7「足りねぇなぁ」
「あなたの心、温めますか?三分解凍!輝星レンヂです!」
言い終えてから、手に持った卓上ベルをチーンッと鳴らした。
「どう?この挨拶。良いと思わん?」
「……お前はどこを目指しているんだ?」
「どこ目指してるってそりゃあ、次の世代のカリスマホスト」
「そんな挨拶をするカリスマはおらん」
同僚のホストが呆れ顔で言った。彼ら二人は今、歌舞伎町の中心部を歩き店に向かう最中であった。
輝星の同僚は、あくびをしながらぼやく。
「マジねみぃ。俺ほんとはさ、姫に頼んで同伴ってことにしてもらって遅めに出勤しようかと思ってたんだけど、あいにくみんな空いてなくてさ」
「おい、汚ぇこと考えるんじゃねーよ。だいたい、なんでそんな寝不足なんだよ」
「昨日の仕事終わりからついさっきまで行きつけの店で飲んでたんよ」
同僚の話に、輝星は呆れ顔を浮かべる。
「そりゃ自業自得じゃん」
「うるせぇ。鍛錬と営業のために行ってんの。ホストは酒に強くてなんぼだし、飲み屋はノリの良い女の子多いからナンパが成功しやすいんだ。実際ほら、一人連絡先ゲットしたし」
「マジかよ。やるなあ」
「感心してる場合か?そういうお前はどうなんだよ。先輩に言われて、アプリ三つも入れたんだろ?収穫は?」
「一昨日、軽くいけそうな子に会ったんだけど、意外とガード固い上に兄貴を名乗る男まで出てきてさ」
「美人局じゃん。金取られたん?」
「いや、千円貰った」
そのような話をしながら人混みの中を歩く二人。すぐ隣をすれ違った通行人の一人に肩を当てられた輝星は、顔を顰めつつ軽く会釈して謝意を示す。
しかし相手は輝星の肩を乱暴に掴んで因縁をつけてきた。太い腕に厳つい入れ墨の入ったガタイの良い男だ。
「おい、お前。今わざとぶつかったよなぁ?」
「は?いや、そんなつもりは……」
「お前、『
「は⁈いや、そんなん俺知らんし……」
困惑する輝星の顔面を、男は躊躇なく殴り飛ばす。止めに入る同僚も蹴散らしてから、倒れ込んだ輝星を執拗に踏みつけた。
「この町は『
前歯が折れ、顔をパンパンに腫らして地に横たわる輝星を見下ろしてあざけ笑いながら、男は去っていった。
この事件が伝わるや否や『
「そいつ、『神堕咜』って言ったんだな⁈確か、
「このまま舐められっぱなしでいられるかよ。戦争だ!」
「でも神堕咜って、確か
「じゃあ泣き寝入りしろってのか?」
いきり立つホスト達をオーダーが宥める。
「落ち着けよ。それはお前達の仕事じゃないだろ?何のためにイコテンと組んでると思ってるんだ。こういう時のためだろ?すでに横山さん達が動いてるよ」
歌舞伎町内で六つのホストクラブと幾つかのバーや飲食店を運営する『PRINCIPALグループ』。そのうちの一つが
「アタシ、一回ぶち壊してみたかったのよねェ〜。このシャンパンタワーってやつ。新鮮な体験よね」
シワ一つない黒いスーツをスマートに着こなす、まつ毛の長い青年が言った。直後、彼は宣言通り目に前に聳えるそれを思いっきり蹴飛ばした。ガラスの破片が舞い散って、止めに入ろうとしたPRINCIPALの内勤スタッフへ降りかかる。
「精密に、丁寧に積み上げられた、とっても高価で絶対に崩してはいけないモノ。それをメチャクチャにしちゃう背徳感が……堪らない」
そう言って青年は唇へ指を当てて笑った。そんな彼に対し、キャップを深く被ってヘッドホンを首にかけたラッパー風の青年が言う。
「ミブ
