第17話 彼女からのメッセージ


「あ、兄上お邪魔してます」

「マルクス、どうした」


 邸に戻ったらマルクスが応接室にいる、とのことだったのでクラバットを緩めた程度で応接室に向かった。レナは身だしなみを整えてから来るとのことだ。専属侍女のエラがレナを見て悲鳴を上げてたな。アーサー殿下は本体の方に戻ると言って消えた。

 マルクスの目元にある隈が濃い。そういえば最近は手紙ばかりでマルクスと直接会っていなかったなと思いつつ、向かいのソファに腰掛けた。


「いえ、ただ、ちょっと兄上とルルの顔を見たくて」

「顔色が悪いが……大丈夫か?」

「はい、と言えればいいんですがね。正直手一杯で、アリエル嬢にも手紙が送れません」

「あー」


 アリエル、とはマルクスの婚約者のことだ。そう、とうとうマルクスにも婚約者ができたんだよ。政略だけどな。国内貴族ではなくフィゲニア公国の侯爵令嬢。

 フィゲニアから縁談が来たって聞いて「え?」と思ったが、どうやら東ティレルの洞窟ダンジョンに挑戦しにきたフィゲニアの冒険者が元貴族で、たまたま東ティレルの洞窟の現地調査で実際に足を運んでいたハンスを見かけたらしい。で、その冒険者はハンスのご両親も幼いハンスも知ってたっていう。どんな偶然だよ本当。

 そこからハンス経由であまり交流がなかったフィゲニア公国と縁が繋がって、まあ今後の国同士の付き合いも考えて政略結婚することになった。その白羽の矢が立ったのがマルクスだったわけ。王族で婚姻可能な男性がいないからな。

 俺もアリエル嬢と顔を合わせたことがあるが、少しふっくらした愛嬌がある子だったと思う。マルクスより6つ下の子。

 現在それぞれの国にいるため文通しているそうだが、手紙の返事も後回しになってる状況になってるらしい。贈り物と簡単なメッセージカードぐらいしか送れていないとか。それはちょっとマズいと思うが、公務に忙殺されてどうにもならない状況のようだ。


「感謝祭の影響そこまであるか? 4年に1回とはいえ、そこまでじゃなかったと思うんだが」

「なぜか今年はこれでもかってぐらいにあちこちから要望きてます。もう少し早く出してくれればと思うものも多くて、今調整で難航してるところですね」

「まあ、現地は各家で見てもらうしかないからなぁ。このあとの予定は?」

「夕刻に邸に戻って、公爵領関連の執務ですね。ここ2週間ほど城にとどまってるようなものでしたので」

「俺もやれることはやるから、キツくなったら言えよ」

「はい。ありがとうございます」


 マルクスがこんなに疲れてるところに、更に疲れる話題を提供しなきゃならんのはちょっとしんどいが、伝えないというわけにもいかない。マルクスが来てくれてちょうど良かった。


 そこから少し雑談していると、身だしなみを整えたレナが応接室に入ってきて俺の隣に座った。

 エラが手早くお茶を準備して、退室していく。部屋の中に3人だけになったタイミングでレナが遮音結界を張り、その様子を見たマルクスも姿勢を正して座り直す。表情はもう身内に向けるようなものではない。


 俺は閣下に話した内容をふたりに共有する。王家で魂実験していたことを祭司長様が発見したこと、そこで明らかに実験に失敗した何かを管理していたこと。

 閣下が王家に気づかれぬように「誰が」そのような実験を指示したのか調査を開始したこと、監査会議を開くためにフィッシャー、レーマン、シュルツの三家で招集をかけること。


 ここからはマリア殿下からの情報だ。


「誰かがルルのフリをしてマリア殿下に毒物を送りつけた」

「なんですって」

「幸いにも、サインにつけたイラストが異なることと通常のルートから少し外れたところから贈られた品物であったため殿下も察せられたようだ。殿下からはルルを疑っていないと言質をいただいている」

