21「黒蟒」
深夜まで降り続いた雨も陽が昇ると同時に止み、その陽が沈む頃には道に点々とあった水溜まりもそのほとんどが乾いて消えていた。
吉祥寺駅前の喧騒の中には、傘を持ち歩く者もいれば、持たない者もいる。この時間の降水確率は約五〇パーセント。しかし傘の所持率は五分五分とはいかず、持たない者の方が多い様子であった。
達巳もまた傘を手にしてはいなかった。しかし、背負った小さなカバンの中には折り畳み傘を忍ばせている。そんな彼が街灯に照らされる道を歩いて向かったのは、例の大きな池のある公園だ。
思えば、この場所に来るのも何度目だろうか。そのようなことを考えながら池を眺める達巳の背後に人影が近づき、声をかける。
「来たけど、なんなん?」
振り向くと、そこには竜胆が立っていた。夜の闇に溶け込むようなモノトーンコーデに身を包んだ彼女は、いつもの不機嫌そうな表情を達巳に向けている。
達巳は静かに笑って呟いた。
「……呼び出しといてこう言うのもなんだが、まさか来てくれるとはな」
「すぎな先輩に言われたけん」
そう言って竜胆は達巳の横に来て、池の水面に目を移した。
達巳は少しの間何も言わずに、思考を巡らせていた。何から先に話したものか、何から先に聞いたものかを考える。慎重にならざるを得なかった。今から達巳は、竜胆を糾弾するのだから。
達巳はゆっくりと、口を開く。
「竜胆、あの飲み会の日に……山路さんに毒を盛ったそうだな」
「うん」
躊躇いのない返答。それからふふふっと、理由の分からない笑みを溢しながら彼女は頷いた。
少し間を置いてから達巳は続ける。
「——お前がどうやって毒を飲ませたか、その方法を俺は知っている。あの日、俺や川澄さんは、酔いすぎていた山路さんに水を飲まそうとしたが、無理だった。そんな時、お前は川澄さんにこう提案したそうだな」
これは川澄に確認した話だ。
「注文した水を空いた焼酎ハイのグラスに入れて、酒だと偽って飲ませます、と、お前はそう提案した。なるほど、良い手だ。焼酎ハイは無色透明、水との見分けなんてつかない。そして実際その作戦は成功した。けど……あの時お前が飲ませたのは、ただの水じゃない。山路さんは「竜胆が強めの酒を持っていた」と言っていた。お前は、焼酎ハイのグラスに入れた水を、そのまま山路さんに飲ませたわけじゃない。酒に変えたんだ」
「酒に変えた……」
達巳の言葉を復唱してから、竜胆はニッと笑みを口元に浮かべた。どこか満足げな、謎の微笑みを。
「あたしがどうやって、そんなことをするん?」
挑発するように、試すように竜胆は問いかける。その口調はどこか楽しげでもあった。
「水を酒に変える。簡単に言いよるけど、現実的ではないやん。あたしは酒造の娘でも手品師でもないけんさ」
「…………お前じゃ無理だろうな。けど、お前の……中にいる奴は、そう言うことができるはずだ。薬物成分を弄って、アルコールに近い物質を作って、毒と共に水の中に溶かした。それによって擬似的な酒を作って山路さんに飲ませたんだ」
蛇は水で無ければ顕現できない。故に酒に毒を盛ることはできない。であれば、もともと水だった物を酒に近い液体に変えてしまえば良い。それが白眉の語った推理だった。自分には無理だが、黒蟒ならばそれができると、彼は言った。
「あたしの中にいる奴?」
竜胆はわざとらしく首を捻った。
「ビフィズス菌とか?」
「……ヨーグルト食ったのか?」
「朝食で」
無糖のヨーグルトが好物らしい。達巳は話を戻した。
「お前の中にはいるはずだ。様々な薬物を生成できる奴が。そういうことができる……人じゃない何かが」
「そう思うのは、つまり、谷地の中にもおるわけやんね。『人じゃない何か』が」
そう言って、竜胆はペロリと唇を舐めた。
「大腸菌?」
「なんで俺は悪玉菌なんだよ⁈」
竜胆がくくく、と笑う。達巳は深くため息をついた後、目元に手を当て足元を睨んだ。少しの葛藤の末に、またふうと息を吐いて、顔を上げると、竜胆を真っ直ぐに見た。
「……おっしゃる通り同類だよ。俺の中にも、人じゃない……鱗のある奴が同居してる。だからこそ俺はお前のやったことが気に入らないんだ。人と違う自分の性質を利用して、無闇に人を傷つけるようなその行動がよ」
「無闇やないよ」
竜胆は心外といった様子で、訂正するように言う。
「ちゃんと選んどうけん。無差別に他人に毒飲ませるようなヤバい奴やないから」
「……選んでる、ね。なんの権利があって、お前が選ぶんだ?」
達巳は竜胆を睨みつけた。
「お前個人の価値基準で、傷つける人間を選ぶ権利がどこにある?」
「権利なんか、誰もが持っとうやん。他人を傷つける権利も、その対象を選ぶ権利も、全人類が持っとう。やけん法律で禁じられとうわけやろ?権利が無いんやったら、禁じられることも無か」
達巳は言葉を詰まらせた。竜胆は相変わらず悪びれる様子も無く、まるで何気ない雑談を楽しむかのような軽やかな調子で続ける。
「あたしはその『傷つける権利』をより良い目的のために使うとるだけ」
「何がより良い目的だ!どんな理由があろうが、他人に危害を加えるようなことをやってる時点でお前はアウトなんだよ!」
苛立ちを募らせる達巳を観察しながら笑う竜胆は、これまで達巳が見た彼女の中で一番楽しげであった。
「『禁止されとう』っていうことが、どういうことか分かっとる?」
達巳を横目に見つめていた竜胆は、不意に体ごと達巳の方へ向いて身を乗り出し、顔と顔を近づけた。達巳は反射的に後退りしようとするが、直後、腕と肩を掴まれ動きが止まった。
「何を……⁈」
「周り、誰もおらんね」
竜胆は囁くように言った。
「今この場で……あたしがあんたを殺して、その死体を粉々にして捨てちゃって、そのまま誰にも気づかれんかったら、どうなると思う?」
言いながら、肩を掴んだ手の親指を達巳の喉仏に当てた。達巳は乱暴に彼女の腕を払いのけて、息を切らしながら離れた。
「……どういうつもりだ⁈」
「そうなったら谷地は、行方不明って扱いになるやろうね。場合によっては『神隠し』とか言われよる」
まるで神の仕業かのような、自然災害に遭ったかのような表現だ、と彼女は言う。
「『禁止されとう』いうことは、誰にも認知されんかった場合、無かったことと同じなんよ」
「バレなきゃ犯罪じゃないって言いたいのか?だったら、俺に知られた時点でその理屈は効かなくなるな」
「確かに」
竜胆は二回頷いてから、目を見開いて達巳を見た。
「でも……あんた一人だけやんね」
その言葉に達巳は寒気を覚え、また後退った。竜胆は依然笑っている。その微笑みが酷く不気味に感じられる。
誰にも知られなければその罪は無いと同じ。そして、今知っているのは達巳のみ。ということは……。
「誤解せんでよ」
竜胆は急に真面目な顔になった。
「別に谷地に何か危害を加える気は無いっちゃん。ただ、あんたは無力やけんね。あたしの中にいる『人じゃ無い奴』の力で人を傷つけてましたって言うて、誰が信じるん?って話」
達巳は顔を顰めた。それは彼自身分かりきったことであった。だからこそ元々、竜胆にこの話をする気は無かったのだ。言っても無駄なことだから。彼女のしたことに対して達巳が何を言ったところで、それ以上の進展は望めない。何も解決しないのだ。
「……ああ、分かってるよ。俺が何を言おうと意味がないことくらい分かってる。お前はお前の正義で動いてる。だから何も持たない俺には、お前の考えを変えることはできない」
苦々しい顔で言う達巳を、竜胆は何も言わずに見ていた。
「お前は、お前の基準で選んでいた。人に迷惑をかけた奴を選んでいた。そして毒っていう罰を与えた。飲み会で悪い酔い方をして周囲に迷惑をかけていた山路さんや、伊武に悪質なストーカー行為を行っていた茶野。おそらくお前なりの正義に基づいてのことなんだろう」
