14「俺が思うに、蛇憑きは」

「俺が思うに、蛇憑きは竜胆だ」


——その根拠は?


 白眉が問う。駅ビル内の人混みの陰で、達巳はスマホを耳に当てて、通話しているように装いながら白眉の問いに答える。


「前の公園清掃の時に、あいつはボートに乗りたがらなかった。あれは泳げないからじゃなくて、水面に映りたくないからじゃないかって思うんだ」


——それだけかい?根拠が薄いね


白眉のその言葉に、達巳は顔を顰めつつ頷いた。理由が弱いことは、説明している達巳自身がよく分かっていることである。


「でも、なんとなくそんな気がするんだよ」


——まあ良いだろう。それで、その蛇憑きと、誹謗中傷との関連というのは?


達巳は少しの間無言で考えを整理した後、ゆっくりと話し始めた。


「元々、蛇憑きは歌舞伎町なんかの繁華街で悪人や、それに類するような人物を通り魔的に襲っていた。それはおそらく、ある種の正義感からの行動なんだと思う。人とは違う力を持った人間にはありがちな、独善的な行動だ」


達巳自身が、行動には移さなかったもののそういう衝動に駆られた経験があるために理解できることであった。


「そんな蛇憑きによる襲撃事件の犯人探しを、探偵である村上が誰かから依頼された。そして村上は、その蛇憑きがこのボランティアサークルにいるって気づいたんだ。それはおそらく、例のストーカー事件の情報をどこかで仕入れたから」


これまで繁華街を中心に起こっていた事件と同じ手口が、急にそれまでとは全く異なる場所で起こった。だからこそ、犯人はその事件の関係者ではないかと村上は推測したわけだ。最もこれは達巳の考えというよりも、沢渡の話を拡張した内容ではあるけれども。


「村上はこのサークルに潜入するために、そしていくつかの情報を得るために、サークル内に協力者を必要としたんだと思う。そしてその交換条件として、協力者が欲する情報を提供した。それが……」


——川澄すぎなの秘密か


白眉の返しに達巳は頷いて、さらに続ける。


「ずっと謎だったんだ。誹謗中傷の犯人は、川澄さんにとって誰にも知られたくない秘密を知っていた。いったいどうやってその秘密を知ったのか?もしかしたら、そういうのを探るプロが味方にいたからじゃないかって思ったんだ」


『探偵』である村上ならば、川澄の秘密を探ることができたのではないかと。


「そして、協力者の手助けによって村上はサークル内に入り込み、色々な情報を得ることができた。ストーカー被害に遭った伊武なんかは、それこそ例の蛇憑き……皆の言う『蜂』の最有力候補なのかもしれないな。そんで、今回の活動に伊武が来るって村上に教えたのも、その伊武と同じ班で活動できるように仕向けたのも、おそらくサークル内の協力者。そしてその協力者は、村上から得た情報で川澄さんの秘密を知り、誹謗中傷を送ってるわけだ」


——そこまで考えたからには、その協力者……すなわち誹謗中傷の犯人の目星もついているのではないかい?


「……ああ」


頷いて、達巳は言い淀んだ。それから自信なさげに、躊躇いつつ口を開く。


「……ちゃんとした根拠があるわけじゃないんだ。今ある情報だけで言えば、比較的可能性が高いってだけで……」


そのように前置きしてから、達巳は容疑者の名前を口にした。


「……半崎さん」


——まあ、そうだろうね


白眉もおおよそ検討がついていたようであった。


——今日の参加者の中に伊武明里がいることを知っていた、すなわち、犯人はサークルの運営側の人間だ。そもそも村上が協力者の手引きでサークルに潜入するとしたら、協力者はそれなりにサークル内で力を持つ人物でなければならないからね


加えて、と白眉は続ける。前回の活動後の飲み会での行動も怪しいというのだ。


——あの飲みの席が終わった直後の川澄の様子から言って、その時点で例の誹謗中傷が送られて来ていた。あの時点で送ることができるとすれば、元々飲みの席に参加していない者か、先に帰った者だけだ


半崎は、先に帰った。故に川澄のSNSにダイレクトメッセージを送ることが可能ではあるのだ。


一応、辻褄は合っている。


「もう一つ、半崎さんだと思う理由があるんだ。根拠ってほどじゃないけど……」


自信なさげに、達巳は話す。


「半崎さんにも、蛇の噛み跡があった。これまで蛇の被害に遭ったのは皆、程度の差こそあれ、ある種の悪事を働いた者だ」


——山路は?


「飲み会で暴れた。……だから、程度の差があるって言っただろ!とにかく、ショボかろうがなんだろうが、何かしら人に迷惑かけた連中が対象だったのに、一見何もない、清廉潔白な半崎さんまで蛇にやられてる。おかしくないか?つまり……蛇は、知ってるんじゃないか?半崎さんが川澄さんに誹謗中傷を行ってるって」


そしてその報復のために蛇の毒を喰らわせた。


「もしそうだとするなら、サークルのSNSを運営していたメンバーの中の、川澄さんの女友達ってやつに、竜胆が入ってたかもな。もしそうなら、竜胆が偶然、川澄さんに送られた誹謗中傷に気づいたとしてもおかしくない。そんでその犯人が半崎さんだと睨んで、彼に毒を喰らわせたと。そうしたら、全部の辻褄が合う気がする。どうだ?」


——全て、お前の妄想に過ぎないね


ばっさりと、白眉は言い切った。


——どこをとっても根拠が薄い。お前の主観ばかりが詰められていて、中立性がまるで無い。半崎はともかく、竜胆を疑っていることに関しては偏見も多く含まれていそうだしね


達巳にとっては耳の痛い批判であった。彼自身も自覚していることであるからこそ、反論もできない。特に竜胆などは、彼女の浮世離れした雰囲気が蛇憑きとしてのイメージと合っていたからこそ疑っているわけであり、その根拠もボートに乗らなかっただけという、非常に弱いものであった。


「やっぱ……間違ってるかな?俺の考え……」


達巳は自嘲するような苦笑いを浮かべた。白眉は無言であったが、少し間を置いてからこう答えた。


——良いのではないか?


「え?」


——正誤はともかくとして、一つの仮説は立った。今の情報量では、このお前の妄想に近い仮説を否定する根拠すら見つからない。まずは、それを探そうか。お前の仮説が間違っていると証明するための情報を集めていくこととしよう。そして、もしも最終的に、お前の仮説の誤りを証明することができなければ……それが真実だったということになる


「なるほどな」


達巳はニヤッと笑った。とりあえず次やるべきことははっきりしたのだ。


「そうだな……まずは、前の飲み会の状況を洗うか。竜胆が、山路に毒を盛る機会があったかどうか、な」

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