「
『ミブ姉』と呼ばれた青年は呆れ顔で言った。そんな彼らの元へ、店の奥から黒服の大柄な男達が現れて怒号を飛ばす。
「テメェらどこのモンだ⁈この店が神堕咜のシマと分かってやってんなら容赦しねぇぞこの野郎‼︎」
「あらあら、雑兵達がゾロゾロと」
『ミブ姉』が笑う。『
「『象と彪が群れなす雑兵』。どうだよこれ⁈韻踏んでね⁈」
「踏んでないわよ」
「舐めてんのかオラァ‼︎」
脅すように怒鳴る神堕咜の構成員の元へ、ずっと何も言わず立っていた小柄な青年が肉薄する。直後、神堕咜の一人の顎を思いっきり蹴り上げた。血が吹き出しいぇ辺りに飛び散る。無口な青年は、それを浴びて、ニヤリと笑った。その目は危険な光を帯びて爛々と輝いている。
「クチナシちゃんは今日も元気ね」
そう言ってやれやれ、と首を振ってから、自身もまた神堕咜へと立ち向かって行った。
一時間弱が経過し、店内は静かになった。あらゆるグラスや洋酒の瓶、食器類の破片が足の踏み場も無いほどに床に散らばり、ところどころ血や吐瀉物で濡れている。適当な椅子に腰掛ける『ミブ姉』の足元には神堕咜の男達が倒れ込んでピクリとも動かない。その中には、輝星を殴った入れ墨の男も混じっていた。
震えながら土下座をする店のオーナーを見下ろして『ミブ姉』は言う。
「いーい?覚えときなさい。『
きっちり釘を刺し終えた後、『
「もしもし横山さん〜?こっちはもう終わったわよ。そっちは?これから?そうなの、頑張ってねん」
電話を切った『ミブ姉』へ『
「横山さんはどこ行ってんの?」
「大ボスのトコロ。こんな大々的に喧嘩ふっかけちゃったからにはもうあそことの戦いは避けられないものねぇ。先手必勝ってヤツよん」
「大ボスってどこだよ」
「この神堕咜とかいう子達の親分さんよ。指定暴力団『荒國会』。……ヤクザとの喧嘩なんて、実に新鮮な経験よね」
同時刻。同じく歌舞伎町の人通りの多い通りからは外れた、細い路地の先にある雑居ビルのさらに地下。徹底的に群衆の目から外れた場所にある会員制のレストラン。低温調理の肉料理をメインに提供する高級店である。派手なスーツを見事に着こなした、首の太い壮年の男が一人カウンター席に座って、彩り豊かな料理を黙々と口に運んでいる。グラスに注がれた赤ワインを飲み干してタバコを咥え火をつけて、ゆっくりと煙を吐いてから、目の前で調理するシェフへと話しかけた。
「……昨今は若い連中の歯止めが効かなくていけねえ」
「増えているそうですね。暴走族崩れの若い衆が」
シェフの返答に、男はゆっくりと頷く。
「昔はそういう輩は俺達がきっちり手綱を掴んで管理していたもんだ。でも今じゃあ……そうもいかねぇ。こっちも法の締め付けがきつくて余裕がねぇからな。その結果、仁義のないただ暴れたいだけの奴らが徒党を組んで、所構わず刃傷沙汰を起こしては何の関係もねぇカタギまで巻き込んでやりたい放題しやがる。暴対法ってなぁ聞こえは良いが、そいつのせいで俺達みてぇなもんが弱体化した結果、その法が適用されない連中が暴れ始める。世の中上手くはいかねぇもんよ」
深く息を吐いてから、グラスに口をつける。直後、入口の方が何やら騒がしくなるのを聞き取って、男は低く唸り声を上げる。
「……なんだうるせぇなオイ!」
「様子を見て参ります」
男の背後に立つ大柄な護衛の一人が確認に向かう。エントランスに繋がる扉に手をかけた直後、それは外から強引にこじ開けられて、護衛は扉に打ち飛ばされて床に倒れ込んだ。
