第2話 最後の準備


 4年ごとに国をあげて開催される、感謝祭。毎年春はあちこち新年を祝う形として小規模なお祭りが開催されることはあるが、感謝祭は規模が違う。

 感謝祭は3日間にわたり行われる。市井ではあちこちで飾り付けが行われ、ちょっとした広場ではヴノールド様への感謝を表すために昼から夜にかけて踊りや演奏が行われて賑やかになる。これが国中で行われるのだ。観光資源のひとつでもあるこの感謝祭は、他国からの旅行者も増えるので外貨を得る貴重な機会でもある。

 感謝祭最終日の夜に王宮の大広間で全貴族の当主夫妻、次期当主とその婚約者、そして他国からの来賓が一同に集まる夜会が開かれる。神殿関係者と共にヴノールド様へ感謝を捧げるという名目だ。普段地方にいることが多い中小貴族一同も揃うので壮観だし、この日のために衣装を仕立てるので市井も活気が出やすい。

 俺とハイネ殿が管理している商会も例に漏れず盛況で、ここ数ヶ月の売上は例年の倍以上の値を叩き出していた。特に売上が多いのは正装のレンタル事業だな。


 衣装を仕立てるには金がかかる。流行によって男女の装飾は変わるし、使われる素材も質の良いものばかりだ。貴族が一同に介する場面だからこそそれなりに金をかけたものを身に着けなければならない。かといって、4年に1度とはいえ毎回当主夫妻+次期当主分を仕立てるにも出費が痛い。特に収入が低い男爵や子爵は特に。

 俺たちのような貴族界隈でもドレスや衣装の貸し借りはままあることだ。会場内で万が一汚れた場合などで替えの衣装を主催者が用意するのが当然だから、抵抗感はさほどない。まあ、高位貴族ともなると借りた衣装は買い上げることが多いけどな。

 もともと衣装のレンタル事業自体は他国で成功例があり、伝統衣装がある国なんかは観光客向けの事業として確立している。我が国でも先駆者がいくつか。うちはそこに新規参入した形だ。


「でも正直、正気かって思ったわよ。このレンタル事業」

「辛辣だな」

「ドレスなんて高級品、普通平民に開放しないでしょ。しかも通年!」

「結婚式はいつでもあるからな。あと意外と多いんだよ、人生の節目で着てみたいってやつ」

「それは分かるかも〜。あ、これとか良さそうねぇ、アタシも着たいわァ」


 明後日に控えた大捕物の最終打ち合わせ、としてフェン殿が斡旋所の事務所にやってきたので応対してるところだ。なお、テーブルの上に広げられている地図やら配置図やらにハイネ殿は顔を引き攣らせてる。うん。王宮の構造図とかもあるもんな。機密事項だよなこれ。持ち込んできたご本人はハイネ殿がたまたま持ってきたレンタルカタログに興味が移ったようで今は大捕物の話は中断している。


 先駆者は先述の通り低位貴族向けがほとんどなんだが、我が商会のレンタル事業は庶民にも開放している。幸いだったのは、この国の結婚式で着る衣装が決まっていなかったこと。

 商会に来る庶民階級の常連客の娘さんがちょうど結婚するというので、試しに保有しているレンタルドレスで結婚式をやってみたらどうか、と持ちかけて実施してみたところそれが大ウケ。他業者同様に我が商会でも低位貴族向けのレンタルも行ってるが、どっちかというと庶民の方が利用頻度が高い。ドレスだけじゃなくてちょっといい洋服とか。

 魔法がある世界ならではというか、クリーニングも水属性と風属性の魔法でできるから人件費もさほどかからず比較的安価で提供できるんだよな。前世日本の場合だと、ドレスのクリーニング代ってどのぐらいかかったんだろう。着物ですらそれなりの値段だったような気がする。


 着なくなった衣類を神殿に寄付することもあるが、寄付された神殿側も衣類を売却して金銭に変えて必要経費に使っている。まあ、自分が着た衣類がどう扱われるか気になる人は神殿へ、そうでない人とか金銭が手元にほしい人はレンタル業者に払い下げてるって感じかな。


