第二十八話 真似事
「なっ何を考えているんですか!?」
川名はモニターに映っている自身の組のギャンブラーの意味不明な行動に思わずに声を荒らげてしまう。
(どういうことだ。このターン君塚は聖杯のカードを出すだろう。これによって君塚は0.3mlの聖水を手に入れてしまう。第一ラウンドで阿黒さんと君塚の差は0.1mlまだ巻き返せると思ったが、このラウンドで0.4mlの毒を相手に与えないとイーブンに持ち込めない。一体何を考えているんだ。)
阿黒賢一の行動にどういう意図があるのかを頭の中で考える。
●
「これはどういうことだ。阿黒様、君塚様に自身がセットした6のカードを教えました。これにはどういった意図があるのでしょうか。」
このゲームを仕切る林が声を荒らげているのに対して、対戦相手である君塚渉は冷静にそのカードを見つめていた。
「そういうことですか。」
阿黒賢一は君塚渉から発せられた言葉に少し怪訝そうな顔をする。
「俺の考えていることがわかったとでも?」
「えぇ。わかりましたよ。」
阿黒賢一の奇策を前にしても顔色ひとつかえず、静かな手つきで自身の前にカードをセットした。
「それでは、第二ラウンド初のカードオープンです。」
林が両手をそれぞれのカードに向けた瞬間、両者のカードがガシャンという音と共にオープンされる。
A:阿黒賢一:6
D:君塚渉:聖杯
「阿黒様は、宣言通り6のカードを君塚様はそれに対して聖杯のカードです。これによって君塚様のタンクに聖水が0.3ml流し込まれます。この行動が吉と出るか凶とでるか、見ものです」
第二ラウンド初めての聖水が君塚渉のタンク内に流し込まれる。
「やっぱり聖杯だよね。」
わかっていた。いや、当たり前の行動をした君塚渉に対して言葉を投げかけた。
「当たり前です。犠牲者がA側だったのですから。」
その言葉を聞いた阿黒賢一は不敵な笑みを君塚渉に向けた。
「次は君塚さんがA側だよ。」
「私がセットするカードは既に決まっています。」
そう言うとなんの迷いもなく手に持っている7枚の白いカードの丁度真ん中にあるカードをセットした。
「犠牲者はまだ私に勝てるとでも思っているのですか。」
「思っているよ。」
阿黒賢一がそう答えるとわかっていた。と言わんばかりの表情を向ける。
「そうですか。今度は私が犠牲者に問いかけましょう。」
少しの間をあけ話を続ける。
「私がセットしたカードはなんだと思いますか。」
「君塚さんのセットしたカードは1かな?それとも2?はたまた3?いやいや4?もしかして5?最後の数字の6?数字じゃなくて注射器かな?」
君塚渉の問に眉ひとつ動かさないまま、君塚渉の手札に残っているカードを順に聞いていく。
「君塚さんがセットしたカードは5でしょ。」
「どうですかね。」
対面している君塚渉を黒い眼でしっかりととらえながら言葉を発する。
「君塚さんは3の数字で一番大きな反応を示したんだ。だけど、君程の男だよ。そんなことで反応はしないでしょ。
一呼吸あけて続きの言葉を綴る。
「君塚さん……、わざと反応したでしょ。」
「どうでしょう。」
今度は君塚渉の白い眼が黒い眼をしっかりととらえる。
「そう考えると一つだけ絶妙に他より反応が小さい数字があったんだ。それが5。君塚さんがセットしたカードの数字。」
常人には見分けもつかない程の些細な体の反応を阿黒賢一は見逃さなかった。
そして、言いたいことを言い終えると阿黒賢一は自身の目の前にカードをセットした。
「両者セットが完了致しました。阿黒様の予想は的中するのでしょうか。それとも、君塚様が欺くのでしょうか。それでは、結果を見てみましょう。カードオープン。」
ガシャン。
D:阿黒賢一:5
A:君塚渉:3
「阿黒様、読みを外してしまいました。これにより、阿黒様には0.2mlの毒と前ラウンド終了時に溜まっていた0.1mlのどぐら、合計0.3mlの毒がタンクに溜まります。」
読みを外してしまった阿黒賢一のタンクに0.3mlもの毒が溜まっていく。
「やはり犠牲者は私のことをしっかりと見ていらっしゃる。」
阿黒賢一はその言葉の意味を即座に理解する。