「兄上たちのあのサインイラスト、結構複雑ですもんね。真似できないですよあれ」

「一朝一夕では真似できないものにしているからな、俺もルルも。で、その偽物のメッセージカードを見せてもらったときに別なカードが紛れ込まされていた」


 正直あれを見たときは動揺した。けれど思った以上に動揺しなかったのは、なんでだろうな。

 一旦言葉を区切った俺を見つめてくるふたりに思わず苦笑いを浮かべながら、ソファの背もたれに背を預けた。


「【私はあなたとルルを手に入れるための過程。ねえ、もう泣いていない?】」

「……なんですか、その内容」

「筆跡がカティのものだった」


 レナとマルクスが息を呑んだのが分かる。俺も見たときは信じられなかったよ。

 でも見間違うはずがない。カティとは婚約者時代に10年以上も文通してきたんだ。彼女の字のクセは特徴的で「講師の先生に散々叱られたけど、直すことができなかったの」とちょっと恥ずかしそうに打ち明けてくれたのをよく覚えている。もうカティが亡くなって10年以上経っているが、彼女からの最期の手紙はとってあって今でも時々見返してるんだ。

 そして、俺がよく泣いていたのはカティしか知らないことだ。カティが死んでしまってからはほとんど人前では泣くことはなくなった。酒が入ると多少涙腺は緩むが、まあその程度でしかない。


「……カサンドラ義姉さんがいるということですか」

「カティの魂だけまだ見つかってないそうだから、たぶんそうだろう。おそらくモニカ嬢と同じ状態になっていると思う」

「そんな」


 レナは絶句していて二の句が告げない状態のようだ。許されていたならば俺もあの場で絶句していたし、何ならマリア殿下に詰め寄っていただろう。


「マリア殿下と接触できる立場の者がなっているということですよね。見当はついているんですか?」

「俺がマリア殿下と直接会話したのが今日がはじめてな上、普段の殿下の交流関係は俺には分からん。考えられるとしたらやっぱ王家周辺だろうなぁ。モニカ嬢みたいに以前と様子が変わった人物がいれば分かりやすいんだが、カティの近くに魂の実験を行った犯人がいるとなると悟らせないようにしてる可能性が高いな」


 カードをマリア殿下に託したこと自体、かなりリスキーな行動だろうに。だがその行動をしなければならないほどに切羽詰まっている状況かもしれんな。

 ―― 考えることが多くて、頭が痛い。思わずため息を吐きながら、メガネを外して目元をもんだ。

 少しの間、この場に沈黙がおりた。やがてずっと黙り込んでいたレナが口を開く。


「……ヴォルフェール様がご覧になられたカードを書かれたのがカサンドラ様御本人と信じるのであれば、カサンドラ様は餌。狙いはヴォルフェール様とルル様ですか」

「え、俺も?」

「ヴォルフェール様やルル様の身柄だけを捕らえたいのであればわざわざカサンドラ様の魂を捕らえる必要がありませんし、魂を他者の肉体に憑依させる実験の目的の説明がつきません。特にヴォルフェール様は前世の知識を持たれている方です。ルル様は社交界でも将来が期待されている存在、そして周囲に知られてはいませんがおふたりとも神の加護を得ている。魂の実験をするほどの者ですから、おふたりの魂を手に入れようと画策しているのかも」


 突飛な発想だとは思うが、レナの表情は真剣そのものだ。はじめは怪訝な表情を浮かべていたマルクスも考え込み始めてしまっている。

 ああ。そういえば俺が魔眼を与えられたのもフォティアルド様が「面白そうな魂だったから」って理由だったな。え、嘘。俺が狙われてんの? ルルも?


「ゾンター伯爵家が稀に見る仲の良いご家族だったことは今でも有名です。未だにわたくしに話題をふる方もいらっしゃるぐらいに」

「えぇ……カティがいなくなってからもう10年近く経つし、レナと結婚してから5年だぞ? 今の俺たちも結構仲良いと思うけど」

「もちろん、フィッシャー侯爵家の仲の良さも知れ渡ってますよ。その上で兄上とレナ殿の後釜を狙っている奴らもいないことはないですから」

「ふざけんなよクソが」

「クソな奴がいるのは昔からでしょう。まあ、僕も人から聞いたことありますし、僕自身が間近でどれほど仲が良いか見ていましたから……ああ。だからカサンドラ義姉さんの魂を狙ったのか」


