5「メンズ地下アイドルです!」
渋谷道玄坂にあるおしゃれなカフェで、達巳は
「私、最近『メン地下』にハマってるんですよ〜!」
伊武が嬉々として言う。達巳は少し首を捻ってから頷いた。
「ああ、メンチカツな。良いよな。俺も好きだよ」
「おや、意外ですね。そういうの嫌いなタイプかと思ってました」
「なんでだよ。フツーに好きだわ」
「そうなんですね〜。推しとかいます?私、今めっちゃ好きな子がいまして〜!」
「推し⁈いや、別にそんなもんねーけど……」
「そうなんですね〜。私の推しなんですけど、めっちゃ可愛いんですよ!色白で華奢で、もう食べちゃいたいくらい」
「
「そうですね!産まれがヨーロッパですから。他とは産まれも育ちも違いますね」
「へー。寿司におけるカリフォルニアロールみたいなもんか。美味いのか?」
「めっちゃ上手いんですよ!あらゆる技量がパーフェクトです!」
少しの間、二人の会話は奇跡的な噛み合いを見せていた。しかしやがて、互いの話に違和感を覚え始めた二人は、ようやく勘違いに気づく。
「なんかおかしいと思ったら‼︎谷地さんなんでずっとカツの話をしてるんです?」
「お前こそ、いつからアイドルの話になったんだよ⁈」
「最初からその話じゃないですか!『メン地下』!メンズ地下アイドルです!」
「あー……」
達巳は頭を掻いた。
「なんだそれ?地下アイドル?地下鉄の駅で歌ったりしてるのか?」
「そんなわけないでしょ!いわゆる、テレビとかに出てるアイドルとは違った、小規模でファンとの距離が近いアイドルなんです。あまり有名じゃないからこそ推しがいがあるというか、私だけの推しって感じがめっちゃ良いんですよ!」
言いながら、伊武は携帯の背景画像を達巳へ見せる。そこには髪と肌の白い華奢で中性的な青年が写されていた。
「この子!私の推しです!ユンくん!どうです?可愛いでしょ!めっちゃ良いでしょ?」
全身前のめりで熱く語る伊武から距離を取るように仰け反りつつ、達巳は答えた。
「そういう感じかー……。俺にはよく分かんねーけど」
「へーそうですか」
一瞬で冷め切った伊武の声色に達巳はギョッとする。彼女はつまらなそうな表情で携帯をいじりつつ、独り言のように呟き続ける。
「まー良いんですけどねー。谷地さん程度にユンくんの魅力なんて分かんないでしょーし。あーあ、なんで今、目の前で話してるのが谷地さんなんでしょ。ユンくんと入れ替わってくれないかなー」
「おいおい、待て待て、そりゃ俺は男だからよく分からないけどさ。でも確かに美形かもなとは思ってるよ。人間離れしてて綺麗な肌に、男とは思えない華奢な体格……」
『人間離れしてて綺麗』とはつまり『人形か何みたいで不気味』という意味。『男とは思えない華奢な体格』とは『男らしくないナヨナヨした感じ』という感想の言い換えであったが、伊武はそれを文字通りの褒め言葉と受け取った様子であった。途端に機嫌を取り戻し、また先ほどのテンション高い調子でマシンガントークを再開する。
「でしょ⁈なーんだ分かってるんじゃないですか!そう、まるで現実味のない、天使みたいな風貌が素晴らしいんですよ!綺麗な彫刻がそのまま動き出したみたいな!まさに生きた芸術品!国宝!重要文化財!」
ボディビル大会の掛け声みてーだな、という言葉を達巳は飲み込んだ。
「まあそのユンくんが良いのは分かったよ。それで、今日の要件はなんだ?なんでわざわざ俺を呼び出した?」
「要件要件って、そう急かさないでくださいよ。やですねー男の人は。会話にしてもメッセージにしても、二言目には「話が長い」だの「結論を言え」だの、話の内容自体を楽しもうという余裕がないんですから」
言いながら、伊武はおもむろに携帯へ目を向ける。どうやら時間を確認したらしかった。達巳は顔を顰めつつ、反論する。
「男だなんだって、性別の問題じゃないだろ。それに——」
——内容を楽しめないのはお前の話がつまらないからだ、という言葉をまた達巳は飲み込んだ。
「それに、なんですか?」
「別に。それよりもったいぶらずに用事を言えってば」
「言ったでしょ?デートですって。さっきから何をカリカリしてるんです?こんな可愛い子とデートできるなんて、谷地さんからしたら僥倖じゃないですか。願ってもない素敵な事態でしょ?もっと楽しんでくださいよ」
さも当然といった澄ました態度で伊武は言う。確かに伊武は風貌こそ可愛らしいがお世辞にも性格が良いとは言えそうに無かった。『良い性格』とは言えるかもしれないが。
達巳はため息をついた。
「『人は見た目じゃない』というのはお前のことを指すんだな。いくら可愛かろうが……」
「へえ、『可愛い』とは思ってくれてるんですね」
