第二十六話 犠牲者

「まず初めにA《アタック》側とD《ディフェンス》側を決めてください。」


「犠牲者が決めて良いですよ。」


余裕のある態度をとっている君塚渉が口を開いた。


「いいのかい。そんなに余裕ぶっていて。」


そうは言いながらも阿黒自身また、余裕のある態度をとっている。


「良いのですよ。私は慈悲深いのですから。」


慈悲のこもった目を阿黒賢一に向けなが答えた。


「それじゃあお言葉に甘えて、D側にしようかな。」


「それでは、君塚様がA側、阿黒様がD側で第一ラウンド開始です。」


その掛け声がした瞬間に君塚渉はなんの迷いもなくカードをセットした。


「悩まなくて大丈夫なのかい。」


「大丈夫ですよ。犠牲者相手に悩む必要なんかありませんから。」


「君のその奢りに足元をすくわれないようにしなよ。」


「すくわれませんよ。」


「そうだね。すくわれないといいね。」


会話が終了するのと同時に阿黒は不敵な笑みを浮かべながらカードをセットした。


「それでは、カードオープン。」


ゲームマスターである林が宣言をしたのと同時にセットされたカードが机の中に存在しているであろうカラクリでガシャンという音と共に表にかえった。


D:阿黒賢一:2

A:君塚渉:1


「君塚様、アタックにより、阿黒様のタンクに0.1mlの毒が溜まりました。」


この言葉の後、阿黒賢一のタンク内に毒が流し込まれていく。


「すくわれないと言ったでしょう。」


そう言う君塚の顔は到底白など似合わない悪魔のような笑みを浮かべていた。


「まだはじまったばかりだよ。足元をすくわれるのはもっと後かもしれない。」


「私が足元をすくわれることは一生ありませんよ。」


先程と同じような会話が2人の間に生まれた。


阿黒賢一が静かにカードをセットした後、面白いことを口に出す。


「さぁ、俺がセットしたカードはなにかな?」


その言葉を無視するかのように、その質問の答えが既にわかっているかのように、初めから自身のセットするカードが決まっていたかのように、君塚渉はカードをセットした。


「考えるまでもありません。」


その言葉を口にした者の目には確信めいたものがあった。


「カードオープン」


その言葉と連動して先程と同じようにカードが表になる。


A:阿黒賢一:6

D:君塚渉:聖杯


ガシャン。


「なんと、これによって、君塚様のタンクに0.3mlの聖水が溜まってしまった。これは、阿黒様痛恨のミスか。」


今度は君塚渉のタンク内に0.3mlもの聖水が流れ込む。


「先程も言いましたが、あえてもう一回言いましょう。私が足元をすくわれることはありません。」


「じゃあ、俺ももう一回言おうかな、君は絶対に足元をすくわれるよ。」


またしても同じ会話が続く。


阿黒賢一は少しの間を開けた後、手に持っている6枚のカードの1番左にあるカードを場にセットした。


「犠牲者は、わかりやすいのですね。」


不敵で傲慢な笑みを阿黒賢一に向けながら、カードをセットした。


両名がセットしたのを確認した後、ゲームマスターである林が口をひらく。


「両者セットが完了しました。カードオープン。」


ガシャン。


D:阿黒賢一:聖杯

A:君塚渉:2


「なんと、阿黒様。聖水を0.1mlしか溜められませんでした。」


第一ラウンドはじめて君塚渉の毒のタンクに毒が注がれる。


阿黒賢一の読みが外れたのか、たった0.1mlしか聖水を確保出来なかった。


「犠牲者はこのゲームで命を落とします。ですが、悲しむことはありません。私が最後まで慈悲深く見守ってあげるのですから。」


君塚渉の言葉と同時に阿黒賢一がカードをセットする。


「俺はこのゲームで命は落とさないよ。それを証明するために君塚さんにひとつ質問をしよう。」


そう言った阿黒賢一は少し間をあけて続きの言葉を声にだす。


「俺のセットしたカードはなんだと思う。」


先程と同じ質問を君塚渉になげかける。


その問に対して君塚渉は阿黒賢一の目をずーっと、瞬きもせずに見つめていた。


「3ですね。」


君塚渉は探りを入れるかのように言葉を発する。


「3だと思うなら、3を出してみるといい。」


その言葉を聞いた君塚渉はなんの迷いもなく自身の手札に手をかけ、そのままカードをセットした。


「それでは、カードオープン。」


ガシャン。


A:阿黒賢一:3

D:君塚渉:4


「これにより、君塚様のタンクに0.1mlの毒が溜まります。」


今度は君塚渉が読みを外したのか、阿黒賢一がセットしたカードは3ではなく4であった。


「ほらね。君塚さんは俺には勝てない。」


「いいえ、犠牲者は負けます。」


お互いがお互い目を見つめ合う。全てを見透かしたような目で、全てを知っているかのような目で、お互いが見つめ合う無言の時間は、無言にも関わらずそれを見ているもの達に固唾をのませた。


「少し以外だね。」


無言の時間を破ったのは阿黒賢一であった。


「何がですか。」


「君塚さんが犠牲者の質問に答えたことだよ。てっきり答えてくれないのかと思ってたよ。」


「答えますよ。犠牲者には慈悲を持って接しなければなりませんから。」


「どうしてだい。」


「今日が犠牲者にとって最後の日だからですよ。」


「それじゃあ俺も君塚さんに慈悲を持って接しなければね。」


「その必要はありません。」


「必要だよ。なんたって今日、君塚さんは俺に敗北するから。」


君塚渉の目を見つめながら、手に持っているカードをセットする。


「そうなることが犠牲者の望みであるということはわかっています。ですが、残念です。犠牲者が私を負かすことは絶対に出来ません。」


「どうして自分は負けないと断言できるんだい。」


「断言できます。犠牲者はもう既に死んでいるのと同じなのですよ。死者である犠牲者が生者である私をどう殺すと。」


君塚渉は常人には理解でないであろうことを声にだした。


「君塚さんは面白いことを言うね。でも、俺はまだ死んでない。犠牲者じゃなくて生者だよ。そして、生者は生者を殺せる。」


表情に不気味な笑みを浮かべながら対面に座っている君塚渉の目をジッと見つめた。

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