 そこまで言われれば俺だって理解できる。ああ、クソ。クソが。

 思わず膝に肘をつきながら両手で顔を覆って、でかいため息を吐いた。


 なぜかは分からんが、犯人は俺とルルが狙いだ。俺が聖人じゃなかったらおそらくいま、俺はここにいない。俺が聖人であるからこそ犯人は手が出なかった。王家の権力ですら手出ししにくい立ち位置にいたからこそ、俺はここにいるのかもしれない。ルルに手を出されていないのも俺が前から色々と手を回していたからか。

 かんたんには俺やルルの魂を奪えない。ならば近しいものを使えばいい。俺とルルが動揺するものを。

 今ならレナやギルも含まれる。でも、俺とルルが一番感情を揺さぶられるのはカティだ。俺がはじめて愛した人、ルルにとっての生みの母親。

 最終的に俺らの魂を捕らえることが目的で、カティを含めて様々な魂を捕らえた。

 その実験過程で、祭司長様が見つけた村では本来エレヴェド様の御下に向かうはずだった魂が実験台に使われていた。悪女モニカの魂もおそらくその実験台のひとりだろう。悪女モニカで成功したから、カティを?


「……ルルになんて言えばいいんだ」


 俺らのせいで、カティがエレヴェド様の御下に行けていないだなんて。魂がいつエレヴェド様の御下から輪廻にのるのかは知らないけれど、10年も時間があればきっとカティは次の人生を歩み始めることができていたかもしれない。

 なによりカティが10年近くもの間、閉じ込められていたのだと思うと苦しい。病で苦しんで死んでしまったのに、死んでしまった後も苦しめられていただなんて。

 両手で顔を覆ったままそう呟いた俺に、レナは優しく背を撫でてくれていた。


「ルル様に伝えるのはもう少し状況が分かってからにしましょう。あくまでこれは仮説でしかありませんから」

「……ああ」

「まずは五大公侯の会議からですね。その辺りは僕らにお任せください。兄上はオットーを巻き込んで、感謝祭でモニカ嬢からどう魂を救うかを検討してください。終わり次第僕らも知恵を絞ります」

「助かる」


 カティの魂が王族の近くにいることは分かった。あとはどうやって探すかだな。

 直近で王家主催の夜会やパーティーはない。こちらから開催することも一瞬考えたが、向こうに探っていると悟られるのも面倒だ。探りを入れる方法も考えておかないと。

 本物のモニカ嬢の魂があれだけ弱っているんだ。いつカティがモニカ嬢と同じような状態にされたのかは分からないが、カティが入った体の魂も弱っている可能性がある。

 ―― 一瞬よぎった考えには頭を振ってかき消した。ダメだ、ダメだダメだ。それだけは考えちゃいけない。俺のためにも、ルルのためにも、レナやギル、そして何よりカティのためにも。


「ヴォルフェール様?」

「……なんでもない。マルクス、レーマンの隠密隊を借りてもいいか」

「もちろんです」


 ゾンター家の隠密隊はまだ試用段階だ。正式に稼働させるにはもう少し時間がかかる。感謝祭まで時間がない中、どうやってモニカ嬢にショックを与えるかが重要だな。可能であれば大きな揺さぶりをかけられればいいんだが。


 ふと、レナが視線をドアに向けた。と同時にノック音が部屋に響く。

 手早く遮音結界を解除したレナが誰何すると「お姉様、エマです」と声が返ってきた。顔を見合わせ、頷く。たしか今日、エマ嬢はルルと一緒に交流会の方に参加していたはずだ。普段は王都内のタウンハウスで義両親と一緒に住んでいる。

 レナが「どうぞ」と答えれば、ゆっくりとした動作でエマ嬢が部屋に入ってきた。レナと同じ金髪だが、ルルよりも癖っ毛が強いようで全体的にカールを巻いた髪型をしている。ドリル髪ってやつだな。ストレートな髪のレナとは対照的だ。


「ご歓談中失礼いたします。エマ・フィッシャーでございます」


 綺麗なカーテシーを披露したエマ嬢に、俺も立ち上がって彼女を出迎える。エマ嬢に歩み寄って、差し出された彼女の指先に口づけを落として親愛の挨拶を返した。続けて、マルクスがエマ嬢の手の甲に額をつけて挨拶を返す。

