13「探偵が目的を持って行動する場合」

「お疲れ!今日も暑いね!これから夏本番だし、熱中症に気をつけて!」


そう言って、川澄が皆に塩飴を配る。夏日に日を浴びながらずっと立って募金を呼びかけるというのは、想像以上に体力のいる作業であった。


今は休憩時間。水筒の水を一口飲んでから、貰った塩飴を開けつつ、達巳は周囲の人々を見渡した。今回の参加者は前回の公園清掃よりも少なく、見知った顔ぶれが多かった。達巳、沢渡、水上の三人や、川澄、竜胆、伊武の合コンメンバー。それに加えて半崎や村上。その他数人は、顔だけ知ってる者達や、ほんの少しの新顔達であった。


「この中に、川澄さんへの誹謗中傷をしてる奴や、山路に毒を盛った蛇野郎がいると思うか?」


小声で呟くように言う。白眉が答えた。


——いる、と考えるのが自然ではないかな。現に、我々の考える容疑者達が揃っているのだから


先日、山路から得た情報により、少し前までサークルのSNSを担当していた者は五人いたことが分かっている。うち一人は川澄だ。現在、川澄が一人でSNS管理を行なっていることを知るのは、その他の四人。すなわちその四人こそが、誹謗中傷を行っている可能性のある……容疑者と言える。その中に山路と半崎が含まれていることは分かっているが、後の二人は『川澄の友人であり、性別は女性』ということしか分かっていない。


「俺が思うに、伊武は入ってると思うんだよな。前のコンパの時も、めっちゃ写真とか上げてたし」


 達巳が言う。サークルのメンバーであり、SNSに強い伊武はイメージに合っていたのだ。


そんな彼女は今、村上や水上と話していた。話の内容は聞こえないが、どうやら水上が村上へ突っかかっているのを宥めている様子である。水上は、前の合コンの時から伊武を狙っている。そんな伊武に気に入られてる村上のことが面白く無いのだろう。


「さすが、表裏の無い男だな」


皆が水上のように、分かりやすい人間だったらもっと簡単なのに。一瞬思ってから、苦笑いをした。そんな世の中になった場合、真っ先に割を食うのは間違いなく達巳自身なのだから。


蛇憑きという、人には言えない秘密。それを隠すために達巳は多くの嘘をつく。白眉との会話を独り言と誤魔化し、泳げないから水辺に近づけないと偽りを言う。先日の公園清掃の時もそうだった。


泳げないからボートに乗れないと嘘をつき……。


「……あ、そうか」


そう呟いた直後、沢渡が声をかけてきた。


「また独り言か?」


「いや、別に」


達巳は首を振りつつ、誤魔化すように水上の話を始める。


「あいつ村上と何話してんだ?喧嘩腰っぽいけど」


「そんなシリアスな感じでも無いけどね。募金をどれだけ集められるか勝負しようって吹っ掛けてる」


「あいつ、勝負好きだな……」


 呆れ顔を浮かべる達巳を、沢渡は一瞬横目に見た後、村上へと視線を向けた。


「あの村上くんって、なんでこのサークル来たんだと思う?」


「自分みたいな嫌な奴が善行をすることで、口先だけの偽善者を見下せるのが快感みたいなこと言ってたよ。歪んでるな」


ため息をついて、達巳はまた一口水を飲む。その隣で沢渡が、小さく首を捻りつつ呟いた。


「それ、本当だと思ってる?」


「どういうことだ?」


 沢渡を見る。彼は訝しげな目で村上を見つめていた。


「探偵が目的を持って行動する場合、それはやっぱり何かを探ってるってことだと思うんだ」


「探ってる?このサークルで?何を」


「さっき話してたろ?伊武ちゃんのストーカーのこと。あの話を聞いてる時の村上くんを見たか?目の色が変わってたよ」


それを聞いて、達巳はその時の状況を思い返してみる。


「言われてみりゃ、そんな気もするな」


沢渡は頷き、話を続けた。


「前回よりも服装がお洒落なのは、伊武ちゃんの好みにわざと寄せてる気がするんだ。『探偵』って肩書きを全面に出して話すのだって、彼女の推理小説好きを知ってのことだと思う。伊武ちゃんから、例のストーカーの話を……『蜂』の被害者の話を聞きたいからじゃないかな」


「となると、村上は『蜂』を追ってるってわけか」


「最近、繁華街で起きている『蜂』の通り魔犯行と、ストーカーへの犯行を同一犯と考えてるんだろうな。彼も」


『彼も』ということはすなわち、沢渡もまた同じように考えていたというわけなのだろう。


達巳はおもむろに立ち上がると、沢渡に「トイレに行ってくる」と伝えた。


「休憩もう終わるんだから、早く済ませろよ」


という言葉を背に受けながら、達巳は駅ビル内のトイレへと向かう。沢渡から十分離れた後に、小声で白眉に話しかけた。


「なあ、サークル内にいる蛇憑きと、誹謗中傷の犯人は同一人物だと思うか?」


——それは別人だろう。もしも、誹謗中傷の犯人が『蛇』の力で他者を傷つけることができるのなら、その力を川澄に使わないのがおかしいからね


「だよな」


確認するように頷いてから、小さく深呼吸をして、達巳は言う。


「……俺、蛇憑きが誰だか分かった気がする。それと、誹謗中傷との関係性も。その二つは犯人こそ違うが、繋がってると思うんだ」


——ほう。では、お前のその考えを聞こうか


達巳はなるべくコンパクトに、自身の推理を話し始めた。

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