解するのには十分であった。
「やっぱり君塚さんは賢いな。」
嫌味でもなんでもなく、ただただ君塚渉のことを心から褒めた。
「君塚さんは理解出来たが、これを見ている者達の中には理解ができていない者もいると思うからここからは種明かしをしていこうか。」
自分達を映している複数の小型カメラ全てを順々に目で追いながら語り出す。
「結論から言うと、毒と聖水は体内に同時に注入されるのでなく、順々に注入されていく。」
自身の横に存在している2つのタンクを軽く指で指し示す。
「例えば、1ラウンドの1ターン目で0.3mlの聖水を手に入れ、その後、0.3mlの毒を手に入れたとしよう。もし毒と聖水が同時に体内に注入された場合、体内に残っている毒は0mlだ。だが、聖水→毒の順に体内に注入されてしまった場合、体内には0.3mlの毒が残ってしまうことになる。」
そう、聖水は体内に存在する毒しか取り除けないのだ。聖水の後に注入された毒には適応されない。
「毒と聖水が注入される順番だが、これは自身のだしたカード順になっている。第一ラウンド1ターン目で0.3mlの聖水を手に入れ、その後、0.1mlの毒をタンク内に溜めたとしよう。これは第一ラウンドの君塚さんの状況だ。この場合、0.3mlの聖水が先に体内に注入される。」
先程まで戸惑いや苦しみに苛まれていた男は、負けを悟ったのか、はたまた別の何かがあるのかわからないが、先程までの戸惑いは消え失せていた。
「どうしでわがったのですが。」
自身では気づくことが出来なかったことをどうやってわかったのかを目の前にいる男に聞く。
「ルールを聞いた時から毒と聖水が同時に体内に入るのか、別々に入るのか、別々であったらどのような順番であるのか、様々な可能性を考えた。一番可能性の高いであろうカードを出す順番で毒と聖水の注入される順番が決まるのではないかという考えに至った俺はこれを確かめるために君塚さんと俺を使って実験をした結果、確信に至ったという訳さ。」
「実験?」
君塚の疑問に阿黒賢一が答える。
「第一ラウンドで君塚さんに俺のセットするカードをわざと悟らせ、聖水のカードを出させ、その後も場をコントロールし、君塚さんには聖水→毒と注入されるように、俺には毒→聖水→毒の順に入るように仕向けた。第一ラウンドで俺が注射器を出し、体内に毒と聖水を注入した時、ツー、ツー、ツーという小さな音が聞こえたんだ。これは、毒→聖水→毒の順番で流れたことを表していると考えたが、これだけだでは確信には至らない。だから、第二ラウンドでは、俺に毒→聖水の順に入るようにコントロールし、結果として、ツー、ツーという音が聞こえ、ここで俺は確信に至った。」
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モニターに映っている自身の組のギャンブラーが語っていることをソファーに座り頭を抱えながら、必死に理解し、頭の中に入れようとしていた。
(つまり、毒と聖水は同時じゃなくて、別々に体内に注入されていたということか。それだと、)
考える。必死に考える。どうやってこの状況になったのか、何が阿黒賢一と君塚渉の差を広めたのかを。
(そうか、第二ラウンドで君塚渉は0.3mlの聖水と0.4mlの毒を体内に注入されている。しかも、先に注入されたのは聖水。今まで0.1mlしか体内に残っていないと考えていたが、本当は0.4mlもの毒が体内に溜まっていたのか。ということは、もしかすると、阿黒さんは第二ラウンドで既にこの終わりが見えていたのか。)
そう、阿黒賢一は第二ラウンドで既に勝利を確信していたのであった。
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「ふふっ、私が少しでもルールを疑っでいだのならば気づけだがもしれながっだのに。」
犠牲者だけに囚われずにルールを疑っていれば、という自嘲のようなものが君塚渉にあらわれる。
「君塚さんには気づけないよ。」
「ゲホッゴホッゴホッ。何故です?はぁはぁ。」
確かに気づけなかったが、気づく可能性も十分にあったと考えているからこそ出た君塚渉の言葉を真正面から否定されたのだ、理由を聞かずにはいられなかった。
「俺が君塚さんに気づかせなように動いていたんだ。君塚さんの体内に毒と聖水が注入される時はいつも俺に気を向けさせていたんだ。第二ラウンドの1ターン目の6のカードの公開したのは君塚さんの体内に0.4mlの毒を溜めさせる目的と君塚さんの気を俺に向ける2つの役割があったんだ。」
確かにその通りであった。6のカードの公開のあと、君塚渉は阿黒賢一が何かをたくらんでいると考えた結果、第一ラウンドよりも阿黒賢一に気を向けていた。
「これだけだと君塚さんは気づく可能性があるかもしれないから、俺は君塚さんの体内に入る毒と聖水を、聖水→毒又は毒→聖水の順番になるようにコントロールして、音で見分けることを困難にした。」
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阿黒賢一の説明をモニター越しに聞いていた川名はこれまでのラウンドで君塚渉に注入された毒と聖水の順番を思い出していた。
(第一ラウンド聖水→毒、第二ラウンド聖水→毒、第三ラウンド聖水→毒、第四ラウンド毒→聖水、第五ラウンド毒→聖水、第六ラウンド聖水→毒、そして第七ラウンド毒→聖水。本当だ。全てが聖水→毒、毒→聖水のふたつになっている。)
●
「そして、最後の仕上げとして、苦しむ演技をした。本当は君塚さんの方が0.1ml多く毒を体内に持っているのに、相手である俺が自分よりも苦しんでいるんだ。自分の方が毒が多いなんて考えもしなかったでしょ?」
「ぞうですね。ゴホッゴホッ。」
気づけなかったのでは無い、気づかせて貰えなかったのか、という考えと共に残り僅かな命の中、このゲームのことを一から頭の中で振り返る。
「ゴホッゴホッ、第三ラウンドの時の1を見破られて焦っていたのも演技だったわけですか。ゲホッゴホッゴホッ。」
血を吐きながらも必死に言葉を口にする。
「あぁ、そうさ。わざと見破らせ、焦り、君塚さんの注意を俺に向けさせた。」
(ゲームをコントロールしていた気になっていましたが、コントロールされていたのは私だったようですね。)
自身がどのように負け、そして、何故このような状態に陥ったのか全ての理由を聞き終えると、ふと、ひとつの疑問が君塚渉の脳裏にうまれる。
「もし君の推理が間違っていてゴホッゲホッ。聖水と毒が、同時に流れていたらどうしていたのです?」
「そうだったらそうだったでまた別の策を考えていたさ。」
「私が第一ラウンドからゲホッゴホッゴホッ、君に慈悲をもたずに本気で殺しにかかっていたら、ゴホッゴホッ、第一ラウンドの0.3mlの聖水の差でゴホッゲホッ、負けていたのかもしれないですよ。」
「それはありえない。」
阿黒賢一は首を左右にゆっくりと振る。
「何故ゴホッゴホッ、そう言い切れるのですか。」
「君塚さんの性格上、俺をすぐには殺さないとわかったからだよ。」
「私の性格をゲホッゴホッ、元々知っていたのですか?」
「いや、知らないよ。」
「では、ゴホッゴホッ、何故?」
もう限界なのか、とても苦しそうに言葉を絞り出す。
「君塚さんとあった時の声のトーン、仕草、目の動き、言動、姿、その他諸々から今までどうやって君塚さんが勝利してきたのか、何故俺のことを犠牲者と呼ぶのか、そして、君塚さんがどんな性格をしているのか、それらを推察したまでだよ。」
そう、阿黒賢一が君塚渉と初めてあった時、君塚渉から読み取れる少ない、ほんとに少ない情報から性格、更には勝ち方まで全てを見抜いていたのであった。
「そんな、ゲホッゴホッゴホッ、こと。不可能だ。」
自身の想像をはるかに超える回答に君塚渉の脳内には驚愕の二文字が、いや、恐怖のような感情すらもこみあげてくる。
「いいや、俺なら可能だよ。何より、君塚さんと会った時に言ったはずだよ、把握したってね。」
(最初から君の手のひらの上でしたか、こんな化け物に私如きが勝てるはずもありません。)
このゲームがはじまったその時から自分が敗北していたこと、更にはこのゲームで自分が勝利する可能性が無かったことを悟ったからであろう、君塚渉の表情から笑みがこぼれる。この笑みが自嘲からくる笑みであることは一目瞭然であった。
「ぞうですがァ、ゴホッゴホッ、最後に、何故ごんなごどをじだのですが、ゴホッゴホッ、はぁはぁ、あなだ程の力があれば、私を難なぐ倒せたでじょうに。ゲホッゴホッゴホッ。」
その問いになんの迷いもなくすぐさま答える。
「それは、初めての『ヴレ・ノワール』での対人ゲームを楽しみたかったからかな。前回は読み合いじゃなかったからね。」
「そうですが。ゲホッゴホッゴホッ。」
大量の血を吐きながらも言葉を声ひねりだした。
最初から私のことを敵としてではなく、遊び相手として見ていたのですか。そうですか。
「私が犠牲者だったようですね。」
それを最後の言葉にドサッという音と共に机の上にうつ伏せになるかのように倒れ込んみ動かなくなった。
「君塚様が続行不可能となりましたので、今回のゲーム、ポイズンアンドホーリーの勝者は阿黒賢一様です。」
ゲームマスターである林が会場全体に響き渡る程の大きな声で高らかと阿黒賢一の勝利を口にした。
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