4「例えば、そう……復讐」
——私は協力しないよ。その件に関しては、何もね
「まだ何も言ってねぇだろ」
達巳は独り言のように呟いた。先ほど喫茶店で沢渡と別れて、今は最寄り駅から家まで歩いている最中であった。
——お前の考えていることなどお見通しさ。つまり、あの
「んなこと、俺だって分かってる」
竜胆柚巴は達巳と同じ『蛇憑き』である。その体には好戦的で危険な黒蛇『
だからこそ、達巳は竜胆及び、彼女がいるボランティアサークルから距離をとっているのだ。
——いや、お前は分かっていないね
白眉がバッサリと言い切った。
——お人好しで愚かなお前のことだ。自分が何者かに盗聴されていたせいで竜胆柚巴にもしもの事があったとしたら、などと考えて、竜胆を探し出そうとするに決まっている。だけれどね、私に言わせれば、竜胆のことなど心配するだけ無駄というものだよ。あの小娘には黒蟒が憑いているのだから。人間風情に傷つけることなどできまいさ
「……だから分かってるって言ってるだろ」
達巳は苛立ちをあらわにして、噛み付くように白眉へ言う。
「竜胆には黒蟒が憑いてる。もし危ない連中に襲われたとしても、黒蟒の力で対処できるって言いたいんだろ?……だけどよ、あの黒蟒と竜胆の間にどれほどの信頼があるか知らないけど、もし黒蟒が竜胆を見捨てたりしたら、どうするんだよ?黒蟒が竜胆のことを絶対守ってくれるっていう保証は無いだろ?」
——だから、お前は分かっていないというのだよ
白眉の口調は常に冷静沈着。抑揚がなく、感情も読み取りにくい。しかしやはり、達巳と同様に苛立ちを感じているらしいことが、付き合いの長い達巳には分かった。
——『信頼』などでは無い。黒蟒には竜胆柚巴の身を守らなければならない明確な理由があるのだ。お前には分からないだろうが、奴らの関係性は私と達巳との関係と似て非なるものなのだよ
「……どういうことだ?」
——我々は、言うなれば家主と同居人の関係。私が自らの意思を持って、お前の体に住み着いている。つまり私は別にお前の体に縛られているわけでは無い。いわば自由の身なのさ
「いや、何でわざわざ俺の中に住んでるんだよ。傍迷惑な話だな……」
——話の腰を折るんじゃ無いよ。……一方、竜胆と黒蟒の関係は、看守と囚人。黒蟒は自らの意思でなく、あの小娘の体に封じられているのだ
「どういうことだ?」
達巳は眉を顰めた。
——今の時代にはもはや失われただろうが、かつてヒトは我ら蛇を体に封じる術を編み出した。それによりヒトは我々を制御し、また殺す事が可能となったわけだ。つまりだね……蛇をヒトの体に封じると、その人間と命を共有する形となる。その状態で、蛇を封じ込んだ人間を殺せば……
「中にいる蛇も殺せる、ってことか。そうか、だから黒蟒は竜胆を守らなきゃいけないわけだ。自分の命を守るために」
——そういうことだね。黒蟒は、ヒトの小娘に対し情を持つような奴ではないが、それでも自分の命のために小娘を守らざるを得ないわけだ
達巳は納得した。なるほど、それならば少なくとも竜胆の命が脅かされるということは無いわけだ。
「けどよ、その理屈だと、死ななければ良いってことだ。竜胆が何かしらの暴力に晒されたとしても、死なないのであれば黒蟒にとっては関係ないってことになるぜ」
——いや、黒蟒としては、あの小娘にはなるべく傷をつけたくはないだろう。我ら蛇から見て、ヒトというものは恐ろしく脆弱な存在だ。ちょっとの傷ですぐに死に至る。それが自身の命に直結すると考えれば、黒蟒も不必要な傷を小娘に与えたくは無いだろう。あらゆる暴力から、小娘を守らざるを得ないのだ