達巳のその言葉を聞きながら、竜胆は静かに微笑んだ。先ほどまでの挑発的なものとは違う、どこか慈しみのようなものを含んだ笑みだった。
「谷地もすぎな先輩も頑張っとったけど、山路を止められんかった。あのストーカーの件もそう。すぎな先輩は凄く良くやっとったと思うけん、でも、それだけじゃ明音を守りきれんかったと思う」
そこまで言って、竜胆の口が止まる。その顔からは笑みが消えていた。言いたくないことをあえて言うように、続ける。
「……あんた達の行動はとても正しくて、素晴らしいと思うっちゃん、けど……力が伴ってない。実行力の無い正しさは、偽善と変わらん」
竜胆はまた言葉を止めた。何か考えて、伏し目がちに達巳を見た後、また小さく微笑んで、さらに続ける。
「でも、あたしはそういう偽善者が、好きやけん。すぎな先輩や谷地みたいな、頑張っとう真っ当な良い人たちの、力になれたらと思うとる。あたしのやっとうことは良くないことかもしれん、けど……必要なことやと思わん?」
「必要悪。汚れ役ってことか?」
達巳が言うと、竜胆は頷いた。
「それが『人と違う』あたし達の役目やけん」
その彼女の言葉に、達巳は深くため息をついた。どう聞いても、竜胆の語るそれはただの詭弁としか思えなかった。手で顔を覆って項垂れた後に、顔上げておもむろに尋ねた。
「……お前、半崎さんにも毒を盛っただろ?半崎さんもなんか悪いことをしたって言いたいのか?」
「それは……谷地の方がよう知っとるんやない?なにか探って回ってたみたいやん」
竜胆は冷静に返す。
「すぎな先輩が何かされていたんやないと?半崎さんに」
何も答えない達巳を見て、竜胆は畳み掛けるように続ける。
「言うたやん。半崎さんは、すぎな先輩を傷つける人やて」
「ああ、そうだな。確かにお前はそう言った。そんで実際、半崎さんの軽率な行動が原因で、川澄さんは被害を受けた」
それを聞いて竜胆は小さく笑った。
「半崎さんも、表向きは良い人ぶっとった。そげな人が裏で何か悪いことをしとったら誰もそれを裁けない。そう言う時に、あたしみたいなのが必要なんよ」
「……そうかよ。でもそうだとすると、順番がおかしいんだよな」
達巳の言葉に、竜胆は眉を顰めた。
「順番?」
「半崎さんが毒にやられたのは、川澄さんに何かをする前だ。お前は、半崎さんがそういう悪事をしかねないから、先に罰を与えたとでも言いたいのか?」
そう問われ、竜胆は少し間を置いた後、無言で頷いた。達巳がさらに続ける。
「だとしたら、お前のその『罰』は何も意味が無かったことになるな。だってその後、半崎さんは行動を起こし、川澄さんは被害を受けたわけだから」
言いながら、達巳は竜胆の表情が曇っていくのに気づいた。いつもの不機嫌に見えるだけの顔とは違う、正真正銘不愉快という感情が伴った表情だ。
達巳の言葉は加速していく。
「だいたい、毒を盛って、人を傷つけて、その相手が改心すんのか?お前は自分のやってることが必要なことだと言った、けどさ、お前が毒を盛ったから山路さんが大人しくなったのか?違うだろ?ただただ苦しんだだけだ。茶野だってそうだ。あいつが伊武に付きまとうのをやめたのは、川澄さんの説得のおかげだ。断じてお前が与えた罰のおかげじゃない。お前はただ、自分にとって気に食わない相手を苦しめて、自分だけがスッキリしてただけだ。それを自分の役目だとか言って正当化して、偽善者はどっちだ?」
竜胆は何も答えない。納得のいかない様子で、拗ねたように池の水面を見つめていた。
「……そもそも、お前が半崎さんに与えたのは罰じゃない」
達巳はやっと本題に触れた。竜胆の視線がまた達巳へ向けられる。ここからが、彼が今最も言及したい箇所であった。
「お前は言った。『半崎さんはすぎな先輩を傷つける人』だと。それは、『可能性』の話じゃない。『予定』の話だったんだ。半崎さんは、『すぎな先輩を傷つけかねない人』じゃなくて、『すぎな先輩を傷つけるようにあたしが誘導した人』だった。そうだろ?」