 数年前まで俺たちの挨拶に恥じらいを見せていたが、今ではもう慣れたものだ。


「レーマン公爵様、お義兄様、お久しゅうございます」

「ルルからは聞いていたが、エマ嬢も元気そうで何よりだ。美しさにも磨きがかかってきたな」

「ふふ。お義兄様からお世辞でもそのようなお言葉をいただけて嬉しいですわ」

「レナ殿と並んで社交界の華となれると思うよ」

「まあ。レーマン公爵様からもお褒めのお言葉をいただけるとなると、自信になります」

「こちらに来なさい、エマ」

「はい、お姉様」


 エマ嬢をエスコートして、レナの隣に座ってもらう。俺が1人用のソファ、マルクスは座っていた位置に戻ると、エマ嬢は笑みを引っ込めて真顔で本題に入り始めた。


「お姉様方のお耳にも入れておいた方が良いかと思いまして、早めに戻ってきましたの」

「どうしたの?」

「あちらのお茶会とは異なりこちらは男女混合の交流会ですから、王太子殿下の側近であるウーラン様方も来られていたのです。そこで少しトラブルがありました」


 あっちでもトラブル起きてたのか。アーサー殿下の分体は「あちらで何かあれば、戻される」って言っていたが、戻されるほどの何かではなかったということか。


「ウーラン様が、提供されたお茶菓子を見て『これはマリア殿下に贈られた菓子と同じではないか』と騒ぎ立てたのです。何事かと思えば『先刻、王太子殿下よりマリア殿下宛に毒が入った菓子がルイーゼ嬢の名で贈られてきた』と」

「……あー」

「ルル様がそんなことするはずがないでしょうに。そも、マリア殿下を害する必要がありませんわ。だってルル様はこのまま王太子殿下と本当に結婚すれば王太子妃、ゆくゆくは王妃になられるのですよ? わざわざご自分の立場を脅かす必要はないのに」


 ……これ、あれだな。毒菓子をマリア殿下に送った犯人が分かったな。

 ちらとレナに視線を向ければ、こくりと彼女は頷いた。彼女も半ば呆れた表情だ。

 マリア殿下は「わたくしと信頼できる周囲、それから犯人以外は毒菓子が届いたことを知らないの」と仰っていた。ウーラン侯爵令息たちがマリア殿下の信頼できる者であるはずがない。つまりマリア殿下に毒菓子が届いたことを知っているのは犯人一味しかいないというわけで。


「計画が杜撰ですわね」

「子どもが考えるような計画だな。毒菓子を相手に、特に王族に送り込むのであれば綿密なルート調査、それからルルが使っているサインが偽物であることを一見でバレるようなことはしないのは当然だし、何よりルルがマリア殿下に菓子を贈る手配をしたかどうかなんてルルについている王家の影に確認したらバレるのに」


 俺なら王家に毒を送り込むなんて真似はしない。王家を害するなら直接的ではなく間接的に、しかも時間をかけて精神的に締め上げる方向で進めていく。ルルが勝手にやった? あり得ない。そもそも王家を直接害することによるメリットがこちらにはない。婚約解消させたいのは本心だが、犯罪行為はルルの幸せには繋がらないし、ルルも俺ら家族を巻き込む行為をするはずがない。それをやろうとするならまず、ルルの専属執事兼護衛であるカールが気づいて報告してくるはずだ。

 少なくとも、犯人側 ―― ああもういいや。ハインリヒ側に今回の毒菓子事件を主導した大人はいない。ハインリヒたちが自分たちで計画して、実行したんだろう。


「交流会自体は終わったのか?」

「はい。ルル様がきっぱりと否定されたあとに、中立的な立場のアーサー殿下主導で閉会しました。会の終盤で騒ぎを起こされたのは不幸中の幸いかと」

「……ブラウン卿に連絡とります」


 エマ嬢の報告を聞いてずっと頭を抱えていたマルクスが、ふらふらと立ち上がった。そうだな、これ早めに手を打たないと外交で致命傷になるな。ブラウン卿、そろそろ胃を悪くしてそうだな。