「……だから、例え竜胆が何か事件に巻き込まれようとも、黒蟒が守るだろうから、ほっとけば良いってお前は言いたいわけだ」
——達巳の出る幕など無いと言いたいのだよ
そこで一度、会話が途切れた。二人は無言のまま進み、やがて自宅に辿り着いた。ドアに鍵をかけたところで、白眉がボソッと呟くように言う。
——私は、お前の身に封じられている訳ではない。だからお前が傷つこうが、ましてや死のうが、私自身には何の害も無いのだよ
そこでまた言葉は途切れた。達巳には、白眉の言いたい事が理解できていた。達巳の身に何があろうが、白眉に影響は無い。それでも白眉は達巳に忠告をしているのだ。竜胆や黒蟒に関われば、お前にも危険が及ぶぞ、と。
それは純粋に、達巳の身を案じてのことなのだ。
「……お前の……その気持ちを、無碍にはしないよ。けどさ……」
達巳は部屋の床に腰を落とし、あぐらをかいて髪をグシャリといじりつつ、続ける。
「……けど、俺はやっぱ、あいつのあの言葉が気になるんだよ」
「時が来たら、あたしを……殺してくれる人」
竜胆が残した言葉。今の白眉の説明で、竜胆と黒蟒の関係性を知った上でもう一度考えると、この言葉の意味がなんとなく分かってくる。
「つまりあいつは、自分の命を道連れに、黒蟒を殺す気なんだ」
——そうだろうね。そもそも蛇を身に封じ込めた一族とはそう言うものだ。封印と言っても永久に効力の続くものでは無い。いつか封印に綻びが出来て、蛇が蘇る危険がある場合には、依代の人間ごと、始末する。それが例え自らの子や孫であったとしても。そういう覚悟を持って封じているわけだ。あの小娘自身にもその覚悟があっておかしなことは無い
「……でも、だとすると……『時が来たら』ってなんだ?そもそも……何で俺が、殺す役に適任なんだ?」
——不可解な点はそれだけじゃ無いよ。あの小娘は、黒蟒の力を利用してヒトを襲っている。悪人だか、気に入らない相手だか、知らないがね。黒蟒の力を使うということは、封印の綻びを大きくすることに等しい。あの小娘は、わざわざ黒蟒の封印を弱めて復活の危険を増やしながらも、その力を使っているわけさ。そこがあの小娘の不気味な点だよ。何を考えているのかが分からない
「そこまでして悪人を狩りたいのか?それほどまでに強く、歪んだ正義感をあいつが持ってるっていうのか……?」
それは達巳からしても理解のし難い話であった。そこでふと、彼は思う。竜胆の思考は、そのように共感できない……狂気じみた形をしているのだろうか?いや、違うのでは無いか。真実はもっとシンプルで、分かりやすいものでは無いのか。
「違う、違うな。竜胆は、わざわざ身を滅ぼしてまでイカれた正義を貫こうとしてる狂人なんかじゃ無い。例え自らを犠牲にしたとしても成し遂げたい何かがあるんだ。例えば、そう……復讐」
——竜胆の目的は、例の『
達巳は頷いた。
「あくまで俺の想像だけど、その方が納得がいく」
——だとしても、だよ。先ほどから言っているが、竜胆の復讐劇にお前が関わる必要はないはずだ。それでもどうしても首を突っ込みたいというのならば、勝手にするが良い。私は何も手を貸す気は無いさ
「お前、そもそも『手』なんか持ってないだろ」
達巳が茶化すが、白眉は何も答えなかった。気を悪くしたかな、と思い謝ろうと口を開いた瞬間、スマホの通知音が鳴った。
光る画面には送られてきたメッセージの内容が表示されていた。
アカネ『谷地さん!今度の週末、私とデートしませんか?♡♡』
「はあ⁈」
達巳は一人、素っ頓狂な声を上げた。
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