「わざとだったのかい。」
「えぇ。そうです。私は3の時にわざと反応を示しました。犠牲者がそれをわざとだと見破ってくれるだろうと思いましたから。」
「なるほど。まんまと君塚さんの罠に嵌められたということか。」
「そういうことになりますね。」
ふと、阿黒賢一にひとつの疑問が生まれる。
「どうして君塚さんはそこまでわかっていたのに3のカードをセットしたんだい。1のカードをセットしていれば俺に0.4mlもの毒が溜まったというのに。」
その問いに、白く美しい手の人差し指以外の指を折り込み、唇の前に持っていき、口を開く。
「それは、まだ秘密です。」
「教えてくれないのかい?」
その言葉と同時にカードをセットする。
「今はまだ教えられません。」
阿黒賢一のカードセットに答えるかのように君塚渉もカードをセットした。
「それでは、カードオープン。」
ガシャン。
A:阿黒賢一:5
D:君塚渉:6
「阿黒様、君塚様に1しか差をつけられませんでした。これにより、君塚様のタンクには0.1mlの毒と前ラウンドの0.1mlの毒、合計0.2mlが流し込まれます。」
トク、トク、と君塚渉のタンクに毒が流し込まれる。
君塚渉は阿黒賢一の黒い眼を見るやいなや問いをかける。
「犠牲者よ。もう一回やりましょうか。」
不気味な笑みの仮面を白い顔に貼り付けたような表情で阿黒賢一を見つめる。
「いや、遠慮しとくよ。」
「それは残念です。」
断られることがわかっていたかのような変わり身の速さで次の言葉を口にする。
「それでは、普通にやりましょうか。」
白く美しい手で白いカードを白い机の上にセットする。
「じゃあ、俺も普通にセットしようかな。」
今度は阿黒賢一が君塚渉にのセットに答えるかのようにカードをセットした。
「両者セットが完了致しましたので、カードオープン。」
ガシャン。
D:阿黒賢一:2
A:君塚渉:1
「これにより、阿黒様のタンクに0.1mlの毒が溜まります。」
君塚渉が阿黒賢一に白く美しいが本能的に危ないと思わせるかのような満面の笑みを向ける。
「どうやら犠牲者は読み負けたと言うのにまだ、私に勝とうとしているようですね。」
「俺は諦めが悪くてね。少し読み負けたからと言って諦めるような男じゃないんだ。」
今までと変わらない不気味な笑みを君塚渉に向けかえす。
「そうですか、わかりました。」
ゆっくりと目を瞑り、数秒してから目をあけ、話の続きを話し出す。
「少し面白いことをしましょう。」
「面白いこと?」
突然の君塚渉の提案に少しの驚きが阿黒賢一の中に生まれる。
「犠牲者が先程やったことです。」
そういうと君塚渉は白い手で持っている四枚のカードのうち、3のカードを阿黒賢一に見せ、それ以外のカードを机の端においた。
そして、そのまま、3のカードを裏にして机の上におく。
「これで、犠牲者がカードをセットした時に私もこのカードをセットします。犠牲者の残りの手札は1.4.聖杯.注射器の四枚です。この場で犠牲者が出すべきカードは1ですよ。」
「君のことを信じるとでも。」
「信じてくれないのですか。」
疑いの目で目の前に座っている君塚渉を見つめる。
「俺がセットした瞬間に別のカードに変更することも可能でしょ。」
「何故私が白色が好きなのかわかりますか。」
突然の質問に阿黒賢一は眉をひそめながらも答える。
「どうして白が好きなんだい?」
「白が誠実で、この世で一番美しい色だと思っているからです。その色を身にまとっている私が犠牲者相手にそんな陳腐な嘘、つくわけないじゃないですか。それを踏まえてもう一度言います……。私がセットするカードは1です。」
阿黒賢一はもう一度君塚渉の白い眼をのぞく。
「君のことを信じよう。」
そう言うと今度は阿黒賢一が手札にある1のカードを君塚渉に見せた後、裏側でセットした。
その行為が嬉しかったのか、君塚渉は満足そうな笑みを阿黒賢一に向ける。
「両者セットが完了しました。それでは、カードオープン。」
ガシャン。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます