22〈救世主の原罪〉

 沢渡裕己は悩んでいた。いかにしてこの話を完結させるか。


 彼は普段、時間を作って小説を書いている。小説家志望だからだ。今は一円たりとも原稿料の発生しないアマチュア作家だが、いずれは多くの人間に読んでもらえる、価値のある物語を書き続けることが、彼の夢である。


 だからこそ、暇さえあれば彼は書く。良いアイデアが浮かべばメモに残し、ネタのための情報収集も欠かさない。


 『事実は小説よりも奇なり』という言葉がある。どんなによく出来た物語も、圧倒的な現実には及ばない。だからこそ、『小説よりも奇な事実』を見たい。それを自身の作品に活かしたい。沢渡は常々そう思っていた。


 しかし、基本的にそのような事件は常に自分の預かり知らない場所で起こる。そんなもどかしさを、常に沢渡は感じていた。


「お前……最近、サークルに顔出さないな」


 大学近くの喫茶店で課題のレポートを手掛けながら、沢渡は言った。共に作業する達巳が、無気力に答える。


「飽きたんだよ。やっぱ俺、ボランティアとか向いてねーわ」


「川澄さんが会いたがってるよ。あと、半崎さんや山路さんも」


 達巳は一瞬沢渡を見た後、またレポート用紙へ視線を落とした。


「すぐ忘れるよ。俺のことなんか」


 まるで、それを望むかのような言葉だった。またこれか。沢渡はため息をついた。


「川澄さん達となんかあったの?」


「ねーよ」


 達巳とは長い付き合いだ。だから、沢渡は度々こういう状況は見てきた。自分の預かり知らない場所で『何か』が起こり、達巳はその渦中にいる。そしてその『何か』が終わった後、達巳は一人、そこから距離を取るのだ。


 達巳はそうして、これまでたくさんの人間関係を絶ってきた。彼と長く交流を続けている人物など、自分くらいのものじゃないか、などと沢渡は考える。


 そしてそれはおそらく、自分が常に蚊帳の外にいるからこそだと、そう思う。


川澄さん達と何かがあったのは間違いない。しかしその何かとは、例えば喧嘩のような、互いに悪印象を持つ事柄ではない。むしろ川澄達からの達巳への好感度は以前よりもずっと上がっていることが『無関係』な沢渡の目から見ても明らかであった。


言うなれば、何か事件が起こり、達巳は川澄達を助けた。川澄達は達巳へ感謝や尊敬の気持ちを持っている。そういう状況か。


そのようなことは、達巳の周囲でこれまでにも何度かあった。だからこそ、沢渡にはなんとなく達巳の思考パターンが推測できた。


達巳はつまり、感謝されるのが怖いのだ。


 照れ臭いとか、そのような生半可な気持ちではない。まるでトラウマを刺激されるかのような、アレルギー症状のような、そんな過度な忌避感。名付けるならば『感謝アレルギー』といったものだろうか。


何か困難な状況に陥って、苦しみ、助けを求める人間への嗅覚が、達巳は異常に強い。そしてそういった相手に救いの手を差し伸べる優しさも持ち合わせる。そこまでは良い。しかし、誰かを助けると、その相手は当然ながら、感謝する。その困難の度合いによっては、感謝の気持ちは崇拝に近い域にまで達する。苦難から救ってくれた英雄を見るような目で達巳を見る。


それが達巳は、堪らないのだ。嫌い、苦手、というよりも、無理なのだ。おそらく耐えられないのだ。


我欲に囚われず、身を賭して、困難に苦しむ他人を助ける。そして名前すら名乗らず去って行く。そんなフィクションの英雄のような性質。谷地達巳とは、まさしく沢渡の求める『小説よりも奇な』存在なのかもしれない。


しかし、沢渡は関われない。達巳の周囲に起こるフィクションのような現実に、沢渡は立ち入れない。もし立ち入ってしまえば、沢渡自身ももはや彼の友人ではいられなくなるかもしれないのだから。


