第七話 勧誘
『ラ・ラポーネ』に存在しているクリエイティブエリアは先程までの盛り上がりは消え失せ、静寂だけが残っていた。
静寂の原因は言うまでもなく、視線の中央に存在している黒髪、黒スーツ、赤目の男だ。その男の悪魔ともおもえる所業に観客は黙るしかなかったのだから。
そんな静寂を破ったのは他でもない阿黒賢一本人であった。
「じゃあ、俺はここら辺で失礼するよ。」
目の前に座っている今まさに自身が破産させた男を目にもとめずに席を立つ。
コツコツコツコツ
革靴の音だけが静寂な空間に響き渡る。その男が歩くと、モーセが海を割ったかのように、観客達が男の道をつくりだした。どうやらこの男は『ら・ラポーネ』を出ようとしているようであった。
それを見ていた川名春吉はすぐさまに阿黒賢一を追いかける。
「ちょっといいですか?」
「なんですか?」
阿黒賢一は背後からの声でふりかえる。
「ちょっとお話がしたいんですが。」
その言葉を聞いた途端に阿黒賢一の表情に笑みが現れたように見えたが、きっと気のせいだろう。
「いいですよ。」
●
川名春吉と阿黒賢一の二人は『ラ・ラポーネ』を後にすると、川名春吉が通っている川名組の近くに存在しているバーに立ち寄った。
バーのテーブル席についた二人は川名春吉の一言により会話が始まる。
「先程のゲーム、とても素晴らしかったです。」
川名春吉は当たり障りのない言葉を綴り、本命の組へのお誘いまでの道のりを言葉でつくろうとしている。
「それは、嬉しいね。ありがとう。」
そこから数分、当たり障りのない会話が二人の間で繰り広げられていく。
そんな会話をしているさなか、唐突に川名春吉が1つの疑問を阿黒賢一になげかける。
「ですが、獅子川宗隆が阿黒さんの提案にのってこなかった場合はどうしていたんですか?」
まずはこれが聞きたい。もしこれで阿黒賢一が何の策もなしに、ただの運任せで行った行動だったら組へ誘わないかもしれない。
その質問を聞いた阿黒賢一は顔に少し笑みを浮かべながら答えた。
「それは、ありえないですよ。」
「何故そう言いきれるのですか。」
ありえないと断言してきた阿黒賢一の目を正面にとらえながら質問をかえす。
「だって獅子川さんは絶対にのってくるから。」
「だから、どうしてそうだと断言できるのですか?」
「獅子川さんがどんな人間だかわかるかい。」
唐突にきた質問に川名春吉は答えることが出来なかった。いや、そもそもその質問の答えを持ち合わせてはいなかった。
「獅子川さんはね、お金がとても好きで、弱者であり、そして何より、プライドが高い人なんだよ。」
阿黒賢一は川名春吉の回答を待たずに続きを話し始める。
一方、川名春吉はフォースでの出来事を思い出しながら阿黒賢一の話に耳を傾けていた。
「獅子川さんにわざと最初の3ラウンド負けることで、相手が自身よりも格下であることを俺は印象付けた。それから、あの提案をしたんだ。獅子川さんはイカサマに絶対の自信があったし、格下の相手が自分に勝てるわけないという奢りもあった。そして何より、大好きなお金をもっと稼ぐチャンスが獅子川さんに舞い込んできたんだ。のらない理由がない。そのために獅子川さんが絶対にのってくる状態に俺が導いたんだ。だから、獅子川さんは俺の提案に絶対のってくるんだよ。」
「なるほど、」
獅子川宗隆の性格や思考を全てよんでの行動だったのか。
「もしかして、獅子川宗隆のことを知っていたのですか?」
この話を聞いてまず初めに川名春吉の脳内に浮かんだ考えをそのまま言葉にして阿黒賢一に投げかける。
「いや、知らないよ。今日はじめて会ったんだ。」
「それじゃあ、あんな短時間の間に獅子川宗隆の性格と思考を理解したのですか。」
「そうさ。理解したからこそ、獅子川さんのイカサマを見破ることができた。」
「やっぱり、獅子川宗隆はイカサマをしていたんですね。」
フォースの最後の方の獅子川宗隆のあの焦りように何があることまでは理解することができたが、そういうことだったのか。
「うん。してたよ。」
「どんなイカサマをしていたんですか。」
ただただ純粋な疑問を阿黒賢一になげかける。
「仲間を使ったイカサマと相手のトランプにマークをつけるイカサマさ。」
「ど、どうやって獅子川宗隆がイカサマしていると見抜いたんですか。」
