16「俺の推理は間違ってたってことだな」
帰り道、達巳は理由もなく線路沿いの道を歩いていた。車両が走るたびに鳴る音と振動をその身に受けながら、力無く進む。
「……結局、俺の推理は間違ってたってことだな」
達巳は自嘲気味に笑った。
「まあ分かってたことだけどさ。誹謗中傷の犯人は半崎さんじゃ無かったし、蛇憑きが竜胆ってのも怪しくなってきた。なんかもう分かんねーわ。疲れちまった」
白眉は何も答えない。故にその言葉は、正真正銘の独り言であった。
「あと、そもそも気づいちゃったんだけどさ。SNSのダイレクトメッセージって、ブロックできるよな?」
つまり誹謗中傷から逃れたいのであれば、川澄は簡単に逃れることができるのである。アカウントの設定を変える、それだけで。
「それをしないってことはさ、川澄さんにとってそれは、何でもない取るに足らないことだったのかもしれない。俺が勝手に、勘違いして、大事にして、一人で騒いで奔走して、空回りして。罪のない半崎さんを疑ったりして、馬鹿みたいだ。それを良いことだって、それが川澄さんのための行動だって、独りよがりに考えて、俺は、俺は……とんだ偽善者だ」
——では、もう辞めるか?
白眉が問う。その口調から彼の感情は読み取れない。
——これで、終いにするかい。私はそれでも構わないよ。それで今後サークルにも関わらないのであれば、そこに潜む蛇に関しても気にする必要がなくなるからね
「それも良いかもな」と言おうとして、達巳の口は止まった。すぐ横の、高架線を電車が走る。その振動が、達巳の記憶を呼び起こした。
「……震えていた」
あの時、川澄は震えていた。一人を恐れて、不安に怯えていたのだ。
辞めて良いわけがない。これで終わりにして良いわけがない。
あの夜、達巳は決意したのだ。絶対に見つけると。
——どうやら、終わらせる気は失せたらしいね
白眉がやれやれ、と続ける。
——ここで終いにしたほうが安全なのだがね。なにしろ私は、蛇憑きの正体を確信してしまったのだから。そして、そいつがどのようにして山路に毒を盛ったのか、その手段もね
「なにぃ⁈」
達巳は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。
「お、お前……それ、早く言えよ!」
——もしお前がこの件から手を引くのであれば、その方が都合が良かったからね。しかし、続けると言うのであれば仕方がない
「で、誰なんだ?サークル内に潜んでる蛇憑きは……」
——お前の考えが正解だよ
電車が走り、二人の会話を隠した。
音と振動が止んだ後、達巳は思案しつつ言う。
「……確かに辻褄は合う。そんなことができるのなら毒を盛れる。そして周囲にはバレるわけがない。けど、証拠は?」
——複数の『事実』と、その間にある矛盾を解消していくと、自然と答えへ辿り着く。パズルのようなものだね。山路の言っていた『竜胆の酒を飲んだ』という事実、川澄の言っていた『竜胆はオレンジジュースしか飲んでいない』という事実、そして『山路は酒以外飲んでおらず』、『蛇は水以外を依代に使えない』という事実
「なるほどな……」
感心して唸る達巳に対し、白眉の言葉はさらに続く。
——このような芸当を行えるのは、体内の薬物成分調整に非常に長けた蛇だけだ。私に同じ事は出来ない。私の知る限り、ここまで卓越している個体は一体のみ。『黒蟒』だ
「『こくぼう』?」
——『黒いウワバミ』と書いて『
「……そいつは、危険なのか?」
——好戦的。そして向上心が強い。私とは違い、本気で龍になることを望み、そのためであれば何でもする奴さ
つまりは、非常に危険ということだ。
——奴が特に好んで使うのは、ヒトの思考に影響を及ぼす毒だ。脳の働きを歪ませて、いわゆる負の感情と呼ばれるものを増幅させる。それによってヒトを意のままに操る。それが黒蟒の
「負の感情の増幅……」
呟いた直後、達巳の脳裏に流れる、飲みの席で暴れた山路の姿。そしてそれに対する川澄の「いつもはあんな感じじゃない」という言葉。
「山路に使った毒はそれか。となると、もしかして他の被害者達も……?」
——そうとも限らないがね。使用用途によって毒の内容は使い分ける。しかし、確かに山路に使われたものはそれで間違いないだろうな
達巳は頷いた。とりあえず、蛇憑きの正体はある程度、答えに辿り着いたというわけだ。
「あとは、川澄さんの件だが……」
そう呟いて、ため息をつく。半崎が犯人でないことだけはほぼ確定しているのである。逆に言えば、それしか分かっていない。
「……でも、そうなると一体、何で蛇憑きは……竜胆は、半崎さんを襲ったんだ?」
竜胆の言葉が頭をよぎる。
「半崎さんのせい」
「理由は無いけど、半崎さんは、そういう人やけん」
「すぎな先輩を傷つける人」
その時、達巳のスマホが振動した。誰かから、メッセージが送られて来たのだ。画面を見ると、それは水上からであった。
ミズカミカズミ『達巳、次の休日ってあいてる?』
ミズカミカズミ『サウナ行かね?半崎さんと一緒に』
水上の誘いに、達巳は即答した。
達巳『行く』
少しでも真実に近づくためには、半崎雄二という人物のことをよく知る必要がある。そう達巳は判断した。
それになにより、事件の話とは別件で個人的に半崎から聞いてみたい話もあった。
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