伊武はにひっと悪戯っぽく笑った。達巳は小さく咳き込むと、噛み付くように問う。
「んなことは良いんだよ。それで、お前のメリットはなんだ?俺と『デート』してお前に何の得がある?」
「得なんて無いですよ」
「おい!」
「言うなれば、前払いです。私は谷地さんに、ちょっとしたお願いをしたいので、そのお礼を先にしてる形ですね」
そう言って、伊武は携帯で時間を確認しつつメロンソーダのストローに口をつけた。彼女がそれを飲んでる間、その場は無言であった。少ししてから、達巳が催促する。
「なんだよ、お願いって。そんなものがあるなら先に言えば良いだろ。もったいつけずにさ」
「そうもいきませんってば。だって今からするお願いは、ちょっと申し訳ないというか、私としても頼むのが心苦しい、面倒な内容なんです。お礼の先払いでもしないと納得してくれないと思って……」
その『お礼』が自分とのデートとは、どんだけ自信家なんだこいつはと思いつつ、達巳は頭を掻いた。
「そういうことね。にしてもお礼の内容がおかしくないか?俺のこと、パパ活オヤジかなんかだと思ってんのかよ。普通に気分悪いわ」
「そうでしたね……すみません。まだオヤジって歳じゃ無いですもんね」
「『パパ活』の方を否定しろ‼︎それじゃ将来やってるみたいじゃねーか!」
達巳の言葉に、伊武は小さく吹き出した。クスクスと笑いながら、可笑しそうに達巳を見る。
「ほんとだ、谷地さんって面白い人なんですね。ゆず先輩の言ってた通りだ」
「……竜胆がぁ……?お前ら、裏で俺の陰口でも言ってたのかよ」
達巳の方は面白く無さげにぼやく。伊武はまた小さく笑いながら、首を横に振った。
「とんでもないです。褒めてるんですよ。面白い男はモテますよ」
「それは人を笑わせる男だろ?人に笑われてる男とは違うだろうが」
「おや、よく分かってますね」
「やっぱり馬鹿にしてんじゃねーか」
「安心してください。谷地さんは『笑わせてる』方ですよ」
そう言ってまた笑ってから、小さく一息ついて携帯で時間を確認すると、伊武は真面目な顔になって本題に入った。
「実は、マッチングアプリでイケメンとマッチしたんですけど、会おうかどうか迷ってるんです」
「おい⁈」
達巳は全身から力が抜けるような感覚を覚えた。
「まさか、それが本題か?」
「ええ、まあ」
「そんなの、わざわざ出かけなくてもメッセージで済んだじゃねーか!何をわざわざデートだなんだ言って……」
だいたい、そんな相談俺にしなくても、川澄さんとかにでもすれば良いだろ⁈と言いかけて、達巳は口を噤んだ。そのようなこと、伊武本人が分かっているはずだ。にも関わらず、わざわざ関係の希薄な達巳を呼び出して、この話をしているのだ。そこには何か理由があるはずである。達巳でなくてはならない理由が。
「……その相手に、なんかあるのか?一体どういう男なんだ?」
伊武は何も答えずに、携帯の画面を弄った後にそれを達巳へ見せつけた。そこにはマッチングアプリが起動しており、相手の男のプロフィール画像が映し出されていた。
先ほど伊武が語ったアイドルほどでは無いにしても明るい髪型の色白で華奢な青年であり、雰囲気はそのアイドルと近しいものがあった。今はこういうのが流行っているのだろうかと考える達巳へ、伊武が説明を始める。
「可愛いでしょう?ユンくんには及ばないまでも、現実的な範囲でのイケメンだと思います。私はユンくんと付き合いたいですけど、流石にそれは夢のまた夢とも理解しているので、せめて似た雰囲気の人をと思って探してたんです。そして見つけたのがこの人なんですが——」
そこまで話してから、一回伊武は言葉を止めた。達巳の促すような視線に気づいてから、彼女はまたゆっくりと、自信なさげに言う。
「この人、もしかしたら……ゆず先輩の失踪について何か知ってるかもしれないんです」
思いもよらぬその言葉に、達巳は思わず息を呑む。何を言って良いか分からないままに、彼は一人考える。
なるほど、確かにそんな内容であれば川澄さんではなく俺に話すのも合点がいく。竜胆が失踪前、最後に会ったのが俺だから、俺が何か関係しているのかもと伊武は考えているのかもしれない。
しかしだとしても、この話はわざわざ会って話さずともメッセージだけで事足りるはずなのだ。それでは、わざわざ今日この場に伊武が俺を呼び出した本当の理由は何か。
先ほどから伊武は頻繁に時間を気にしていた。その理由が何となく分かった気がした。
達巳は恐る恐る尋ねる。
「来るのか?今日これから、その男が」
伊武は無言で頷いた。
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