10「——これは、毒だ」
「あの後、大変でさ。急に山路さんの具合が悪くなっていって……」
大学の講義室にて、沢渡が話すのを達巳は聞いていた。
「道端で吐きそうなのを必死に止めて、駅のトイレに連れて行ったんだから」
「お疲れさん。あの人も、弱ぇんだったら無理して飲まなきゃ良いのに」
沢渡を労りつつ呆れ顔でぼやく達巳に対し、沢渡は不思議そうな様子で首を捻る。
「いや、弱いってことは無いはずなんだけどね……。何回か山路さんと飲んだことあるけど、だいぶ強そうだったよ。酔い方は良くないけど、吐いたりしてるとこは見たこと無かった」
そんな沢渡の話の内容も、今の達巳にとってはどうでも良かった。
「山路のことは良いんだ。それより、ちょっと聞きたいんだけど、沢渡お前、あのサークル内の人間関係とか詳しい?」
沢渡は少し考えてから頷いた。
「多少は」
「じゃあ聞くけど、川澄さんと半崎さんって付き合ってんの?」
真剣な顔で問う達巳を訝しげに見つつ、沢渡は首を横に振った。
「俺が知る限り、それは無いはず」
「じゃあ、山路は?」
「そっちも無いけど……」
そこまで言ってから口籠る沢渡に、達巳は先を促した。
「無いけど、なんだよ」
「いや、山路さんの名誉のためにも言うべきじゃ無いかと……」
「あんな奴に名誉もクソもあるかよ」
達巳のめちゃくちゃな言葉に呆れ顔を浮かべつつ、「ま、いっか」と言って沢渡は続けた。
「山路さんって昔、川澄さんに告ってフラれたらしいよ」
「それいつだ?」
「川澄さん達が大学一年の時らしいけど……」
そこまで話ししてから、怪訝そうな顔で沢渡は聞き返す。
「そんなこと聞いてどうするんだ?」
「いや、ちょっと気になっただけだよ」
達巳は笑って誤魔化すが、沢渡は依然疑るような視線を向けたままだ。
「やっちんってそういう恋愛系の話題に興味持つタイプだっけ」
「最近目覚めたんだよ。ほら、お前らのオススメの『恋ハミ』も見始めたし」
苦しい言い訳だった。
「昨日やってた最新話見たんだけどさ、凄かったよなー。桜乃演じる主人公を巡った三角関係がさ。男の一人が振られた腹いせに裏で嫌がらせして、でも表では主人公の味方面して、とんだマッチポンプだ……」
本当はその最新話の冒頭で、イケメンに壁ドンされて赤面する桜乃を見た途端チャンネルを変えたのを、白眉だけは知っている。内容は後でSNSやネタバレサイトで知ったものである。
沢渡は半信半疑といった様子だったが、それでもそれ以上達巳へ問いただすようなことはしなかった。呆れ顔でため息をついて話を続ける。
「フラれたからって、それについて山路さんが引きずってることは無いと思うよ」
「そうなのか?でも、昨日の感じだと、川澄さんと仲良さげな半崎さんに対してあまり良く思って無さそうだったけど」
「昨日は酔いすぎてただけだと思うけどね。半崎さんと山路さんだって、別に普通に仲良いし」
関係の良好な友人同士であっても、たまには喧嘩もするし、会話の流れ次第で空気が悪くなる時もある。やっちんはちょうどそのタイミングに当たってしまっただけだと沢渡は言った。
達巳はしばらく考えた後、今度は直球の質問をしてみた。
「サークル内にさ、川澄さんを恨んでる人とかいる?あるいは仲が悪い人とか」
「そんなの、いないと思うけど」
即答だった。「見りゃ分かるだろ」と沢渡は続ける。
「川澄さんって、敵作るようなタイプじゃ無いでしょうよ。誰とでも仲良くなれる人だ。特にこのサークル内であの人のこと嫌いになれるやつはいないよ」
正直、それは達巳にも分かっていた。だからこそ難しいのだ。昨日、白眉と共に議論を重ねた結果、サークル内の人物が川澄への誹謗中傷を行っている可能性が高いという結論に落ち着いた。しかし、いったい川澄がそこまで恨まれたり悪意を持たれる理由が分からない。昨日の結論がいきなり揺らぎ始めるのを、達巳は感じていた。
分からないものは仕方ないので、達巳は別の疑問を投げかける。
「そういやさ、あのサークルってSNSやってるじゃん?あの運営って誰がやってんの?」
「詳しくは知らないけど……」
そう前置きしつつ、少し考えてから沢渡は答えた。