「……なにやってんだ?ボーっとして」


達巳が怪訝そうに問う。沢渡は我に帰り、誤魔化した。


「今書いてる小説の締め方に悩んでてさ」


「いや、レポートに集中しろよ」


いつもの呆れ顔で、達巳は言った。


それからまた二人は無言になり、各々課題へ集中する。その様子を、達巳の中から白眉が見ていた。


見ながら、思う。川澄達との関係も、やはり途切れるか、と。


いつものことだった。沢渡よりもさらに深く達巳のことを知る白眉は、より精密に達巳の内面を理解できていた。


幼い頃から『蛇憑き』という誰にも話せない秘密を抱え、実の母親から暴力を受けていた。高校時代にその母親とも決別し、今に至る。様々な出来事に悩み苦しむ彼を、白眉はずっと内側から見続けてきた。


苦しい、誰か助けて欲しいと手を伸ばした経験があるからこそ、達巳は苦しむ他人の伸ばす手を掴んでしまう。本能的に、反射的に。


他者を救わない人間に、救いを求める資格があるだろうか?もしも苦しみ悩む他人を見捨ててしまえば、自分は苦しむ資格すらも失ってしまう。そのようなことを達巳は考えているのだろう。


 表向きは人助けなど嫌いだと、向いていないと口では言っていても、達巳は本能的に手を差し伸べてしまう。しかし彼は決して聖人でもなければ、神や仏でもない。人を助けて、感謝されると、つい思い上がってしまう。


 俺はこの人にとっての恩人だ。


 ごく普通の、ある意味人間らしい感情だろう。しかし達巳はそんな自分が堪らなく嫌なのだ。だから、助けた人間から距離を取る。見下さないために。


 そしてもう一つ、達巳の『感謝アレルギー』の要因。それは罪悪感。


 達巳は時に、人を助ける時に手段を問わないことがある。暴力を用いることもあれば、嘘や詭弁で人を騙して操ることさえ、厭わない。それが必要であるならば。


 今回の、川澄の件もそうだ。そもそも川澄の秘密を彼女に無断で調べるのは彼女のプライバシーを脅かす行為である。それに加えて、達巳はある大嘘をついた。


 達巳は、人の自殺など見たことはない。狭山あずさのファンだったこともない。


 それらは全くの虚言。しかしこれらの言葉がもたらした影響は大きい。これがなければ、川澄や茶野彰を説得することは叶わなかったかもしれない。必要と思ったからこそ、達巳は臆することなくそれらの嘘を用いた。


 しかし、必要だから許されて当然という考えを、達巳は持てない。その嘘のおかげで結果として川澄が救われたとしても、嘘をついたという罪は消えない。誰かを助けるために暴力を用いたら、例えそれが不可欠なものであったとしても、自分を許せないのだ。


 そんな達巳の考え方を、白眉は理解はできても共感はできなかった。


 そもそも、歴史上、英雄と呼ばれた者達が武器を持たなかった試しは無い。救世主と呼ばれる存在も、物語のヒーロー達も、誰しも武器を、武力を持っている。例外なく。絶対に。


 武力とは、言ってしまえば罪そのものだ。しかし武力無くして正義は成せないというのは、幼児でも分かる事実。疑う余地のない真理だ。


ヒーロー、英雄、救世主、様々な呼び名はあるが、そういった、いわゆる正義を成す者達は皆必ず武力を持っている。その武力は直接的な武装のみならず、言葉による暴力も含まれる。巧みな言葉遣いで他人を操る術もまた、広義的な意味で含まれるだろう。正義を成すための、他者を蹂躙する『力』の総称だ。それは、見方を変えれば『罪』と呼ぶことができる。


 誰かを救おうとする者達は、行動を起こしたその時から、英雄や救世主として産まれ直したその瞬間から、罪を背負っていると言える。


 産まれながらの罪。いわゆる『原罪』か。


 白眉は思う。そのような……名づけてみるならば『救世主メサイアの原罪』とでも呼べるそれが、その罪悪感が、達巳を苦しめる要素の一つでもあるのだと。


 などと、つい壮大な結論に至ってしまったことに気づいた白眉は、そこで考えるのをやめた。この小僧に『救世主』だの『原罪』だの、そんな仰々しい言葉は似合わない。そう思い直したのだ。


 なにがメサイアの原罪だ。この青臭い小僧には、自意識過剰の馬鹿、という言葉の方がよっぽどお似合いだな。白眉は一人、そう結論づけた。



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