第三十話 悪夢

「これよりA側が阿黒様、D側を君塚様で第四ラウンドをはじめます。」


その言葉を合図にして第四ラウンドがはじまった。


阿黒賢一は何も喋らないまま、いや、何も喋れないと言った方が正しい。自身が考えている事が自分の言葉から推察されるのではないかという不安が阿黒賢一から見え隠れしている。


そのような状態だからだろう。阿黒賢一は無言のまま自身の持っているカードをセットするしかなかった。


「犠牲者は何も話さなかったら私に悟られないとでも考えたのですか。」


そのような策とも言えない行動の心理すら見抜いたであろう君塚渉が口を開いた。


だが、阿黒賢一から返事がかえってくることは無く、無言の時間が訪れたのであった。


無言の時間の最中、君塚渉も無言のままカードをセットする。


無言の時間を破るわけでもなく、ただただ無言の時間の流れに合わせるように。


「それでは、」


無言の時間を破ったのは他でもない林であった。


「お二人のカードがセットし終えましたので、」


前のラウンドと同じように小型カメラに向けて話しかける。


「第四ラウンドはじめてのカードオープンです。お互いの最初の出だしはどのような結果となるのでしょうか。」


軽く間を置いた後、続きの言葉を発する。


「カードオープン。」


林が高らかに宣言したのと同時に阿黒賢一と君塚渉のカードがガシャンという音と共に表にかえる。


A:阿黒賢一:3

D:君塚渉:2


「これにより、D側である君塚様には、前のラウンドの0.1mlと今回の0.1mlを合わせた0.2mlの毒がタンク内に流し込まれます。」


林の説明が終わるのと同時にトクトクという音と共にタンク内に毒が溜まっていった。


第四ラウンドは無言の時間が大半占めた。なぜなら、片方は喋りたくない。もう片方は喋らずともよい。という状況であったからにほかならない。


先程のラウンドと同じように無言のまま進んでいく。


カードオープン。


D:阿黒賢一:1

A:君塚渉:3


「これにより、阿黒様には、前回のラウンドの0.1mlと今回の0.2mlの合計0.3mlがタンク内に溜まります。」


林の説明とガシャンというカードオープンの音、タンク内に毒が溜まる音、それらの音しかこの空間には響かない。


次のカードオープン。


A:阿黒賢一:6

D:君塚渉:5


そして、その次のカードオープンも。


無言のままに、スルスルと何も無いかのように進んでいく。





「よし!!」


モニターを前にして川名がガッツポーズを決める。


先程までモニターに映っている阿黒賢一達と同様に無言でモニターを見ていた川名が唐突に、第四ラウンドはじまって初の言葉を口にした。


なぜそのような言葉が出たのかというと答えは簡単である。


D:阿黒賢一:聖杯

A:君塚渉:6


この結果を目の当たりにしたからにほかならない。


(ここでの0.3mlの聖水は美味しいぞ。こと後、君塚渉に大ダメージを与えられれば逆転も全然有り得る。よっしゃ。このまま行ってください。頼みます。阿黒さん。お願いします。)


阿黒賢一に縋るしかない川名は心の中だけではなく、声に出し更には、胸の前で手を組みながら祈った。





無言である。


川名とは反対に阿黒賢一は無言であった。


0.3mlもの聖水をてに入れたのにも関わらずに喜びもしなかった。それに対して、6を出してしまった君塚渉の顔はまだまだ余裕に満ちていた。相手に0.3mlもの聖水を与えてしまったのにも関わらず。


普通なら喜び、普通なら落ち込むこの場面でふたりが二人、真反対の反応を取っていた。このような普通が通じない異様な空間が広がっている。


その後も無言。やはり無言。先程と同じように何も無いかのようにスルスルと、全てが順調かのように。


次のカードオープン。


A:阿黒賢一:4

D:君塚渉:聖杯


次の次のカードオープン。


D:阿黒賢一:5

A:君塚渉:4


そして、その次のカードオープン。


A:阿黒賢一:2

D:君塚渉:注射器


「第四ラウンド初めての注射器です。これにより、君塚様の体内にタンク内の毒と聖水を注入致します。」


その掛け声が終わるのと同時にタンク内に存在している毒と聖水が段々と体内に入り込んでいく。


「ゴホッゴホッ」


阿黒賢一が咳をする。


君塚渉はそれが普通の咳では無いことを見抜いた。


致死量の半分もの毒を体内に保有しているだから無理もないと君塚渉は思う。これまでこのようなことがなかったのが不思議なくらい。


「犠牲者よ無理はいけません。」


なぜこのようなことが今まで起こっていないのか、簡単なことである。阿黒賢一が我慢していたからにほかならない。そのことを見抜いたから君塚渉は先の言葉を口にしたのだ。


君塚渉の言葉に阿黒賢一は返事を返さない。いや、返せない。


そして、第四ラウンド最後のカードオープン。


「第四ラウンド最後のカードオープンです。」


バッ。という音を立てながら両手を勢いよく広げる。


「カードオープン。」


掛け声と同時にお互いのカードが表になる。


D:阿黒賢一:注射器

A:君塚渉:1


「注射器が出ました。これにより、阿黒様の体内にタンク内に存在する毒と聖水が注入されます。」


先程と同じようにタンク内に存在する毒と聖水が阿黒賢一の体内に流れ込んでいく。


「ゴホッ。」


毒の影響で君塚渉も咳をする。


タンク内に存在した全ての毒と聖水が体内に流れ込んだのを確認した後、林が口を開く。


「これで第四ラウンドを終了致します。前のラウンドと同様にタンク内に0.1mlの毒が溜まった後、5分間の休憩をとります。」





ソファーに座っている川名は顔を下に向けながら第四ラウンドでの出来事を整理していた。


(今回のラウンドで阿黒さんは0.4mlの毒と0.3mlの聖水を手に入れて体内には合計0.6mlの毒が存在していることになる。それに対して、君塚渉は0.3mlの毒と0.2mlの聖水を手に入れる結果となった。これで、体内には0.4mlの毒が存在している。二人の差は相変わらず変わらない。さっきは喜んでしまったが、その後に0.1mlの毒を貰うことになってしまったのが痛いなぁ。このままでは、差が縮まらず、ジリ貧になってしまう。だが、考え方を逆にすれば、差を離されていないとも考えることができる。この先、1回でも君塚渉をだし抜けたら逆転できる。まだいける。なのに、なんだこの違和感は、この胸の奥にあるざわめきは、何かを見落としているのか。なんだ、なんだ、なんだ、なんだ。)


川名が第四ラウンドのことを整理し終えるのと同時に第五ラウンド開始の合図がなる。





「それではこれより、A側を君塚様、D側を阿黒様で第五ラウンドを開始したいと思います。」


林の目が阿黒賢一と君塚渉のことを順々に捉える。


「それでは、これより第五ラウンド開始です。」


開始の合図がなった途端に君塚渉が口を開く。


「犠牲者が第二ラウンドで私にした質問に今答えてあげます。」


ここから君塚渉は自身の思惑を語り出す。常人には理解できない狂言を。

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