「多分、何人かで交代で担当してるんだと思うよ。俺も一応フォローしてるんだけど、日によって文体とか内容とかが結構違うからさ。明らかに川澄さんっぽいなていう投稿もあれば、別の誰かだなってやつもある。……でも、最近は一定かも。雰囲気的に川澄さんかな?」
正確なところを知っているのはSNSを運営する当人たち、つまり、サークルの中心メンバーだけなのだろう。となると、その中に犯人がいる可能性が高い。達巳はそう思った。
「川澄さん以外だと誰がそのSNSに関わってる?古参って考えると、半崎さんや山路はありそうかな?でもその三人だけで回してたってわけじゃないだろ?他に、どんな奴がいるかって分かるか?」
「だから、知らないって言ってるでしょ」
沢渡は達巳の様子を探るように見つつ、ずり下がった眼鏡の位置を直しながらある提案をする。
「やっちんが一体何をそんなに調べたいんだかは分からんけど、詳しいこと知りたいんだったら、今から連れて行ったげようか?」
「連れてく?どこに?」
「俺よりも知ってそうな人のとこ」
長机の上のノートや筆記用具の類を全て鞄にしまって、沢渡は立ち上がる。
「山路さんだよ。俺、これから会いに行かなきゃいけないからさ、やっちんも来い」
達巳は席に座ったまま、沢渡の顔を見上げて顔を顰めた。
幸運にも、本日の講義はこれから二コマ空いており、会いに行く時間なら十分あった。達巳の知りたい情報が得られるチャンスかもしれないが、それ以上に苦手な人物に会いに行くということに対するストレスが大きく、達巳はあまり幸運には思えなかった。
とはいえ、せっかくの機会を無駄にはできない。沢渡の言う通り、古参である山路はサークル内のことに詳しいであろうからだ。
「いったい何の用で会うんだよ?」
大学から駅に向かう道中、達巳が尋ねる。沢渡は早足で先を歩きつつ、鞄から銀色の腕時計を取り出した。
「これ、昨日山路さんが落とした時計。俺が拾っといたんだけど、返すの忘れてて。今日時間に余裕あったから会って渡すことになったんだ」
山路の家の最寄り駅で落ち合う予定らしい。二人は駅に着いて、すぐに来た電車へそのまま乗った。目的の駅は達巳達の大学から都心と逆方向に数駅ほど行った先だった。そう時間はかからずに到着するが、約束の時間になっても山路は現れない。しばらく待っていると、沢渡のスマホに連絡が入る。
「山路さん、体調悪くて来れそうにないって。だから、家まで来て欲しいって」
「マジかよ」
達巳は面倒くさそうに深くため息をついた。
「二日酔いか?」
「さあ。でも、まあそんなとこでしょ」
話しながら、二人は送られてきた住所へと向かった。バス停二つ分くらいの距離を歩くと、それらしき建物が目に入る。いかにも学生の一人暮らしといった風の小さいアパートである。比較的新築なのか、全体的に小綺麗ではあった。
部屋の前で呼び鈴を鳴らすが、応答はない。沢渡がスマホのチャットアプリでメッセージを送ると、少ししてからドアが開いた。
そこには、ボサボサの髪で真っ青な顔面の山路が立っていた。立っていると言うよりは、ドアに体重を預けてもたれかかっていると言った方が正しいか。昨日の威勢はどこへやら、大層衰弱しており、酷い有様である。
「だ、大丈夫ですか?」
達巳が思わず声をかけると、山路は唸り声のような声を漏らした後、小さく絞り出すような声で「すまんな……」と言った。
「わ、わざわざ……うちまで来て、もらっちまって……」
「そんなこと良いですから、横になってください!」
達巳と沢渡は山路に肩を貸して部屋の中へ移動させ、敷いたままの布団に横たわらせた。
「酷い症状だな……これ、本当に二日酔いか?」
苦しむ山路を見つつ独り言のように呟く達巳の脳内に、白眉が語りかけた。
——違う、これは酒によるものではない……達巳よ、もしかするとすぐにでもこの部屋から離れたほうが身のためかもしれない
「……え?」
小声で問う達巳に、白眉は続ける。
——これは、毒だ。この山路という男は、『蛇』の毒にやられている
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