「あとこれ! 絵画サービスっていいわね」

「本当はカメラが複数回使えて、しかも早めに出力できるのが希望なんだけどな」

「分かってるわよォ。うちの写影魔道具開発者カメラオタクもそれを目指してるからね。まあ、まだ世に出せるレベルじゃないみたいだけど」


 うちだけやってるオプションサービス。それは着た様子をスケッチして残すもの。本格的な油絵とかじゃないし、担当画家はプロじゃない。画家を目指している卵だ。衣装代にチップをつけると、画家の卵たちが描いてくれるんだ。もちろん、事前に画家の腕前はある程度担保している。

 相応に金を出せば絵画として完成させてもらうことも可能。道具代は商会持ち、画家たちにはチップが丸々と懐に入る。スケッチが気に入れば追加料金で絵として完成させることも可。その場合も、その代金の半額は画家に渡る。


 え? 収支どうなってんだって? 基本赤字だよ。他の事業でカバーしてる状態。もうこの事業をやりだして数年になるけど、何人かの画家は芽が出て収入が上がったと喜んでいた。まあ、いわゆるパトロンみたいなことをやってる。

 普段絵を描いてもらう立場じゃない、もしくは金がなくて叶わなかった人たちからすれば、卵であれ画家に絵を描いてもらうという非日常感を得られる。画家の卵たちからすれば、画材代の心配もなく少額でも収入が得られつつ人に認められるという達成感を得られるっていう仕組み。


「真名授与の儀のタイミングで『思い出にどうですか』って文句もいいわね。敷居が下がるもの」

「庶民はデビュタントなんてものもありませんし、真名授与の儀がひとつの区切りみたいなものですからね。ヴォルフガング様から提案されたときは少し心配でしたが」

「まあ、俺も絵を嗜んでるからちょっと応援したかったというか。本来であれば商会の事業ではなく伯爵家うちの事業としてやるのが筋なんだが、うちの立ち位置が少し、な」

「これ以上国民から人気を得たら大変そうだものね〜。王家がますます手放してくれないでしょ」


 それが嫌だからハイネ殿にお願いして商会の事業としてやってもらってるんだよ。そう言わずに苦笑いしてみせれば、フェン殿は肩を竦めた。


「さ〜〜て。そろそろお仕事しなくちゃね」

「あの、では私は退室を」

「ダメよ。アンタもいてくれなくちゃ」

「え」


 キョトンとしたハイネ殿が、俺を見る。俺も首を縦に振った。

 ハイネ殿をわざわざ引き止めて、この機密書類を見せたのには意味がある。


「アンタにはこのブローチをつけて、一部始終を記録してほしいのよ」


 そう言ってフェン殿が差し出したのは、一見するとただのブローチだった。テーブルに置かれたそのブローチは大きすぎず小さすぎずといったサイズで、男性が身につけてもさほど違和感がない。デザインは葡萄を象っており、大きな葉が特徴だった。

 それを見たハイネ殿は一瞬にして目の色を変え「手にとっても?」とフェン殿に伺った。フェン殿が頷いて見せれば、懐から手袋を取り出して嵌め、胸ポケットからルーペを取り出してブローチの観察を始める。

 まあ、ハイネ殿も長年商会に携わってるからな。審美眼というか、商売に関わるアンテナが鍛えられたという感じだ。つまり、このブローチがただのブローチではないとひと目見て分かったらしい。うん。素晴らしいな。


「―― 葡萄の房についている実のひとつひとつが魔石、いやこれ葉も……もしかして、効果もすべて異なりますか?」

「御名答~~~! もう、ぜひぜひカールくんをうちに譲ってほしいわ! それが実現できたのは彼の魔法のおかげなの!」

「カール本人が魔塔に行きたいと言うなら、こちらとしては否やとは言えないが?」

「んもう、分かってるクセに。もうフラレてるわよ!」


 知ってる。この前、カール本人から「魔塔に勧誘されたけど断りました」ってサラッと報告されたから。


「もうすでにその魔道具の使用許可は、王宮魔術師団からもらってるから。ハイ、これが許可証」

「……映像記録、録音、魅了魔法の検知および防御? 魅了効果を防御なんてできるんですか!?」

「ん~、正確には魅了にかかるにはかかるけどを抱かせることができるものだから防御は語弊ね。解呪するには自力でなんとかするか、その場から離れて時間を置くのが望ましいのよ。薬もあるけど、副作用がまだ酷いからオススメできないわ」


 あのヒースガルド大戦から約300年。その間、強すぎる効果を持つ魅了魔道具の問題をなんとかしようと魔塔は長年研究してきていたが、一から構築するとなるとようやく出来たのが「魅了にかかったと自覚させる」ことが出来るレベルだそうだ。