「違う。なんの根拠があって……」
「半崎さんは、毒を盛られた直後に悪夢を見たと言っていた」
竜胆の反論を遮って達巳は言葉を続ける。
「それがきっかけで行動を始めて、結果として川澄さんに行き着いたと言っていた。きっかけは、お前の盛った毒だったんだよ。全ての始まりはそこだった。お前の中にいる奴は、そういうことができるんだろ?人の感情を歪めて、思い通りに操る毒を作れる奴だ。それを使ったんだろ?お前個人の身勝手で歪んだ感情で、半崎さんを動かして、川澄さんを傷つけた。そうだろ?」
しばらくの間、二人は無言になった。達巳の問いに対して竜胆が何も答えなかったからだ。
やがて、竜胆はゆっくりと口を開いた。
「誘導したわけや……ない」
地面を見つめながら、彼女は言う。
「あたしは半崎さんの中の負の感情を引き出しただけ。あの人が元々隠しとった悪い部分を表に引き出しただけ。結局はあの人自身の感情やん。半崎さんが、そういう悪い部分を持っとったのは事実やん」
「ああ、そうだな。けど半崎さんはそれを隠してたんだ。表に出さないようにしてたんだよ。それをお前は無理矢理引き出した。どんな聖人だって、心の中に汚い部分がある。でもそれを隠してる。隠そうとすることこそが、『善心』であり、押さえ込もうとする力こそが『理性』なんだ。そういったもの全てを含めてその人の人格だ。お前のしたことは、人の善心や理性を鈍らせて無理矢理汚い部分を引き摺り出して、その人の人格を歪めて貶める卑劣な行為だ。それは……やってはいけないことだろ。絶対に」
竜胆はずっと下を見ていた。表情こそ見えないが、その姿はさながら親か先生に叱られる小さな子供のようであった。達巳は無意識に自身の頭を掻いた。彼は自分のことを、他人に説教できるほど完成された人間だとは思っていない。とてもやりづらい、場違いのような居心地の悪さを感じていた。
しかしやはり言ってやらなければ気が済まなかったのだ。これは達巳の中の正義がそうさせるのではない。むしろただのエゴイズムに他ならなかった。
「ここからは、あくまで俺の予想だけど……お前は、半崎さんに嫉妬してたんじゃないのか?」
俯く竜胆の肩が、一瞬ビクッと震えた。
「新参の俺の目から見ても、川澄さんと半崎さんの関係性は特別に見えた。川澄さんのことが大好きなお前は、半崎さんに取られるのを恐れたんじゃないか?」
だとすれば、それはまるで子供のような独占欲。竜胆の耳が赤くなるのを達巳は見た。
「だからお前は、半崎さんに毒を盛って、彼の悪い部分を引き出そうとした。それで川澄さんや、他のサークルメンバーから見た半崎さんのイメージを落とそうとしたんだ」
そして……結果的にそれは成功したと言える。評価を落とすことができたかどうかはともかくとしても、川澄と半崎の関係性には確かに亀裂が入った。以前のような特別な間柄にはもはや戻れないだろう。
「……満足か?」
達巳が静かに問う。竜胆はその真っ赤な顔を上げて、達巳を上目に睨みつけた。その目元は涙目で、口元には悪ぶるような笑みを浮かべていた。
「……うん。満足。とっても」
そう言った直後、彼女の目から一筋涙が零れ落ちた。達巳はその顔から目を逸らすと、自身の髪をぐしゃりと掻いた。
「そうなるとやっぱり……俺の予想は当たってたみたいだ」
気まずそうに竜胆の泣き顔に視線を戻すと、達巳は言った。
「多分、お前も……その毒にやられてる」
「え?」
竜胆は目を丸くして、意味が分からないと言いたげに達巳を見た。
「他人に迷惑をかける連中への不快感や、大好きな人と親しくする奴への嫉妬心。そういう負の感情は誰でも当たり前に持ってるものだ。それらを抑える理性のタガが、竜胆にもあったはず。その縛りを強制的に外して、本来なら起こさないであろう凶行に及ばせた」
涙に濡れる竜胆の瞳を、その奥まで見通すように睨みつけて、達巳は言った。
「お前が今回の事件……全ての黒幕なんだな?
返答は無い。当然のことだ。もし竜胆の中にいる者が何を言ったとしても、それは外野の達巳には聞こえない。そのようなこと、達巳自身よく分かっていた。
困惑する竜胆をよそに、達巳は自身の背負っていた小さなリュックの中からミネラルウォーターのボトルを取り出した。キャップを捻りながら、彼は語る。
「最後に、竜胆。お前がどうやって半崎さんや茶野やらに蛇の毒をくらわせたのか、それだけ確認しておきたい。俺達の予想では、おそらくこうだ」
言いながら達巳は、ボトルの中の水を自らの足元に溢した。たちまちそこには小さな水溜まりが現れた。達巳と竜胆の影が朧げに映る。二人の体に巻き付く何者かも一緒に。
離れようとする竜胆に向けて指を差し、達巳は言った。
「竜胆、お前を……解毒する」
その言葉を合図に、勢いよく水面が盛り上がったかと思うと、それは角の生えた白い蛇の姿となって竜胆めがけて目にも止まらぬ速さで伸びて行き、口を大きく開いて牙を彼女の腕へ向けた。
しかし直後、同じ水面からもう一体現れた蛇が立ちはだかり、その動きを遮った。
水溜まりから現れた二体の蛇が互いに向かい合い、首をもたげて口を開き、牙を向け合って威嚇音を鳴らした。片方は純白の鱗に水晶のような角を持つ白眉。そしてもう一体は、対になるような漆黒の、角を持たない蛇であった。どちらも血のように赤い眼で互いを睨みつけている。
「やはりお前だったか。『
白眉が言うと、相手は返した
「……何百年ぶりだ?久しいなァ『族滅の白蛇』」
まるで声変わり直前の子供のような高めのハスキーボイス。その口調は嘲るような笑いを含んでいた。
「天下の夜刀神様が、そんなハナタレ小僧の中に引き篭もっちまって、落ちぶれたモンだなァ?」
「貴様こそ、中国で猛威を奮っていたと噂に聞いていたが……いつこの国に来た?そのような小娘の中に封じられて」
互いに煽り合う二体の蛇に向け、達巳と竜胆はそれぞれに名を呼ぶ。
「白眉!もう良いから引っ込め!」
「
宿主に言われ、二体は互いに警戒するように睨み合ったまま、ゆっくりと水面に戻っていった。消える間際に吐き捨てるように黒蟒が言う。
「见鬼去吧‼︎」
小さく舌打ちをした後、白眉もまた姿を消した。
しばらくの間、残された二人は何も言わなかった。分かっていたはずのことだが、それでも目の前で起きたことの衝撃でしばらく言葉を発せなかったのだ。また、周囲で誰かに見られていなかったか、二人は辺りの人影を探した。幸い誰もおらず、ほっと息を撫で下ろす。
達巳の頭の中に白眉が語りかける。
——だから私は反対だったのだ。おそらく黒蟒め、お前を標的にしただろう。奴はまさに蛇らしく執着の強い厄介な性格をしている。今のうちに小娘もろとも殺しておくのが身のためだ
「殺す?って、お前何言って……!」
達巳が呟くと同時に、竜胆もまた独り言のようなことを言っていた。
「臥竜、しゃーしい!ちょっと黙っとって!」
ハッとしたように、二人は互いに顔を見合わせてから、目を逸らした。
「……お前も大変だな」
「……谷地こそ」
それからまた無言になった後に、しばらくしてから竜胆が呟くように言った。
「あたしは、別に操られては、ない」
達巳が見ると、彼女は池を囲う柵に背を寄りかからせて、無表情で自身の足元の水溜まりを見ていた。
「もし臥竜があたしに毒を盛っとうとしても、それはあたし自身の意思やけん」
「でも、そのせいでお前の感情が歪められて……」
「あたしの目的に、理性や善心はいらんのよ」
そう言って、彼女は顔を上げると達巳を横目に見た。
「今確信した。谷地は、あたしが探し求めていたぴったりの人間やて」
「探し求めていた?」
困惑する達巳を見て竜胆は笑う。
「時が来たら、あたしを……殺してくれる人」
何も言えない達巳を置いて、竜胆はその場を去って行った。達巳は呼び止めることも出来ずに、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。
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