第三十一話 思惑

前のラウンドとは真逆のスタートダッシュをきって第五ラウンドがはじまった。


「第二ラウンドで犠牲者が持った疑問を覚えていますか。」


君塚渉の問に阿黒賢一は第二ラウンドの景色をも思い出す。


「なぜ、君塚さんが3のカードをセットしたのか。」


その回答に、正解という表情をつくり、阿黒賢一に向けた。


「あの時は秘密にしてましたが、今教えてあげます。」


そう言うと君塚渉がゆっくりと語り出す。


「前にも言ったと思いますが、私は犠牲者に対して慈悲を持って接しています。」


静かな空間に君塚渉の声だけが響く。


「犠牲者は慈悲とはなんだと思いますか。」


唐突な君塚渉の問にかえってきたのは無言であった。だが、そんなことお構い無しに続きを語り出す。


「慈悲とは、一般的には人々をあわれみ、そして楽しみを与え、苦しみを取り除くことのことを言います。ですが、私が考える慈悲とは違います。」


今まであまり表に出してこなかった感情を少しチラつかせる。


「一般的な慈悲で取り除こうとしている苦しみとはなんだと思いますか、不安、後悔、痛み、悩み、悲しみ、のことですか。違います。私にとっての苦しみは死ぬことです。死だけが苦しみであり、死以外は苦しみとは言いません。死への不安、死ぬ時の後悔、死ぬ時の痛み、死への悩み、死への悲しみ、全てが死への恐怖からきている。だから私は死を取り除こうと考えています。ですが、死は必ずやってきます。ですが、遅らせることは可能です。だから私は慈悲もって、犠牲者をできる限り長く生かします。そして、私も犠牲者と同等の苦しみを得て苦しみを共有しましょう。それが私にとっての慈悲であり、犠牲者に対する慈悲でもあるのです。」





「なっ、何を言っているんだ。」


モニターに映っている狂人を前にして川名は戦慄する。


常人にはこのような思想は理解ができない。


そして、理解できないものを拒絶してしまう。だからであろう、川名の目には拒絶の色がうつっていた。





一息着いた後、君塚渉はゆっくりと続きを話し出す。


「これが私にとっての慈悲です。」


白い眼で阿黒賢一を見つめる。慈悲の目をもって。


「犠牲者がした問に答えましょう。」


これから続く君塚渉の語りに川名、いや、川名だけではない、この場にいた者のほとんどが衝撃を受けることになる。


「私があの時、1ではなく3のカードをセットした理由はですね。犠牲者に長く生きて貰いたかったからです。」


慈悲という名を被った悪意、いや、善意が阿黒賢一を襲う。


「あの時、1のカードをセットしてしまったら犠牲者は大ダメージをおっていました。その行為は死をとてもはやく引き寄せてしまいます。それは私の慈悲にそむきます。この時だけではありません。私は犠牲者の出すカードがわかっていました。ですが、あえてその数字と近いカードを出したのです。犠牲者を長く生かすために。」





モニターに映っている化け物が話す最悪の真実が川名を襲う。


「どういうことだ。」


叫ぶ気力もなく、頭が混乱の渦にのみこまれる。


(どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ。)


頭の中が真実を受け付けないかのように、いや、受け付けたくないかのように、思考がショートしてしまう。


混乱が収まったのは数分後であった。段々と現実を受け入れ、そして、整理されていく。そして、整理していくごとに絶望が川名を襲う。


(第一ラウンド、阿黒さん0.1ml、君塚渉0ml、第二ラウンド、阿黒さん0.2ml、君塚渉0.1ml、第三ラウンド、阿黒さん0.1ml、君塚渉0.1ml、第四ラウンド、阿黒さん0.1ml、君塚渉0.1ml、第二ラウンドの0.2ml以外全てが0.1ml、しかも、第三ラウンド開始時に言っていた「犠牲者の実力は、わかりました。」という言葉通り第三ラウンドからは一回も読みを外していない。これが全て君塚渉によるものだって言うのか、じゃあ、第四ラウンドの0.3mlの聖水も全て、全てが。)


絶望以外の何者でもない。これが本当だとするならば、阿黒賢一が勝利する確率は、





君塚渉は話終えるのと同時に自身の持っているカードをセットする。


「そして、これから先も犠牲者に対しての慈悲は続きます。」


それに対して阿黒賢一は何も言うことなく、いや、何も言えないまま、ゆっくりとカードをセットするしかなかった。


先程まで驚きの表情をしていた林は二人のカードセットが完了した瞬間、驚きの表情を隠し、ゲームマスターとしての顔を出す。


「第五ラウンド初めてのカードオープンです。」


林が前のラウンドと同じような掛け声をしたのと同時に二人のカードがガシャンという音と共に表になる。


D:阿黒賢一:3

A:君塚渉:2


「これにより、君塚様のタンクに前のラウンドの0.1mlと今回の0.1mlの合計0.2mlの毒が流し込まれます。」


その言葉通り、君塚渉のタンクに0.2mlの毒が溜まっていく。


その後、第五ラウンドはゆっくりと進んでいく、劇的な何かが起きるわけでもなく、ただただ破滅に一歩、また一歩と進んでいくかのように。


A:阿黒賢一:2

D:君塚渉:1


D:阿黒賢一:聖杯

A:君塚渉:3


A:阿黒賢一:6

D君塚渉:6


D:阿黒賢一:5

A:君塚渉:4


A:阿黒賢一:1

D:君塚渉:聖杯


D:阿黒賢一:注射器

A:君塚渉:5


A:阿黒賢一:4

D:君塚渉:注射器


そして、君塚渉の思惑通りに第五ラウンドが終了した。終始静かであり、会話がひとつもなく、あったのは阿黒賢一の咳と君塚渉の咳のみであった。


第五ラウンドが終了した直後、君塚渉が唐突に口を開いた。


「犠牲者は無限ループに陥ったのです。残りの4ラウンドをどう過ごすか、この時間に考えることをおすすめします。」


その目には慈悲とは名ばかりの悪意に満ちた、いや、善意が広がっていた。





空間には静寂しかなかった。


モニターに映っている理解不能、いや、理解したくない現実を前にして川名は喋ることさえできなかった。


過去の出来事全てが君塚渉の思惑通りであったということは、阿黒賢一は敷かれたレールを歩いていただけであり、それは、過去だけではなく、未来も同様であることを示している。