 アーサー殿下がこっちの事情を知ってるのがありがたい。普通、留学してきている王族主催の会をぶち壊すような動きをしたら外交問題に発展するぞ。その辺の考えにも及ばない辺り、まだまだ子どもだなと思う。


「すみませんが、失礼します。レナ殿、ではまた会議のときに。お見送りは結構です」

「はい。ではまた会議で」

「マルクス、抱え込む前に言えよ」

「はい。また相談させてください。エマ嬢もこれで失礼いたします」

「お気をつけて」


 足早に応接室を出ていったマルクスを見送って、テーブルに置きっぱなしの冷めた紅茶を口にしてため息をごまかす。あまり、エマ嬢を心配させるのも良くないからな。レナとエマ嬢が交流会の内容を話しているのをぼんやり聞きながら、思考を巡らせる。

 ……大人が関わっていない計画。ハインリヒたちだけで考えたのか。モニカ嬢は関わってないのか? モニカ嬢の中身が悪女モニカなら、彼女は俺と同じぐらいの年齢、もしくは年上のはずだ。何よりハンスからは魅了魔法を使った形跡もないのに国を傾けた悪女と聞いている。その手の方面に詳しそうなモニカから、何も言われなかったのか。この計画は杜撰だと。上手くいくはずがないと。


 ―― 実験に失敗したと思われる者たちは正確には一致しませんが、行方不明になっていた魂も含まれているとエレヴェド様が宣言されています


 祭司長様からの手紙の一文を思い出す。行方不明になっていた魂もって、なんだ。それはどういう状態だ。俺は単純にモニカ嬢のようにひとつの体に複数の魂が入っている状態だと理解したが、それだと「含まれている」と書かれているのはおかしい気がする。ちょっと待て。って、何とだ?


 思い至った結論に思わずその場から立ち上がった。ガシャン、とテーブルの上に置かれたティーカップが揺れる。


「ヴォルフェール様?」

「お義兄様? 顔色が」

「……あ、悪い」


 ダメだ。突っ走るな。ちゃんと話せ。だが事情を知らないエマ嬢がここにいる。

 ひとつ、深呼吸して苦笑いを浮かべた。


「急ぎの仕事を思い出した。悪いがここで失礼するよ。ルルが戻って来るのはもう少し後かな?」

「え、ええ。予定通り、夕刻にはこちらに戻るかと」

「分かった。そうだ、ここに来たついでだ。エマ嬢は今夜泊まっていくといい。ルルもギルも喜ぶ」

「そうね。せっかく来たのだし、部屋を用意するわ。お父様たちにはわたくしから連絡しておきます」

「はい、ありがとうございます」


 それじゃあ、と笑みを浮かべて応接室を出る。早足で廊下を歩きながら直近の予定を思い返した。なんとか早急に祭司長様に連絡を取らなければならない。精霊の伝言じゃダメだ、通信魔道具もダメだ、早馬を使っても間に合わない。小神殿でヴノールド様にお伺いしよう。魂の件で祭司長様に早急に連絡を取りたいと言えば聞き入れてもらえるはずだから。

 ルルが帰ってきたら、ルルからもきちんと話を聞いて。あと、マリア殿下からの連絡がいつ来るかだな。いやそこはレナがいれば問題ないか? だが最近は彼女も忙しいから俺が対応した方がいいか。マリア殿下は毒菓子の犯人の目処についているのだろうか、こちらから交流会の件も踏まえてマリア殿下にお伝えした方が良いだろうか。いや、彼女のことだから交流会側に自分の味方を潜り込ませてる可能性が高いな。


 そこまで一気に考えて、ふと足を止めた。


「……ゲームで毒菓子の事件、あったっけ」


 もう30年以上前の記憶だ。あまり覚えていないな。設定資料を見直しておこう。いくらシナリオが破綻している状態でも少なからず影響はあるだろうから。前世を思い出したときに書き起こしておいて本当に良かった。もう各ルートの内容、だいぶ忘れてるからな。ゲームのルイーゼへの断罪イベントで言われる罪の内容についてもまとめ直しておかなければ。止めていた足を再び進める。

 そういえば俺、どうしてこのゲームをやり込んでいたんだろう。思い入れがあったんだっけか。まあ、どうでもいいか。今考えることじゃない。

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