第六話 地獄

「いいだろ。その提案受けてやる。」


その答えに阿黒賢一はニコリと笑ってみせた。


「ありがとう。」


心の底から獅子川宗隆に感謝する。


この会話が終わった後、前回のラウンドと同じように3分間の休憩タイムに突入した。休憩タイムでの過ごし方も先程と同じで、阿黒賢一はクリエイティブエリアを縦横無尽に歩き、獅子川宗隆は相変わらず椅子に座っいてその場を動かない。


特に何事もなく休憩タイムが終わり、第四ラウンドつまり最後のラウンドがはじまろうとしていた。


「これより、先攻を獅子川宗隆様として、最後のラウンドである第四ラウンドをはじめたいとおもいます。」


(アイツに合わせるか、)


対面に座っている阿黒賢一を見つめる。


「ベット100万。」


獅子川宗隆は様子見として100万をベットした。


「レイズで900万かな。」


(ほう。今までの負けを取り返したいのか、もうやけくそだなぁ。いいぜ、その1000万も俺が貰ってやる。本当にお前は良いカモだぜ。)


「コールだ。」


これにより第四ラウンドの賭け金の合計は2000万となった。


「第四ラウンドのそれぞれの賭け金は1000万となりました。それでは、獅子川宗隆様の先攻で開始致します。」


(出すカードは既に決まってんだよ。)


ゲームが開始するやいなや心の中でそう呟きながらカードをセットしる。


対面に座っている阿黒賢一は先程と同じように自分にしかカードが見れないようにしている。その状態のまま数十秒が経過したのち、ゆっくりとカードをセットをセットした。


「それでは第四ラウンド、1セット目のカードオープンです。」


その掛け声と同時に二人は手動でカードを表にかえす。


阿黒賢一:2

獅子川宗隆:2


「阿黒賢一様が2、獅子川宗隆様も2、これにより第四ラウンド、1セット目は引き分けになります。」


(チッ、引き分けかよ。だがまぁ良い、次のセットは俺がもるうからな。このゲームだけで2000万も手に入るとは、本当にラッキーだぜ。)


「次はお前の番だぜ。」


対面に座っている阿黒賢一を小馬鹿にするような言いぐさをする。


「そうだね……。残念だけどこれで終わりだね。」


「?」


獅子川宗隆は阿黒賢一が言ったその言葉の意味を理解出来ていない。


阿黒賢一は先程とは違い今度は間をあまりあけずにカードをセットした。


『やっぱり、阿黒賢一のカードはわからないです。」


部下による何度目かもわからない同じ報告。


(そんなのわかってる。お前らが見えなくても俺さえ見えれば、)


「は?」


獅子川宗隆の間抜けな声が漏れる。


(ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。マークがない。)


「どっ、どういうことだ。」


獅子川宗隆は思わず叫んでしまう。


叫ぶのも無理はない。なぜなら、今まで破られてこなかった無敵のイカサマ。そして、獅子川宗隆を勝利に導いてきたトランプの裏側のマークがどんなに事細かに探しても見当たらないのだから。


「どういう。」


獅子川宗隆の頭の中は混乱で埋め尽くさていた。


そんな獅子川宗隆を笑う者が一人いた。それは、対面に座っていて、今まさに獅子川宗隆とギャンブルをしている男、阿黒賢一であった。そんな阿黒賢一を見た獅子川宗隆はどんな方法でマークを消したかはわからないが、マークを消した犯人が阿黒賢一であることだけは理解できた。


「貴様、何をした。」


思わず阿黒賢一を怒鳴ってしまう。突然の獅子川宗隆の大声でギャンブルを観戦していた人たちがザワザワとしはじめる。


「何をそんなに怒っているんだい、さぁ、はやくカードをセットしなよ。」


阿黒賢一はわかってるはずだ、だが、わからない振りをしている。


「いいのかい、カードをセットしないで、無駄に100万を俺に支払うことになるよ。」


(そうだ、ここで五分以内にカードセットしなければ無駄に100万を失うことになる。クソっ、どういうことだ。どうなっている。あぁ、あいつは何をセットした。考えろ。)


獅子川宗隆タイムアウトギリギリにカードをセットした。


「それでは、両者共にカードをセットし終えましたので、カードをオープンしてください。」


担当の指示に従うように二人は自身のカードを表にかえす。


阿黒賢一:1

獅子川宗隆:1


「阿黒賢一様が1、獅子川宗隆様も1、ということは、なんと2セット目も引き分けです。」


(一体何が起こっているんだ。ここで負けたら今までの勝ちがパーになっちまう。)


「どうしたんだい、次は獅子川さんの番だよ。」


(クソクソクソ。そんなのわかってるつーの。くそ、どっちだ。どっちなんだ。)


先程まであった余裕の表情は消え去り、余裕の代わりに焦りの表情がでてくる。


「クソっ。」


ついに心の声が言葉として口から放出された。


(あぁ、もうわからねぇ。クソっ、考えても仕方ねぇ。)