先程の最悪の真実を聞いても、ワンチャンスあるのでは無いのかと、奇跡が起こるのではないのかと、小さな、とても小さな希望を持っていた川名の心は未来も過去と同じように進むことを知って音をたてるようにして折れてしまった。


これは悪い夢だと、自分に言い聞かせる。残酷な現実を拒むかのように目を逸らす。それが何の意味を持たないことを川名は知っている。だが、逸らさずにはいられない。逸らさなければこのようなものを見続けられないから。





君塚渉の言葉通りここからループがはじまった。絶対抜け出せないであろう地獄。自身の出す手がことごとく見抜かれる地獄に。


第六ラウンド


A:阿黒賢一:1

D:君塚渉:聖杯


D:阿黒賢一:5

A:君塚渉:4


A:阿黒賢一:3

D:君塚渉:3


D:阿黒賢一:聖杯

A:君塚渉:1


A:阿黒賢一:6

D:君塚渉:5


D:阿黒賢一:2

A:君塚渉:2


A:阿黒賢一:4

D:君塚渉:注射器


D:阿黒賢一:注射器

A:君塚渉:6


静寂の中、そして、奇跡など起きないまま淡々と進んでいき、そして、第六ラウンドは終わりを迎えた。


0.1mlの毒が段々と阿黒賢一の体を蝕んでいく。ラウンドが進んでいく事に両者の咳の回数が多くなっていく、だが、阿黒賢一の方が明らかに体調が悪そうであった。


ループという名の地獄が続いたまま、第七ラウンドがはじまった。


第六ラウンドと同じく静寂のまま第七ラウンドも進んで行くのかと思った瞬間、唐突に君塚渉が口をひらく。


「犠牲者よ次のラウンドが最後のラウンドになります。次のラウンドが毒によって喋れなくなる可能性が高いので、なにか言い残すことがあるのならこのラウンド中に言っておいた方がいいですよ。」


目の前に存在しているとても苦しそうな男に対して、優しい口調で、慈悲の目を向けながら言葉を発した。


「このまま君塚さんの思い通りに行けば、俺は次のラウンドで死ぬが、ゴホッゴホッ。」


阿黒賢一は毒に蝕まれた体を必死に動かし、言葉を綴る。


「君塚さんはこのラウンドで負ける。」


その回答を受けた君塚渉は何を思ったのか目を閉じ、深いため息をしたのち、口を開く。


「最後の言葉が負け惜しみですか。」


ここで会話は終わり、第七ラウンドも第六ラウンドと同様に淡々と進んでいく。ゆっくりと滅びに向かうように。


D:阿黒賢一:聖杯

A:君塚渉:1


A:阿黒賢一:4

D:君塚渉:4


D:阿黒賢一:6

A:君塚渉:6


A:阿黒賢一:3

D:君塚渉:2


D:阿黒賢一:2

A:君塚渉:3


A:阿黒賢一:1

D:君塚渉:聖杯


D:阿黒賢一:注射器

A:君塚渉:5


阿黒賢一の体内に0.1mlの毒が注入され、合計0.9ml、致死量の一歩手前まできてしまった。


「ゲホッゴホッ、はぁはぁ。」


誰の目から見ても明らかに毒の影響が大きくなり、言葉を発することさえも厳しくなるほどの状態に陥ってしまった。


「私が言った通り、もう喋れそうにありませんね。」


そう言いながら自身の持つ最後のカードをセットした。


その後、阿黒賢一も自身の震える手でゆっくりと力なくこのラウンド最後のカードセットを行う。


もしかすると、次のラウンドのカードセットを時間内に行えない可能性すらもありえる程、阿黒賢一は弱っているように見えた。


第七ラウンド最後のカードオープンが行われた。


A:阿黒賢一:5

D:君塚渉:注射器


「これにより、君塚様の体内に0.2mlの毒と0.1mlの聖水が注入されます。」


その宣言通り、タンク内に存在している毒と聖水が君塚渉の体内に流れ込んでいく。


「ゴホッゲホッ、ゴホッゴホッ。」


タンク内の毒と聖水が注入された瞬間、目を見開いた君塚渉が口から血を吐き出し、それまで感じたことの無い程の苦しみが襲った。


(なっなんだ、呼吸が苦しい。呼吸が上手くできない。苦しい。これはまずい。苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。)


君塚渉が苦しがっているのを先程まで苦しがっていた阿黒賢一が余裕のある笑み向けながら眺めている。


「なっ、何をしだのですがぁ。」


自身を眺めている阿黒賢一に気づいたのだろう。振り絞れる限りの大きな声で阿黒賢一を怒鳴りつけた。


「だから言ったでしょ。君塚さんはこのラウンドで負けるって。」



______________________

あとがき

ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

次回でポイズンアンドホーリーは決着をむかえます。

いったい何が起こって君塚渉がこんな状態となってしまったのか、次回の種明かし回を楽しみにしていただけると幸いです。

これからも頑張っていきますので応援よろしくお願いします。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る