9「情報を整理していこうか」
——まずは、情報を整理していこうか
白眉が言う。達巳はマイクを手にし、目の前の画面に目を向けながら頷いた。
時刻は深夜二十四時。彼らは自宅から一番近いカラオケボックスに来ていた。夜遅い時間に、自分にしか聞こえない声と気兼ねなく会話するには家よりも都合がいいのだ。達巳の住む部屋は家賃が安く壁が薄い。
——今回、探るべき答えとは、川澄すぎなに向けて誹謗中傷の言葉を送っている人物の正体。そしてその者は大きく分けて二つの候補に分類できる。すなわち、川澄の知人か、そうでないか
「それは、知人じゃねーのか?全く知らん赤の他人が悪口なんか送って来るかね」
——だろうな。しかしだ、世の中に絶対という事象は無いのだよ。たとえ可能性がいかに低くとも候補には入れておく必要がある。隠れた真実を見落としてしまう場合があるからね
とは言え、と白眉は続ける。件の犯人は川澄の知り合いであり、さらにボランティアサークルのメンバーである可能性が高いというのが白眉の考えであった。
——犯人が川澄の知り合いであり尚且つサークルの参加者であるという仮説を『A仮説』としよう。犯人が知り合いだがサークル参加はしていない説を『B仮説』、犯人が知り合いではない説を『C仮説』とする。今回の件はA仮説が最有力だね
「俺もそうだろうなって思うよ。でも根拠がうまく説明できねぇ。なんとなくそんな気がするってだけなんだよな」
——未熟だね。では、私がその根拠とやらを説明してやろう。お前は、送られてきた言葉を正確に覚えているか?
達巳は目を瞑り、記憶の中にあるその内容を思い起こす。
「『死ね』とか、『殺しに行く』とか……あと『殺人者の娘』とかだったか?っていうか、この話ってマジだと思う?川澄さんの親が……」
——今はそのようなことはどうでも良い。それよりもお前は肝心な部分を忘れている。犯人は『川澄すぎなは人殺しの娘』と送ったのだ
「何が違うんだよ」
——違うさ。決定的に違う
白眉は解説を始める。
——そもそも忘れているかもしれないが、件の誹謗中傷はボランティアサークルのSNSアカウントに送られてきたものだ。それを『偶然』管理していた川澄が目にした、という形なのだよ。普通、サークルのアカウントに送るとすればサークルに対する文句となるのだろうが、件の文章にはわざわざ『川澄すぎな』の名が入っている。それ故に誹謗中傷は川澄宛てだと分かるわけだが……そもそもこの犯人は、川澄へ向けた言葉を彼女個人に対してでなく、わざわざサークルのアカウントへと送っている。何故だと思う?考え得る理由を全て言ってみたまえ
達巳は暫し無言で考え込んだ後に、思いついたものを羅列していった。
「例えば、何かしらの理由で川澄さんを罵倒したかったけど彼女の個人のSNSや連絡先を知らなかったから、彼女が所属するサークルのアカウントに送った。あるいは、川澄さん個人だけでなく、それ以外のサークルメンバーの目にも留まるようにしたかった、とか?」
——それらの考え、前者ならばCあるいはB仮説、後者ならばA仮説に分類されるだろうね
サークル活動に一度でも参加した者は皆、活動日時等の情報共有のためにグループチャットへ招待される。つまりサークル参加者であれば川澄の連絡先を容易く手に入れることができるのだ。
その上で正体を知られたくなければサブアカウントを作ってそこへ川澄の個人チャットのアドレスを教えれば良い。正体不明のサブアカウントを用いて誰に知られるリスクも無く川澄のみを攻撃できる。
しかし犯人はそれをしていない。
「その考えで行くと、A仮説の可能性が低くなるんじゃ無いのか?サークルメンバーは個チャを狙えるのに、わざわざサークルのSNSをターゲットにする必要性が分からねえ」
達巳が疑問を口にする。犯人は川澄の連絡先を知らない人物なのではないかと言いたいのだ。
——確かにそうとも考えられる。しかしその場合、サークルのSNSを管理しているのが川澄であるということを犯人は何故知っていたのか?という疑問が出てくる
誹謗中傷の文章が川澄に届かなければそもそも意味がない。そこへ達巳はさらに反論を唱えた。
「犯人は、『川澄すぎなは人殺しの娘』と送ってきただろ?なんでわざわざそんな説明くさい文言にした?川澄さん個人に送るだけなら『人殺しの娘』だけで良いはずだろ」
つまり犯人は、最初からこの文章が川澄以外の他者に読まれることを目的としてこのような内容を送ったのだ。それが本来の目的ならば、必ずしも川澄のみに届ける必要はないのではないか。
だとすると、犯人がサークル外の人間であったとしても成り立つはずだと言うのが達巳の意見であった。その点は、白眉も肯定する。その上で、白眉は新たな疑問を口にした。
——そう仮定すると、今度は別の言葉が気になる。『お前の家を特定した』『今夜殺しに行く』これらの言葉は、明らかに川澄本人に向けて発せられた言葉だ。川澄が直接この文章を読んでいると犯人は知っている。川澄が、アカウントを管理していることを犯人は知っているのだ
サークルのSNSの管理者が誰なのか、それは基本的にサークルの参加者にしか分からない情報であるはず。そしてさらに、畳み掛けるように白眉は続ける。
——この犯人は、送った内容を川澄本人が読む、ということを前提とした上で、さらにその内容が川澄以外のサークルメンバーの目にも留まることを狙っている。ここからは私の推測だが、犯人は罵詈雑言で川澄に対しストレスを与えるのと同時に、『川澄すぎなは人殺しの娘』という情報をサークル内に広めて川澄のイメージを下げようとしているのではないか
そしてそれで得する者がいたとしたら、やはりそれはサークル内にいる川澄へ恨みを持つ何者かと言うことになるのではないだろうか、というのが白眉の推測であった。
達巳は少しの間小声で唸りつつ何やら思案していたが、やがてお手上げといった様子で両手を上げた。
「だめだ、ちょっと頭が回らなくなってきた。難しい。……けど、確かにお前の言うとおりかもな。A仮説の可能性が一番高そうだ」
——もちろん、B仮説の線が消えたわけではない。C仮説はほぼ無いだろうが、ゼロじゃない。いくら考えても今の限られた情報だけではどの説も消すことができないのだから、まずは最も可能性の高いものから考えていくべきだろう
一応の筋道は見えた。すなわち。
「犯人はサークル内にいる。それも、一回や二回の参加じゃない、レギュラーメンバーってやつだ」
達巳は顔を顰めつつ言い切った。
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