 古代魔道具の中には魅了解除の魔道具もある。だが古代魔道具自体がロストテクノロジーのため研究時に扱いを誤ると使える貴重な古代魔道具が壊れてしまうことも考えられる。そのせいで解析が難航しているらしい。以前フェン殿が使って見せた遮音結界魔法の魔道具はそれなりの数があったからこそ出来たものらしい。長年の研究の過程で破損したものもいくつかあるらしく、それを乗り換えてようやくレプリカが出来たのだとフェン殿は言っていた。

 魅了解除の魔道具はレア中のレア。今も世界のどこかで魅了に関する問題が発生していることを考えると、そうかんたんに壊れてしまっては困るから慎重にならざるを得ないのだろう。


 フェン殿が両肘をテーブルについて、顔を両手の上に乗せてニヤリと笑う。


「それ、検知すると盛大にアラームが鳴る仕組みになってるの」

「え」

「それを合図にアタシたち魔塔が確保に動くわ。ついでに、魅了の強制解除もね。超超レアな魅了解除の魔道具持ってきたのよ~、もう、これ壊したり失くしたりしたらね」


 べえ、と舌を出してフェン殿の指がヒュンと自身の首を横切った。つまり、首を切り落とされるということで。表情を強張らせたハイネ殿にフェン殿は「アンタじゃないから大丈夫よぉ」とケラケラ笑う。


「で、アンタにはできる限り、王太子ターゲットがやらかす場面をそれに記録してほしいのよ。それがあれば、国際裁判所も黙らせられるからね」

「黙らせるって」

「一国の王子を犯罪者として取り扱うにはそれなりの証拠がないとダメってことなのよ。完全中立なあの裁判所ならなおさらのこと」

「魔道具の記録映像が裁判の証拠になるんですか?」

「ンフフ、ちゃーんとその機能を裁判所にも確認して承認もらったから証拠になるわ」


 バチンと強いウィンクしたフェン殿に、ハイネ殿はちょっと気圧された様子を見せたものの苦笑いを浮かべて「わかりました」と頷いてみせた。

 地図に視線を落とす。会場となる大広間には、いくつか魔塔関係者が待機するであろう場所の候補がいくつか書き込まれている。かなりの数の魔塔関係者が入り込む形になるが、王家の影が協力しているから大丈夫だろう。


 ……サラッと王家の影が味方になってることで話が進んでいるが、これはマリア殿下のおかげだ。

 マリア殿下には明後日、起こり得るであろうことをあらかじめ包み隠さず話している。それを聞いた殿下が王家の影を水面下で掌握し、今、王家の影は実質マリア殿下の影のような状態だ。

 王家の影が国のために真名宣誓していたのが幸いした。国のために動けるのは、実質王家の中ではマリア殿下ただひとりだ。


 つい、とフェン殿が地図に指を滑らせる。


「あとは王太子ターゲットがどこに立って事を起こすか、ね。観測しやすいところだといいんだけど」

「……ホール中央付近だと思う。進行から考えると、あいつが事を起こすのはダンス前になる」


 夜会の途中、ダンスタイムがある。そこではじめはエスコートしてきた相手と踊ることが慣例になっているが、当然婚約者や伴侶がいる場合は彼らが初めに踊る相手となる。だが、ハインリヒのことだ。義理でもルルと踊ろうなんて思わないだろう。そして王族ともなればホール中央で踊ろうとするのが普通だ。

 なるほど、と頷いたフェン殿はハイネ殿や監視役を立たせるであろう位置にスラスラと印を書き込んでいく。

 それを目で追いながら、俺はマリア殿下から寄越された従者から言われたことを思い出した。


『王弟夫妻も参加されるようです』

『……王弟妃殿下は妊娠中で、体調を崩されているとお聞きしていたが。もうじき臨月でしょう?』

『これからしばらく参加できないだろうからと、最後に参加されるそうで。顔出しされる時間も少ないとのことですが……我が殿下から、こちらをお預かりしています』


 そうして従者から渡された、マリア殿下からの手紙を受け取った。このときルルがいなくて本当に良かったと思う。


「……フェン殿」

「なァに?」

「神殿関係者と共に、王弟妃殿下を保護することは可能か。おそらく、この付近に王弟殿下と共に現れると思うんだが」


 普段王族が夜会中に座る位置をトン、と指で叩く。それを見たフェン殿はふむと口をへの字に曲げて顎を擦った。人数的にギリギリだと思うが、魔塔側の協力もあれば万全に近い。魔塔に所属する者は基本、魔法や魔道具の扱いに長けている者たちばかりだから。