「ハローエヴリワーン……なんだいこの薄暗ぇ部屋はよお……光量がまるで足りてねぇな」
そう言って入ってきたのは、ボサボサの茶髪に鋭い目つきの青年であった。その背後には、扉の外に立っていたはずの舎弟やこの店のスタッフ達が血塗れで倒れ込んでいるのが見える。
「なんだテメェはコラァ‼︎」
「舐めた真似すると承知しねェぞ餓鬼ァ‼︎」
口々に声を荒げつつ殴りかかる護衛達の拳を流れるように避けてから、手に隠していたナイフで次々と斬りつける。銃を取り出した一人の手首を斬って銃を落としてから即座にその腹へ刃を突き刺し、直後に背後からコンバットナイフで斬りかかる護衛の脚を蹴って転倒させてから馬乗りになって首筋をひと突きに貫いた。
部屋の中には血溜まりと、そこに倒れる護衛の男達、返り血に塗れた青年、平然と食事を続ける男、調理を続けるシェフといった異常な光景が広がっていた。
「足りねぇなぁ…アァ…足りねぇ」
首をゴキゴキと鳴らしながら、青年は独り言のように言う。
「戦力が足りねぇ人数も足りねぇ。アンタほんとに荒國会の若頭か?俺のやりごたえも全然足りねぇ……」
男はまたワインを一口飲んだ後、青年を睨みつけた。青年はそれを見て肩を竦める。
「おいおいおい、美味そうなもん食ってんだからもっと楽しんだらどうだよ。笑顔が足りねぇなぁ……幸福感も、満腹感も足りねぇ」
「ご挨拶じゃねぇか。けどよォ、最近のガキは礼儀も知らんのかい。他人様の部屋に入る時ァ……ノックぐらいしたらどうなんだよゴラァ」
「おっとそいつぁ悪かったな……仰る通りだ。俺の配慮が足りなかった」
言いながら背後の扉を閉めてから後ろ手に小さくノックして、青年はニヤリと笑った。
「今時のヤクザっつーもんは商売上がったりで収入源が足りねぇって聞いたんだが……こういう料理を食えるくらいには給料足りてるらしい」
などと言いつつ、青年は男の隣の席に座った。男はタバコの煙をゆっくり吐き出すと、シェフへ無言で目配せする。シャフは先ほど男に出したものと同じ前菜を作って青年の前に置いた。
「おお、これはありがたい……サンキューな。朝からなんも食ってねぇんだ。感謝してもし足りねぇぜ」
舌舐めずりをしてから手を合わせた後、青年はナイフとフォークを綺麗に使って料理を口にした。彼の食事の様子を見ていた男は、タバコに火をつけつつ言う。
「食事のマナーは分かってるじゃねぇか。家庭環境はちゃんとしていたと見える。坊ちゃん、なんでチンピラなんざやってんだ?」
「そっくりそのまま返すぜおっさん。あんたこそ上品な紳士じゃねぇかよ……頬のその傷に目を瞑ればだが……ヤクザっつーもんはもっと粗暴なもんだと思ってたぜ。アウトローらしさが足りねぇなぁ、アンタ」
フン、と小さく笑うと、男はワイングラスを持って尋ねる。
「酒は?」
「飲まねぇ」
「タバコは?」
「吸わねぇ」
「健康優良児だな坊ちゃん。だがクスリはやってんだろ?」
「やらねぇよ。ただでさえ足りねぇ俺の脳みそをそんなもんに奪われてたまるかってのよ」
「そうかい。クスリ無しでここまでトんでる奴ァ久しぶりに見たよ」
そう言ってまたタバコの煙をゆっくり吐き出すと、男は再度問いかける。
「坊ちゃん、名は何つーんだい」
「
青年はニヤリと笑った。
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