考えに考えた結果考えることを放棄し、運に委ねることにした。いや、委ねるしか無かった。


「やっとセットしたね。じゃあ俺もセットしようかな。」


獅子川宗隆とは逆に時間をかけずにカードをセットする。


「カードセットが完了致しましたので、第四ラウンド、3セット目のカードオープンです。」


先程と同様にそれぞれが手動でカードをオープンする。


阿黒賢一:ジョーカー

獅子川宗隆:ジョーカー


「おぉーと、これは凄いことになりました。なんと、このラウンドで3回目のいや、残りのカードも合わせるとこのラウンド全てが引きわけとなりました。ルールにより、第四ラウンドは終了せずに、賭け金はそのまま、先攻後攻を入れ替えてもう一度第四ラウンドが開始致します。」


(まだ負けていない、次のラウンドで勝てば俺は何も失わずに1000万が手に入れられる。)


「それでは、先攻を阿黒賢一様として、2回目の第四ラウンドを行います。」


その合図と同時に阿黒賢一がゆっくりと口をひらく。


「ベット200万。」


「コールだ。」


阿黒賢一のこのベットに獅子川宗隆はのるしかない。なぜならここでドロップすれば1000万もの大金を相手に支払う羽目になるのだから。


「第四ラウンドのそれぞれの賭け金は1200万となりました。これより阿黒賢一様を先攻として2回目の第四ラウンドのカードセットを行ってください。」


担当の指示に従うまま阿黒賢一はカードセットをセットする。


(クソっ。やっぱりマークがない。一体どうやってやった。)


セットされたカードを見つめていた目を阿黒賢一の方にスライドさせ、睨みつける。


『やっぱり阿黒賢一のセットしたカードはわかりません。』


(クソっ。使えない野郎どもがよ。)


先程までの獅子川宗隆はそんな部下の言葉でも軽く受け流していたが、今は違う。部下の何もわからなかったという報告を聞く度に怒りがたまっていく。その原因は言うまでもないが、マークが消され、自身の勝利が揺らいだからにほかならない。


数分もの間自分の手札とにらめっこしたのち、ゆっくりとカードを机の上にセットした。


「両者セットが完了しましたので、2回目の第四ラウンド、1セット目のカードオープンです。」


またしても同じように両者共にカードを表にかえす。


阿黒賢一:3

獅子川宗隆:3


「なんと、またしても引き分けです。これは一体どういうことだ。」


この後も引き分けが続く。勝つでも負けるでもなく、引き分けが。


2セット目


阿黒賢一:2

獅子川宗隆:2


3セット目


阿黒賢一:ジョーカー

獅子川宗隆:ジョーカー


「先程と同じように全セット引き分けとなりましたので、先攻後攻をいれかえ、もう一度ベットから第四ラウンドをはじめます。」


(また引き分け、コイツは何を狙っているんだ。)


「次は獅子川さんがベットする番だよ。」


優しい声色で獅子川宗隆に話しかける。


「わかってるよ。ベット…………………。」


(いや、ちょっと待てよ、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、)


「まさか、お前、俺の事を」


震える声で目の前にいる阿黒賢一に問いかける。


「やっと気づいた。」


「俺のことを破産させる気か、」


「正解。だから、これで終わりって言ったよね。」


阿黒賢一から帰ってきた言葉は獅子川宗隆を絶望させるには十分であった。


「これから獅子川さんと俺はずっと引き分けになる。するとどうなる。答えは簡単さ、賭け金が無限に上がり続けることになる。2000万?いや、3000万?いやもっともっと上がり続けるよ。」


その説明を聞いた獅子川宗隆の脳裏に阿黒賢一がルールの変更を申し出た時のことがよぎる。


「まさか、このためにフォースのルールの22を無効にしたのか。」


「そうだよ。獅子川さんを破産させるのにはルールの22が邪魔だったんだ。だから俺はあえて最初に負け続けることで獅子川さんにルールの変更を認めさせることにした。」


(まさか、あの時に提案を断っていれば、)


大きな後悔が獅子川宗隆をおそう。だが、今更後悔してもこの地獄のような状況は何一つかわらない。


その後も阿黒賢一と獅子川宗隆は引き分け続けた。しかも、獅子川宗隆もこんな大金を賭けてしまった以上引くに引けない状況となってしまい、阿黒賢一の高額のベットやレイズにもコールするしか道がなかった。もし、ドロップしたとしてもフォースのルール上もう一度同じラウンドがはじまるため、この地獄を獅子川宗隆は抜け出せずにいた。


三回目の引き分け、四回目の引き分け、五回目の引き分け、六回目の引き分け、七回目の引き分け、八回目の引き分け、九回目の引き分け、十回目の引き分け、十一回目の、十二回目の、十三回、十四回、十五、十六……。


獅子川宗隆の終わりの見えない地獄は続いた。そんな地獄が続いて行くうちに獅子川宗隆は段々と元気がなくなり、ついには思考を放棄してしまい喋るのもままならない状態にまで堕ちてしまった。


そんな地獄が終わったのは賭け金が6億になった時であった。104回目の第四ラウンドで阿黒賢一が獅子川宗隆に勝利を収めたのだ。これにより獅子川宗隆は阿黒賢一に6億もの大金を支払う羽目となった。獅子川宗隆は6億を支払うために銀行に貯めてあった金、他にも家や車など全てを奪い去られ破産した。


俺はこのゲームを見て彼しかいないと思った。だから阿黒賢一を川名組のギャンブラーとして勧誘することに決めたんだ。

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