「理由を聞いてもいい?」

「聞いたら引き下がれなくなるが、いいか」

「もうすでに引き下がれないようなモンでしょ。それに言ったじゃない、アタシたちの方からも手伝えることがあれば手伝うって。それなのに今日まで一度も手伝わせてくれなかったんだから。このときのために取っておいたってこと?」

「そのつもりはなかったんだがな。結果的にそうなってしまった」

「いいわ。で、なんで?」

「王弟殿下がエレヴェド様の下へ導かれるはずの魂を捕らえ、他人の体にぶち込んでる。王弟妃殿下と聖女モニカはそれの被害者で、別人が乗っ取ってる」


 ひゅ、と空気を吸った音はハイネ殿だな。フェン殿は両手をテーブルについてガタンと勢いよく立ち上がって、椅子が倒れた。


「どういうこと」


 顔を顰めてる上にめちゃくちゃ低い声が出てることからフェン殿が本気で狼狽えてるのが分かる。

 この件はハイネ殿にもフェン殿、魔塔側にも直接伝えてなかったから驚くのも無理はないか。ただ、祭司長はエレヴェド様を含めた他の神にも報告すると仰っていたから、魔塔を管理しているであろう闇の神フォンセルド様が伝えてる可能性はあったが。


「目的は俺も分からん。が、王弟殿下が何らかの方法で数名の魂を確保していた。聖女モニカには、フィゲニア公国で過去処刑された悪女モニカの魂が、王弟妃殿下には ―― 俺の前妻であるカサンドラの魂がいる」


 マリア殿下から見せられたあのカードを、彼女に渡したのは王弟妃殿下だった。

 そしてその後、王弟妃殿下への見舞いと称してマリア殿下が王弟妃殿下と接触を続け、王弟殿下が隙を見せたときに確認したそうだ。ミランダ王弟妃の体にはいま、カティがいる。

 ハイネ殿の顔色は青を通り越して白くなっていた。そりゃそうなるだろうな。王太子が国際規定を犯した罪人、王弟が神の怒りに触れる所業を犯した罪人。我が国から、神からも咎められる重罪人がふたりも出たのだから。


「……心底、同情するわ。よりにもよって王族にそんなのが出るだなんて」

「ヴォ、ヴォルフガング様、わ、我が国はこれからどうなるんですか」

「現王族は無傷ではいられないだろうな。ただ王族をこのまま残すのか、どうするのかは……五大公侯を含めた貴族我々で決めるしかないだろうさ」


 考えられるのは王族をその立場から下ろし、一貴族とさせて別系統の王朝を樹立させること。もしくはそのまま据え置いて国の政治には関わらせないこと。もしくは王朝を廃し、共和国とすることなど。

 しばらく混乱するだろうなぁ、この国。ああ、考えるだけでも憂鬱になる。


「……そういう事情なら、仕方ないわね。こちらからも人手が出せるか調整してみるわ。というかフォンセルド様にも訴えてみる」

「すまない、助かる」


 不安そうな表情を浮かべるハイネ殿に歩み寄り、ぽんとその肩を叩く。

 大丈夫だとは言い切れないが、今やるべきことを進めていくしかない。現状、このまま何もしなければ国が民ごと滅ぶ。それだけは避けなければならない。

 ああ、俺は勇者でもなんでもないというのに。なんでこんな規模のでかいことを俺が悩まなきゃならないんだ。全部ハインリヒと王弟が悪い、クソが。


「もう時間がないから、調整結果は伝えられないわ。当日、臨機応変に動くことになるとは思う。確保に動く神殿関係者はこの付近にいるのね?」

「ああ。お体に障りがないよう、万が一のために神官が見守るという名目で傍に控えているはずだ」

「オッケー。隙を見て保護するだけでいいのね?」

「ああ。騒動に便乗して神官と共に別室に保護してもらえれば」

「分かったわ。……魂に関してはアタシたちも管轄外だから、もうあとは神々に縋るしかないわね」


 これでひととおり、準備は整った。

 あとは当日迎えるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る