12「悪者を成敗する正義の蜂ってわけ」
「推理の仕方には、大きく二つのパターンがあります。一つは堅実な調査で情報を収集し、証拠を積み上げて真実を見つけ出す方法。もう一つは直感で真実の形を仮説として概算し、その仮説を証明していくという方法。『情報収集タイプ』は確実ですが地道かつ時間がかかり、『直感タイプ』は、その感覚が正しければ早いですが、間違っていれば全てが破綻してしまう。前者は高い情報収集能力、後者は真実を嗅ぎ取る直感力が必須であるわけですね。最も、俺はその両方を持っているわけですが……」
「すごーい!さすが、プロの探偵さんは違いますね!」
人通りの多い駅の前で、募金箱を手に立ちながら話す二人がいる。『探偵』
「お前ら、ちゃんと声出せよ。「募金お願いします」っつってさ。さっきから誰一人止まらねぇぞ」
「それは俺たちのせいでは無いでしょう。だいたい、募金なんかのためにわざわざ足を止める奇特な人間などそういるものではありません」
村上が言う。話す内容の天邪鬼さとは対照的な、爽やかな笑顔だ。服装も前回のボーダー柄とは異なり、テーラードジャケットに無地のTシャツという、若干フォーマルに寄せた清潔感のあるお洒落なものとなっていた。髪型も流行りのセンター分けで、よく似合っている。陰険な印象を受けた前回とは違い、知的でクールな好青年といった風貌だ。
先日見たドラマ『恋ハミ』で、桜乃演じる主人公とラブコメを演じていたイケメンを思い出し、達巳は思わず表情を歪めた。
「村上お前、今日はなんでそんな気合い入った格好してんだよ」
「TPOって言葉を知らないんですか?前回はゴミ拾い、今回は募金活動。それに見合った服装というものがあります」
村上はすまし顔で答えた。そんな彼の顔をまじまじと見ながら、伊武が言う。
「村上さんって、あの人に似てるって言われません?ほら、あの『恋ハミ』でハヤトくんの役をやってる……」
彼女が口にした名前はまさに達巳が思い出したイケメンのことであった。どうやら伊武はその俳優のファンらしい。
さらに推理小説が好きらしいこともあり、彼女はすっかり村上の虜になってしまっていた。
達巳はため息をつき、村上達とは反対の方向に目を向ける。向けた先に立つ沢渡もまた伊武とは違う意味で村上に興味を持ったらしく、彼の話に聞き耳を立てていた。さらにその隣の半崎が困ったように笑っていた。
「村上くん、あまり明音ちゃんをメロメロにしちゃだめぜ。彼女、今は恋人とか作らないって決めてるんだから」
「ちょっと雄二さん!メロメロだなんて!」
顔を赤らめて笑いながら、伊武が黄色い声を上げた。
「そりゃ顔とかは好みですけどー、そんなすぐ落ちたりしませんよー!私そんな軽い女じゃないんで!」
そんな彼女の言葉に説得力は皆無であった。ちらちらと見てくる伊武に笑顔を返しつつ、村上は聞く。
「恋しないんですか?もったいない。こんなに魅力的なのに」
舞台役者の演技を見ているようで、達巳は胸焼けした。よくもまあ恥ずかしげもなくそんな歯の浮いたような台詞を言えるものだ。そもそも、お前はそんなこと言うタイプじゃないだろ、という達巳の心の声に気づいたらしい村上は、何も言わずにただニヤリと笑った。
一方、伊武はまるでおばちゃんのようなテンションになっていた。
「魅力的なんて、そんな、もう、お上手なんですから〜」
くねくねと動く彼女を見ながら、気遣うように半崎が呟く。
「あんなことがあった後だからね……しばらくは恋愛する気にはならないよね」
「ああ、まあ、そうですね……」
高かった伊武の声色に翳りが差した。沢渡も何やら知っているらしく、神妙な面持ちをしている。
「何か悪いことがあったんですか?」
村上が尋ねると、伊武は困ったように笑った。
「いや、大したことじゃ無いんです。ただ、ちょっと前にストーカーに遭っちゃって……」
曰く、それはこのサークルでの活動がきっかけらしい。同じタイミングでサークルに入った同級生の男子と仲良くなった伊武は、その相手に一方的に恋心を持たれてしまったらしい。伊武からしたらその相手は仲の良い男友達といった印象で、恋愛対象にこそならないものの、好意を持たれるのは悪い気持ちでは無かったそうだ。……最初は。
「でも、だんだんその人、ちょっとおかしな行動をするようになっていって……」