「だって獅子川さんのメガネに度が入っていなかったし、左耳を異様に気にしてたんだ。」
『ラ・ラポーネ』にいた時の獅子川宗隆の服装や髪型、付けているものを詳細に思い出す。
「そ、それだけで?」
「それだけで十分だよ。獅子川さんの左耳には恐らくイヤホンかなんかがついていて、他の誰かが俺のセットするカードを見て獅子川さんに伝えてたんだろうね。メガネには、度が入っていなかったことから、なんらかの特殊なマークとかを見るための道具だと予測できる。だから、俺は手札とセットするカードを俺以外の誰にも見えないようにしたんだ。そうしたら、獅子川さんは俺のセットしたカードを異様に見つめていたんだ。そこで、予測は確信に変わった。」
た、確かに言われてみれば、獅子川宗隆は相手のカードを見つめていたような気がするが、言われるまでは絶対に気づけなかったであろう。
「凄いですね。そんな細かいところまで見ていたんですね。それで、どうやってイカサマを突破したのですか?」
「それはね、これだよ。」
阿黒賢一のスーツの袖から四枚のトランプがでてきた。
「これは、」
「これはね、獅子川さんがフォースのために用意したマークのついたトランプだよ。」
「す、すり替えたんですか!!」
「正解。獅子川さんが用意したトランプは『ラ・ラポーネ』のものだったからね、休憩タイム中に縦横無尽に歩いていると見せかけて、壁際に置いてある新品のトランプからジョーカーと俺が使っていたスペードの1~3のカードを抜き取っておいたんだよ。」
なるほど、獅子川宗隆は自身のイカサマに絶対の自信を持っていた。だから、それに奢り相手の休憩の提案をのんでしまったのか。自分が負けるとは微塵も思っていなかったから。
「どうして阿黒さんは獅子川宗隆にそれほどの仕打ちをしたのですか。あなたほどの実力があれば獅子川宗隆に普通に勝利することだってできたはずなのに。」
「それは、お金が必要なのと、川名さんに俺の実力を示すためだよ。」
「どうしてそんな……。」
阿黒賢一の言葉によって、今自身がしようとしていた発言が途切れる。
「どうして、俺の名前を知っているんですか。」
川名春吉は1度も阿黒賢一の前で自身の名前を口にはしていない。それにも関わらず阿黒賢一は川名の名前を口にしたのだ。
「川名さんて川名組の組長でしょ。」
「は、はい。」
「そして、陣間組とゲームができるギャンブラーをさがしている。」
「どうして、そこまで。」
次々と自身の状況を当てられていくことに川名春吉は恐怖すら覚えた。
「裏社会の情報網を舐めすぎじゃないかな。それくらいのことならちょっと調べればわかるよ。」
「な、なるほど。」
川名春吉は自身の裏社会への理解度が低いことをまじまじとわからせられた。
「川名さんが言いかけた質問に答えてあげるよ。俺が松村さんに実力を示した理由は、組のギャンブラーにしてもらう為だよ。。」
「なるほど、」
阿黒賢一から発せられたその一言で川名春吉はなぜ自身に実力を見せたかのかを理解した。
「では、改めまして、俺はこいう者です。」
対面に座っている阿黒賢一にポケットから出した名刺ケースから名刺を取り出し、差し出した。
「それで、どうかな。」
名刺を受け取りながら阿黒賢一は言葉を発した。
「ぜひ、川名組のギャンブラーになってください。」
対面に座っている阿黒賢一に対して深く頭を下げてお願いする。
「じゃあさ、俺の願いも一つ聞いてくれないかな?」
川名春吉は軽く身構える。
「な、なんでしょうか?」
「--------」
阿黒賢一の願いを聞くべきかどうかを数分もの間思考する。
(ここで阿黒さんを逃したら残りの日にちで陣間組と戦えるギャンブラーを見つけられかどうか。ここは腹を決めるしかない。)
「わかりました。その願いききます。」
川名春吉の返答に満足したのか阿黒賢一は笑みを顔にうかべた。
「これからよろしくね。川名さん。」
阿黒賢一が手を差し出し、握手を求めてくる。
「こちらこそよろしくお願いします。」
その手を強く握り、二人は握手をする。
こうして今日、この日、この場所で阿黒賢一は川名組のギャンブラーとなった。
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