伊武が誰にも教えていなかったSNSアカウントをフォローしてきたり、飲み会や一緒に遊んだ帰りなどにやたらと家まで送ろうしてきたり、話していない友達の情報を知っていたり、サークル活動の後にバイト先までこっそりつけてきたり、その男の異常行動はだんだんとエスカレートしていった。
「流石に怖くなって、すぎな先輩やゆず先輩に相談しまして……」
川澄が直々に言い聞かせて、そのストーカーはサークルから事実上の追放という形になった。それでも、彼は活動に参加しようとした。
「よく使われる公園や、募金をするここの駅前なんかにやって来て、強引に手伝おうとかしてきたんです」
「それは厄介だ……で、結局その彼はどうなったんです?」
村上に問われて、伊武は少しの間無言となった。
話すのを渋っている……というわけでは無いらしい。どう説明すれば良いか分からないといった様子であった。同じく事情を知るらしい半崎と沢渡に助けを乞うような目を向けると、沢渡が代わりに答えた。
「蜂に刺されたんだ」
「は?」
達巳が困惑の声を漏らした。
「蜂?」
「まあ厳密に蜂かどうかは分からないけどさ」
沢渡が説明する。村上が食い入るようにそれを聞いていた。
「でも何かに刺されたのは確かっぽいんだ。小さな隣り合った刺し傷が二つできたって、勝手に活動に参加してきた時に話してて、それが彼を見た最後になったな。なんか高熱が出てだいぶ苦しんだらしいってのは聞いたけど……」
「え、まさか、死……」
「生きてるよ。でも、以降は来なくなった」
それを聞いて達巳は思わず胸を撫で下ろした。一方被害者であった伊武は厳しい言葉を吐き捨てる。
「天罰ですよ。いっそ死んでしまえば良かったのに」
「そんなこと言わないの」
半崎が嗜めた。伊武は特に反省するそぶりもなく、ぷいと不貞腐れたように顔を背けた。そんな彼女に、村上が優しく語りかける。
「大変な目に遭いましたね。それは、男性不審になっても仕方がないくらいだ」
「えっと、いや、不審というほどでは……」
などと言いながら、伊武は照れ笑いを浮かべた。そんな二人のやり取りをいつもの探るような目で見つつ、沢渡がふと思い出したように言い出した。
「そういや、その『蜂』の被害者って結構いるっぽいっすよ」
「へえ。まあもうすぐ夏だし、活発化してるのかな。森とか行く時は気をつけないと」
半崎が相槌を打つ。沢渡は首を振って続けた。
「最近の蜂は、都心で増えてるらしいです。歌舞伎町とかに多いらしいっすよ」
「お前のお得意の怪しげな情報か?どこからそんな話拾ってくるんだよ」
今度は達巳が返した。沢渡はジトリと達巳を睨む。
「怪しくねえよ。確かな話だ。しかしどうも不思議な話なんだけど、蜂の被害者は悪人だったり、グレーな職業の連中が多いって」
言いながら、沢渡はただ一人を見つめていた。先ほどから反応している半崎や達巳ではなく、ただ黙って聞いている村上をじっと見ながら話している。村上は爽やかな笑顔を返した。
「オカルトチックな話ですね。悪者を成敗する正義の蜂ってわけですか」
「だとしたら、私は蜂を支持したいです〜」
伊武が膨れっ面で言った。そんな面々に、半崎が困ったような表情を向けた。
「あのさ、その理屈だと、俺も悪者になっちゃうんだけど……」
そう言って袖を捲る。露わになった半崎の二の腕には、小さな二つの刺し傷があった。ちょうど蜂か何かに刺されたような跡で、うっすらと赤くなっている。
「知ってるだろ?俺もちょっと前に刺されて、大変だったんだから。熱は出るわ、吐き気はするわで……」
「あ、すみません」
沢渡が申し訳なさそうな表情で頭を下げた。伊武も励ますように笑う。
「雄二さんは悪者じゃないですよ!きっと、蜂が間違えちゃったのね!」
正義の蜂という概念自体は変わらないらしい。袖を戻しながら、半崎は全員に言う。
「前の公園掃除の時、肌を極力出さない服って指定があったろ?それは最近こんな虫被害が結構あったからなんだ。俺や、ストーカーになっちゃったあいつみたいにね。だから皆も草木のあるとこでは気をつけなよ!」
達巳は頷きつつ、頭の中で思考を回していた。そんな彼の脳内に、白眉がただ一言、告げる。
——あれは『蜂』などではない。『蛇』の噛み跡だ
そのようなことは、達巳にも分かっていた。だからこそ、彼は考えるのだ。
達巳の中の直感が、真実の一端を概算して形作りつつあった。
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